第24話 瑛斗の暗い計画 ~凪沙を売りさばく夜~
学園から少し離れた古びたスタジオの一室は、煙草の煙と安い酒の匂いで充満していた。
瑛斗はソファに浅く腰を掛け、煙草をくゆらせていた。隣にはギターとドラムのメンバーが、ビールを片手にだらしなく座っている。
「で? 凪沙の件はどうなってるんだよ」
ギター担当が苛立った声で切り出した。
瑛斗は煙をゆっくり吐き出し、薄笑いを浮かべた。
「あいつ、最近金を持ってこねえんだよ。言い訳ばっかりだ。もう悠真からは引っ張れないなら、凪沙自身に稼いでもらうさ」
二人が顔を上げた。
「どういう意味だよ」
「凪沙の顔は悪くないだろ。清楚ぶってるけど男受けは抜群だ。先輩バンドの対バンで下須川さんに紹介して、『特別サービス』として売りさばけば一気に金になる。あの人なら一晩で何十万にも化けさせてくれるぜ」
ギター担当が低く笑った。
「下須川さんか……業界じゃ有名なワルだもんな」
瑛斗は灰皿に煙草を押しつけ、目を細めた。
「そうだ。あの人に凪沙を『商品』として渡せば、機材代も次のライブ費用もまとめて出してもらえる」
その時、スタジオのドアが開いた。
入ってきたのは下須川だった。30代後半、派手なシャツに金ネックレス、目つきが鋭い業界のワルだ。
瑛斗は即座に立ち上がり、頭を下げた。
「うっす。お疲れ様です、下須川さん!」
下須川は面倒くさそうに手を振り、ソファにどっかりと座った。
「よお、瑛斗。対バンの話はまとまったぞ。お前らの前座でいいな?」
「もちろんです!」
瑛斗は媚びた笑顔でライターを差し出し、下須川の煙草に火を付けた。
下須川は煙を吐きながら睨むように言った。
「で、金の話はどうなってる? 貢ぎが減ってるって聞いたぞ」
瑛斗は隣に座り、猫なで声で説明した。
「実は今、俺の女の凪沙を使って金を作ろうとしてるんです。対バンの夜に『特別サービス』として紹介できますよ。一晩で10万、20万はいけると思います」
下須川の目がギラリと光った。
「へえ……噂の凪沙か。写真見せてみろ」
瑛斗はスマホのギャラリーを開き、次々と写真を見せた。
下須川は眺めながら低く笑った。
「悪くねえな。プライドが高そうだから、脅せばもっと美味くなる」
「動画もたっぷりあります。必要なら使いますよ」
下須川はビールを一気に飲み干し、満足げに頷いた。
「よし、決まりだ。対バンの夜に連れてこい。俺がちゃんと『仕事』させてやる」
スタジオに低い笑い声が響いた。
瑛斗は心の中で冷たく思った。
(凪沙……お前はもう俺の金づるだ。簡単に逃がす気はねえよ)
その夜、瑛斗は凪沙に最後のメッセージを送った。
◇◇◇
【凪沙 視点】
放課後、私は再び瑛斗に呼び出された。
正直、もうこの男と関わること自体がうんざりしていた。
しかし、この際はっきり「終わり」を告げた方がいいと思い、呼び出しに応じることにした。
校舎裏に着くと、瑛斗は既に壁に寄りかかって待っていた。
恐れ知らずに学校の中で堂々と煙草を吸い、吸い殻を片付けようともしない。
地面に落ちている3本の吸い殻で、授業をサボってここにいたことが一目で分かった。
こうしてみると、こんな男の何が良かったのか、段々分からなくなってきた。
悠真を切ったのは、本当に失敗だった。
私は近づきながら、はっきりと言った。
「呼び出すのはもう最後にして頂戴。私とあなたは今日で終わりだから」
瑛斗は煙を吐き出しながら、ニヤリと笑った。
「まあまあ。もう金は持ってこなくていいから、最後に俺の頼みを聞いてくれよ」
私は眉を寄せた。
「なに? 私はもうあんたに用はないんだけど」
瑛斗は煙草を指で挟んだまま、ゆっくりと続けた。
「そう連れないこと言うなよ。今度対バンする先輩バンドに下須川さんって業界に顔が利く人がいるんだ。
金持ちのコネがいっぱいある人でよ。お前を紹介してほしいって頼まれてるんだよ。これはチャンスだぜ」
私は一瞬、目を細めた。
「なるほど……って言うとでも思った? どうせ私をその男に売り渡して金をもらおうって腹でしょ。私が何も知らないとでも?」
その下須川って男、直接は知らないけど噂で聞いたことがあった。
ライブハウスでいつも話してる、瑛斗が尊敬してるって男。
本人は尊敬してるって言ってたけど、媚びを売ってるだけだろう。
そういう話を聞いていたので、一瞬で理解した。
こいつは、私自身を金づるとして利用する気だと。
瑛斗が強く舌打ちをした。
「チッ……。あーあ。このまま俺に付いてくれば面倒がなくて助かったのによ」
「は? どういう意味?」
瑛斗は煙草を地面に捨て、足で踏み消しながら冷たい目で私を見た。
「しょうがねぇ。お前とセックスした動画、AVにして配信サイトに載せるわ。それで稼がせてもらうとするよ」
私は一瞬、息が止まった。
だが直ぐに冷静に戻る。ハメ撮りは確かにやった。
でもそれは全部私のスマホでやっていた。
瑛斗に弱みを握られないように気を付けてたのに。
「下手な脅しね。ベッドの上のピロートークで出たデタラメ話でしょ。いつの間にか混同しちゃってたわけ? 可哀想なオツムね」
だが、暗くて下衆な嗤いを浮かべる瑛斗の表情に、嫌な汗が流れる。
「ククッ……残念だったな。お前のセックス、隠しカメラで撮ってたんだわ」
「はあ!? ふざけんなよテメェ! 冗談じゃないっ、消せよ! そんな事したら警察いくからな!」
瑛斗は低く笑った。
「行けば? その前にネットの海にお前の恥ずかしい姿が実名と住所と携帯番号付きで大放出されることになるけどな。
誘拐とかに気を付けろよ。お前、ツラだけはいいんだからな」
その瞬間、私は自分のミスを自覚した。
(迂闊だった……まさかそんな事まで手を回してたなんて……始めから私のことを利用するつもりだったんだ)
瑛斗はさらにたたみかけるように言った。
「下須川さんは業界でも有名なワルだ。
女を平気で捨て駒にするし、動画をバラまくのもお手の物だ。
お前が素直に言うことを聞けば、動画は消してやる。
どうする?」
私は唇を噛み、必死に頭を回転させた。
(どうにかしなければ……このままでは本当に全部終わる)
でも、プライドがそれを許さない。
瑛斗に頭を下げるなんて、絶対に嫌だった。
私は声を低く抑え、静かに言った。
「……少し時間をちょうだい」
瑛斗は満足げに笑った。
「いい判断だ。早めに返事しろよ。それまで動画は預かっておく」
彼はそう言い残して、校舎裏から去っていった。
私はその場に立ち尽くしたまま、冷たい風に吹かれていた。
胸の奥で、焦りと悔しさが激しく渦を巻いていた。
※後書き※
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