第21話 ま・た・お・前・か!
【凪沙 視点】
もはや瑛斗に用はない。そんな事より、悠真をサイフに戻さないと。
放課後、私はすぐに悠真の教室へ向かった。
しかし、教室に着いた時にはもう誰もいなかった。
机の上は片付けられ、窓から差し込む夕陽だけが静かに床を照らしている。
私は小さく舌打ちをした。
(ちっ……また外れた)
慌てて校門へ急ぐ。
息を切らして校門前に着くと、ちょうど悠真と雛が連れ立って出てくるところだった。
二人は楽しそうに話しながら、駅の方へ歩き出そうとしている。
私は木の陰に身を隠し、静かに観察した。
(今日は三女一人だけか……丁度良いや)
あの頭の軽い三女一人なら、どうとでもなる。
他の二人が合流しないとも限らないので、チャンスを伺うために尾行することにした。
そして、約一時間後……。
私は深呼吸して、平静を装いながら近づいた。
「悠真」
私の声に、二人が同時に振り返った。
雛が少し警戒した顔をする中、私は悠真だけに視線を固定した。
「偶然ね。
こんなところで会うなんて」
私は冷静に微笑んだが、内心では苛立ちが渦巻いていた。
「少し話があるんだけど……今、いい?」
雛が俺の腕をぎゅっと握りしめ、怪訝そうな声で聞いた。
悠真の表情がわずかに固まった。
私は心の中で冷ややかに思った。
(今なら……まだ間に合うはず)
◇◇◇
ゲームセンターで十分に遊んだ後、俺と雛は外へ出た。
夕陽が沈みかけ、街灯が少しずつ灯り始めていた。
雛は俺の腕に絡みついたまま、満足げに笑っている。
「今日は本当に楽しかったね! また絶対行こうよ♪」
俺が頷こうとしたその時——
少し離れた場所から、聞き覚えのある声がした。
「……悠真」
振り返ると、そこに立っていたのは浮島凪沙だった。
彼女はいつもの清楚な表情を装っていたが、目には隠しきれない苛立ちと焦りが浮かんでいる。
その後ろには、派手な茶髪の男——瑛斗の姿がちらりと見えたが、すぐに木陰に隠れた。
凪沙はゆっくりと近づいてきて、俺の前に立った。
「偶然ね。
こんなところで会うなんて」
声は冷静だったが、どこか棘を含んでいる。
彼女は一瞬、隣にいる雛を冷ややかに見た後、再び俺に視線を戻した。
「少し話があるんだけど……今、いい?」
雛が俺の腕をぎゅっと握りしめ、警戒した声で聞いた。
「あなた……」
凪沙は雛の言葉を無視するように、俺だけを見つめて続けた。
「急いでるみたいだけど、ちょっとだけ時間をくれない?
……瑛斗のことで、相談したいことがあるの」
その言葉に、俺の背筋が少しだけ冷たくなった。
また同じ事の繰り返し……だけど、以前とは何かが違うような……。
凪沙の目は、冷静を装っているものの、明らかに追い詰められたような光を帯びていた。
ゲームセンターから出てきたところで、突然声をかけられた。
雛が俺の腕をぎゅっと握りしめた。
凪沙は雛を一瞥した後、俺だけに視線を固定した。
「凪沙……もう関わらないでって言ったよね? 今更どんな用事があるっていうんだ」
俺が冷たく言うと、凪沙は悲壮な表情を浮かべた。
「そんな冷たいこと言わないで。あの男に脅されてるの。金を準備しないと、私はあいつのバンド仲間から輪姦されてしまう。そんな事になったらもう生きていられない。お願い、助けて」
その言葉を聞いた瞬間、俺は内心でため息をついた。
またか……どう考えても嘘っぽい。今度は輪姦? もう少しマシな嘘をついて欲しい。
仮に本当にそうだったとしても、警察や親、教師に相談すればいい話だ。
うちの担任ならそう言うことを熱心に聞いてくれるだろう。
それをしない時点で、どう考えても、俺から金を吸い上げる口実を探しているとしか思えない。
「だったら警察にいけよ。俺が首を突っ込む事じゃない」
俺がそう返すと、凪沙の表情がさらに切羽詰まったものになった。
「そんな事したら、私の恥ずかしい動画がネットに拡散されちゃう。あの男に犯された時に動画録られてるのよ。そんな事になったら……私」
その言葉が終わらないうちに、雛がぴしゃりと割って入った。
「嘘つくならもっとマシな嘘つきなよ」
雛の声はいつもの明るさとは打って変わって、はっきりとした苛立ちを含んでいた。
「悠真を泣かせて捨てたくせに、今更何言ってるの?
輪姦だとか動画だとか、そんな大げさな話、信じられるわけないじゃん!」
雛は俺の腕を強く抱きしめながら、凪沙をまっすぐに見つめた。
「悠真はもうあなたのことなんてどうでもいいって言ってるんだよ。
これ以上近づかないで!」
凪沙の顔が一瞬、歪んだ。本当に一瞬だけだったが見逃さなかった。
鋭い舌打ちと共に、射殺すような憎悪の視線を向けたことを。
俺は雛の肩に軽く手を置き、静かに言った。
「凪沙、本当に困ってるなら警察に行け。俺にはもう関係ない。俺達は終わったんだ。君が終わらせたんだ」
凪沙は唇を噛み、俺と雛を交互に見た。
その目には、悔しさと焦りがはっきりと浮かんでいた。
夕陽が沈みかける中、校門前の通りで、気まずい沈黙が流れた。
「お願い悠真、私――」
凪沙の言葉が終わらないうちに、雛が俺の腕を強く引いた。
「悠真、行こう。相手にすることないよ」
雛の声はいつもより少し低く、はっきりとした拒絶の色を帯びていた。
彼女は俺の手を握ったまま、凪沙から体をずらすようにして歩き出そうとする。
俺は軽く息を吐き、凪沙に向き直った。
「俺は君の話に付き合うつもりはない。
繰り返すが、本当に困っているなら、警察や先生に相談した方がいい。それこそ親を頼るべきだろ」
凪沙の表情がわずかに歪んだ。
「親なんて頼れるわけない!!」
「え?」
それは明らかな「本気の拒絶」だった。
なんだ? 凪沙の親について聞いた事はない。
そんなに仲が悪いのか。
いや、そうであったとしても、俺にはもう関係無い。
「悠真お願い……冷たいこと言わないでよ。私は本気で助けを求めてるのに……」
俺は静かに首を振った。
「本気かどうかはわからない。でも、俺はもう君の事情に首を突っ込む気はない。これ以上近づかないでくれ」
雛が俺の腕をもう一度優しく引いた。
「そうだよ、悠真。行こう。こんなところで時間を無駄にしたくないよ」
俺は雛の手を握り返し、軽く微笑んだ。
「そうだな。今日は雛の日だ。邪魔はさせない」
そう言って、俺は雛と一緒にその場を離れた。
「な、何よそれっ、何なのよっ」
背後で凪沙が何か声を上げた気がしたが、振り向かなかった。
歩きながら、俺は自分の胸に手を当てた。
(……少し、変われたかな)
以前の俺なら、凪沙の悲壮な顔を見て動揺し、つい話を聞いてしまっていたかもしれない。
でも今は違う。
雛が隣にいること、そして自分が守るべきものがあることを、はっきり意識できていた。
雛が俺の腕を軽く揺らしながら、明るい声で言った。
「悠真、気にしないで。
今日は雛と一緒に楽しいことだけしようね」
俺は頷き、雛の温かい手に力を込めた。
夕陽が沈みかける通りを、二人は肩を並べて歩き始めた。




