第2話 三つの大きな温もり
公園から三姉妹の家までは、歩いてすぐだった。
俺はほとんど無言のまま、葵の大きな手に導かれるようにして歩いた。
澪と雛も左右から寄り添うように歩き、時折心配そうな視線を向けてくる。
家に着くなり、葵が「悠真くんの部屋でいいよね?」と柔らかく確認して、俺の家ではなく三姉妹の家にある俺専用の部屋へと連れて行かれた。
ここは白峰家とうちの両親がそれぞれの家にこしらえた子供部屋を改造したものだ。
昔から両家は仲が良く、お互いの家をよく行き来していた。だから俺も幼い頃はよく遊びにきていたので、専用の部屋をあてがわれていたというわけだ。
金持ち故の贅沢な発想である。
ただ、思春期に入ってからは三姉妹とは距離を置いていた事もあり、ここしばらくは入っていなかった場所だ。
3人は学園でも屈指の美人三姉妹として有名で、高身長かつ超絶美人、更には3人ともそれぞれの分野で天才的な才能を発揮するスターでもある。
実家の裕福さでいえば、ほとんど同レベルであるが、俺個人は凡庸な人間だ。
いや、騙されていた事にも気がついていなかったのだ。それ以下のマヌケだろう。
それに引き換え、三姉妹は才能豊かで人気者。
言ってしまえば雲の上の存在なので、チビで凡人の俺はコンプレックスから彼女達を遠ざけていた。
部屋に入ると、久しぶりに見る見慣れた空間が随分と広く感じた。
でも三姉妹が194cmの長身で並ぶと、天井が低く見え、部屋の面積が一気に狭くなる。
俺はベッドの端に腰を下ろし、三人は俺の前に座ったり立ったりしながら囲むようにした。
しばらく誰も口を開かなかった。
「もしかして、浮島さんと何かあった?」
葵が静かに尋ねた。
その声はいつものように優しく、俺を急かさない響きだった。
ゾクリとした嫌な血圧が全身を駆け巡って硬直してしまう。
俺は何も答えられず、ただ唇を噛んだままうつむいた。
澪が小さく息を吸い、雛が「ねえ、悠真……」と続きを促そうとした瞬間、葵が二人を優しく制した。
「……今は、いいよ」
そのまま、部屋に優しい沈黙が落ちた。
(相変わらず温けぇな……惨めな気持ちになるから遠ざけていた自分が余計バカみたいだ)
長女の葵の察しの良さのおかげか、久しぶりに声を掛けるというのに、一も二もなく心配してくれる。
俺は出来事のショックがデカすぎてしばらく口を開くことができなかった。
やがて、三人がゆっくりと動き出した。
葵が右手を、澪が左手を、雛が正面から両方の手をそっと包み込むように握ってくる。
三つの大きな、温かい手のひら。
指が優しく絡み、ただ静かに握っていてくれた。
「……」
「……」
「……」
誰も無理に話を聞いてこない。
ただ、温もりを伝えてくれるだけの、優しい沈黙だった。
俺は喉の奥が熱くなるのを感じながら、ようやくひと言だけ絞り出した。
「……俺、フラれちまったよ……」
その言葉を口にした途端、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ軽くなった気がした。
「そっか……辛かったんだね」
葵が穏やかに微笑みながら、俺の手を優しく撫でた。
「……ゆーま、可哀想」
澪が無表情のまま、低い声でぽつりと言った。
その一言に、いつもより強い感情が込められているのがわかった。
「ぷんぷんだよ! 悠真を泣かせるなんて許せない!」
雛が頰を膨らませ、元気いっぱいに拳を握りしめた。
三人の反応に、俺は思わず目を丸くした。
すると葵が柔らかく微笑んだまま、首を傾げた。
「辛い時は女の子の体温が一番だよ」
「ゆーま、胸、貸す」
澪が短く、しかし真剣に言った。
「雛達でいっぱい慰めてあげる! ほら、おっぱいだよー♡」
雛が明るく笑いながら、勢いよく身を乗り出した。
「え、わわっ、ちょ、ちょっと3人ともっ!? ぐへらっ!?」
俺が慌てて声を上げた瞬間、三人が同時にダイヴしてきた。
柔らかくて、(失礼ながら)ものすごく重くて、温かいものが俺の顔と体を一気に覆い尽くした。
「ふもももっ、んごっ!? んんもぉふぉおおお……!」
(苦しいっ、息ができない!)
三つの巨大な脂肪の塊が、俺の顔や肩や胸にぐにゃりと押しつけられる。
圧倒的なボリュームと柔らかさが、俺を包み込み、押し潰そうとする。
葵の優しい甘い匂い、澪の少しクールなシャンプーの香り、雛の元気な体温が混ざり合って、頭が真っ白になった。
「ふごぉお! ぐぶっ、ほぼふっ」
「あん♡ くすぐったいよぉ」
「ん♡ そこ、乳首」
「えへへ~、もっと押し付けちゃえ~。なんならお手々で触ってみる?」
雛の無邪気な声が鼓膜を柔らかく振動させる。葵も澪も、胸を押し付けながら段々と息遣いが荒くなっていっているのが分かった。
三人はなおもおっぱいプレスをやめない。
わちゃわちゃと体を動かしながら、俺をさらに深く埋めていく。
「どう? 少しは落ち着いた……?」
「……もっと、いいよ」
「えへへ~! 悠真、顔真っ赤だよー!」
「ふぉふぇふぁふぉふふうふぁふぉふぁっふぇふふぁふぁふぁーーーっ!(それは呼吸が止まってるからだ!)」
部屋の中が、三姉妹の甘い声と柔らかい感触でいっぱいになった。
俺は息をするのもままならないまま、ただその温もりに飲み込まれていくしかなかった。
時間だけが、ゆっくりと過ぎていった。
◇◇◇
(し、死ぬかと思った……)
「少しは落ち着いた?」
葵がいつもの癒やし系オーラを全開にして、優しく笑いかけてきた。
蜂蜜色のゆるふわロングヘアが俺の頰に触れ、甘い香りがふわりと広がる。
その笑顔は本当に柔らかくて、まるで全てを包み込んでくれるようだった。
「落ち着くどころか落ちるところだったよ……」
俺は息を荒げながら、なんとか声を絞り出した。チアノーゼ引き起こしてないだろうな。
呼吸困難で童貞のままあの世に直送されるところだった。
三つの巨大なおっぱいに顔を埋められたまま、酸素が足りなくて視界がチカチカした。
だけど、3人のおどけつつも明るい空気感と、圧倒的な物理圧迫によって、
さっきまで胸を締め付けていた悲しい気持ちは、どこかに吹き飛んでいた。
凪沙の残酷な笑いや嘲る言葉が、頭の片隅にまだ残っているのに、不思議と涙はもう出てこなかった。
「ふふっ、ごめんね。ちょっと勢い余っちゃったよ」
葵がくすくすと笑いながら、少しだけ体を浮かせてくれた。
それでもまだ俺の胸に彼女の重みと柔らかさが残っている。
「……ゆーま、苦しかった?」
澪が無表情のまま、でも少しだけ心配そうな目で俺を見下ろした。
彼女の漆黒のストレートヘアが俺の肩に落ちてきて、冷たいくらいの滑らかさだった。
「えへへ~! でも悠真の顔、すっごく可愛かったよ! もっと埋めてあげようか?」
雛が元気いっぱいに笑いながら、セミロングの栗色の髪を揺らして再び身を乗り出そうとする。
「ちょ、ちょっと待って! まだ息が……!」
俺が慌てて両手を上げて制すると、三姉妹は同時にくすくすと笑い声を上げた。
部屋の中が、彼女たちの明るい声と温かい体温でいっぱいになる。
葵が俺の頭を優しく撫でながら、穏やかな声で言った。
「今日はもう一人にしないからね。
悠真くんが落ち着くまで、ずっとここにいていいよ……ね?」
澪が小さく頷き、雛が「うんうん! 雛達がずーっと守ってあげる!」と元気に続けた。
三人は俺をベッドの真ん中に座らせ、自分たちは左右と正面に陣取った。
194cmの長身が三人並ぶと、部屋が更に狭く感じられた。
彼女たちの膝が俺の膝に軽く触れ、温もりが伝わってくる。
静かな空気感で葵が手を握り絞め、優しい口調で促してくれた。
「何があったか、教えてくれる……?」
俺はようやく少しだけ息を整えながら、ぼそりと本音をこぼした。
「凪沙が、彼女が……他の男とセックスしてる現場を見ちゃってさ。
俺はただのサイフだったって、笑いながら言われたよ……」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がまた少し疼いた。
葵は静かに耳を傾け、悲しげに目を細めた。
「そっか……本当に辛かったんだね。悠真くんは一生懸命好きだったのに」
「……あの女……殺す」
澪が低い声で一言だけ呟き、俺の左手をぎゅっと握り直した。
無表情の顔に、ほんのわずかだけ怒りの色が浮かんでいるのがわかった。
「なにそれー! 絶対許せない! 悠真を泣かせるなんて、雛、めっちゃむかつく!」
雛が頰を膨らませ、右手を大きく振った。
その動きに合わせて、彼女のたわわな胸が大きく揺れる。
思わず視線が固定されそうになって直ぐに目を逸らした。
俺はあそこで起こった全てを話した。
それだけじゃない。自分がどれだけマヌケな男だったか。自嘲の言葉が次々に溢れてくる。
三人は無理に慰めの言葉を並べなかった。
自らを貶める言葉を咎めなかった。
ただ、俺の話を聞きながら、手を握ったり、背中を優しくさすったりしてくれた。
時折、葵が「うんうん」と相槌を打ち、澪が無言で肩を寄せ、雛が「大丈夫だよ!」と明るく励ます。
否定も肯定もせず、ただ俺が全ての言葉を吐き出し切るまで、柔らかく寄り添ってくれたのだ。
そして最後に――
「そっか。辛かったね。悠真くんは相手に真剣だっただけだから。それはマヌケなんかじゃない。立派だよ」
「そう……ゆーまは、優しい」
「雛だったらずっと嬉しい嬉しいってはしゃいじゃうな♪ 悠真が一生懸命選んでくれたプレゼントだもん! 嬉しいに決まってるもん!」
「はは……ありがとう……。全部転売して現金化されてたけどな」
やがて部屋の窓の外がすっかり暗くなった。
葵が俺の前髪を指で優しくかき上げながら、柔らかく微笑んだ。
「もう遅いし、今日はうちに泊まっていきなよ。
悠真くんの部屋じゃなくて、うちの客間でもいいけど……どう?」
「……ここがいい」
澪が短く、しかしはっきりと言った。
「そうだよ! 三人で悠真のこと、いーっぱい甘やかしてあげるから!」
雛が目を輝かせて身を乗り出した。
俺は三人の顔を順に見つめた。
194cmの巨体に囲まれ、巨大すぎる胸の谷間が視界のあちこちに広がっている。
さっきまでの絶望が、嘘のように遠のいていた。
しかし、何度見ても目に毒だ……こいつらのプロポーションの良さは……。
「……わかった。今日はここにいるよ」
その言葉を聞いた瞬間、三姉妹の表情が一斉に明るくなった。
葵がほんわか笑い、
澪が小さく息を吐き、
雛が「やったー!」と両手を上げて喜んだ。
三人分の大きな体温が、俺を優しく包み込む。
まだ心の傷は完全に消えていない。
でも、今夜だけは、この温もりに身を委ねてもいいのかもしれないと思った。
わちゃわちゃと三姉妹が布団を準備し始め、部屋が再び賑やかになる。
俺はベッドに座ったまま、彼女たちの動きをぼんやりと眺めていた。
「それじゃー、みんなで一緒にお風呂入ろーよー♪」
「え゛!?」
雛がとんでもない事を言い出した。
明るい栗色のセミロングを跳ねさせながら、元気いっぱいに提案してくる。
「あら♪ 雛ちゃんナイスアイデア」
葵が柔らかく微笑みながら、すぐに乗っかった。
「ん、名案」
澪も無表情のまま短く同意した。
「え、ちょ、ちょっとっ」
俺は三歳児か何かだと思われているのだろうか。
安らぎの時間かと思ったら、雛のとんでもない発言で、一気に血圧が上がってしまうのだった。




