第17話 練習試合の熱戦 ~無表情エースの覚醒~
放課後、体育館はすでに熱気に包まれていた。
俺はベンチの端に座り、コートを見つめていた。
今日は澪の所属するバレー部が、他校との練習試合を行う日だ。
澪から「見ててほしい」と言われたので、俺は素直に体育館に来ていた。
試合開始直前、コートに立つ澪の様子がいつもと違っていた。
無表情。
それはいつもの澪だ。
でも、その無表情の奥に、凄まじい気合いが燃えているのがはっきり分かった。
肩がわずかに上がり、指先が微かに震え、視線がネットの向こうを鋭く射抜いている。
周囲の部員たちも、その気配に気圧されているようだった。
声をかける者も少なく、皆が少し距離を取って澪を見ている。
(怖いくらいの気合いだ……)
俺は思わず息を飲んだ。
いつもクールで無口な澪が、ここまで集中している姿は初めて見た。
長身の体が、まるで獲物を狙う獣のように静かに構えている。
その姿に、体育館全体の空気が少し重くなった気がした。
審判のホイッスルが鳴り、練習試合が始まった。
相手チームのサーブが飛んでくる。
澪は無言でポジションにつき、レシーブの準備をした。
ボールがコートに落ちる瞬間、澪の長い腕が素早く動き、正確にトスを上げた。
「澪!」
チームメイトの声が飛ぶ。
澪は一瞬の助走で跳び上がり、ネットを越えてスパイクを叩き込んだ。
「コォォォオ! シッ!」
ズバァアアアン!!
ボールは相手コートの床に激しく跳ね、乾いた音を響かせた。
1点目。
観客席から小さなどよめきが起こる。
俺も思わず拳を握っていた。
「ふしゅぅう……」
試合は序盤から澪を中心に回り始めた。
相手チームの攻撃を、澪の長い腕が何度もブロックで跳ね返す。
スパイクは強烈で、角度も鋭い。
特に、相手のブロックをかわす「切り込むスパイク」は、見ているだけで息を飲む迫力があった。
澪のジャンプは本当に高く、194cmの長身が空中でさらに伸びるように見える。
着地するたび、床が軽く震えるような衝撃が伝わってくる。
俺はベンチから目を離せなかった。
(あれが……澪の本気か)
無表情のまま、感情をほとんど表に出さない。
でも、その集中力と瞬発力は圧倒的だった。
バレー部員たちも、澪のプレーに気圧されているのがわかった。
「澪先輩、今日すごい……」「あんなブロック、初めて見た」といった声があちこちから漏れている。
第1セットは澪の活躍で白峰学園がリードした。
澪はコートに立ったまま、汗を拭うこともなく、次のプレーに集中している。
俺は思わず立ち上がり、澪の方を見た。
澪の視線が、一瞬だけ俺に向いた。
無表情のまま、でも瞳の奥に熱い光が宿っているのが分かった。
その瞬間、俺の胸が熱くなった。
(澪……頑張ってるな)
第2セットに入っても、澪の勢いは止まらなかった。
相手チームのエースアタッカーの強烈なスパイクを、澪がシングルブロックで何度も止める。
そのたびに体育館に歓声が上がった。
澪のプレーは、ただ力強いだけじゃなかった。
瞬発力で素早く動き、的確にボールを捉える。
長身を生かしたリーチの広さで、コートの広い範囲をカバーしている。
俺はベンチの端で、拳を握りしめながら澪の姿を見つめ続けた。
試合は澪達の圧勝で終わった。
最終スコアは25-12、25-14、25-10。
澪はコートで圧倒的な存在感を発揮し、チームのエースとして試合を支配した。
試合終了のホイッスルが鳴った後、澪はゆっくりとコートから出てきた。
汗で濡れた黒髪が頰に張り付き、無表情のまま俺の方へ歩いてくる。
「……見ててくれた?」
短い言葉だったが、その声にはわずかな期待が混じっていた。
俺は素直に頷いた。
「うん。澪、すごかったよ。
本当にカッコよかった」
澪の耳が、ほんのり赤くなった。
「……ご褒美、欲しい」
無表情のまま、でも瞳が少し熱を帯びている。
俺は微笑みながら、澪の頭に軽く手を置いた。
「約束通り、飛びっきりのご褒美をやるよ。
今日はよく頑張ったな」
澪の唇の端が、微かに上がった。
無表情のまま、でもその小さな変化が、俺の胸を優しく温めた。
この日、澪のエースとしての活躍と、静かな甘えのギャップが、俺の心に強く刻み込まれた。
◇◇◇
練習試合が終わった後、体育館はまだ熱気を帯びていた。
澪の活躍でこちらが勝利した喜びが、部員たちの間に広がっている。
俺はベンチから立ち上がり、澪のところへ歩み寄った。
「澪、すごかったよ。本当にカッコよかった」
澪は無表情のまま、汗で濡れた前髪を指で軽く払った。
「もっと……褒めて……何度も、褒めて」
「うん。澪はすごかった。格好よかったよ」
澪の耳がほんのり赤くなった。
無表情のまま、でも瞳の奥に小さな喜びが浮かんでいるのが分かった。
コートの片付けが始まると、俺は自然と手伝いを申し出た。
「俺も手伝うよ。ネットの片付けとか、できることある?」
澪は少し驚いたように俺を見てから、小さく頷いた。
「……ありがとう」
俺と澪は一緒にコートの設備を撤去し始めた。
他の部員たちがボールを片付けたり、マットを畳んだりしている中、俺たちはネットの支柱を外し、ロープを巻いていく。
汗を拭きながら作業を進めていると、部員たちが次々と帰り始めた。
「澪先輩、お疲れ様です!」「高見沢くんもありがとう!」という声が遠ざかり、体育館の照明が少しずつ暗くなっていく。
気がつくと、体育館には俺と澪だけが残っていた。
静かな空間に、俺たちの足音だけが響く。
澪が最後のマットを片付け終え、俺の方を向いた。
「……ゆーま」
その声は低く、いつもの無表情のままだったが、息が少し荒い。
俺はなんとなく胸がざわついた。
「ん? どうした?」
澪は無言で俺の手を掴み、体育館の隅にある倉庫の方へ歩き始めた。
その手は熱く、力が強かった。
(こ、これは、朝の再来か!?)
大きな体が、凄まじい迫力を醸し出している。ちょっぴし怖い。
「み、澪さんっ!? どうされたのかな! 目が血走っておられますぞっ!?」
俺が慌てて声を上げると、澪は無言のまま倉庫のドアを開け、俺を中に押し込んだ。
暗い倉庫の中は、体育用具の匂いが濃く漂っている。
マットやボール、ネットが積まれ、わずかな明かりだけが天井から漏れている。
澪がドアを閉め、鍵を掛ける音が響いた。
「ふ~っ、ふ~っ」
澪の息が荒い。
無表情のまま、でも瞳が熱を帯び、俺をじっと見つめている。
俺は背中を壁に押しつけ、身の危険を感じて後ずさった。
「み、澪……?」
澪はゆっくりと俺に近づいてきた。
長身の影が俺を覆い、熱い息が顔にかかる。
「ゆーま……」
その声は低く、抑えきれない熱が混じっていた。
俺の心臓が激しく鳴る。
暗い倉庫の中で、澪の無表情な顔がすぐ近くにある。
そのギャップが、俺の胸を強く締め付けた。
「ゆーま……ご褒美……」
澪の指が、俺の胸に軽く触れた。
その感触に、俺の体がびくんと震える。
「え、ちょっと……澪、落ち着いて……」
「大丈夫……澪に、お任せ……天井の染みを数え終わる間に……終わるから」
「すっげぇいっぱいあるけど!? マジでヤバいって、澪、正気に戻ってくれ」
「大丈夫、先っちょだけ……先っちょだけだから」
「それ男のセリフでんがなっ」
俺が慌てて声を上げたその時、倉庫の鍵が施錠される音が響いた。
カチッ。
俺と澪は同時に声を上げた。
「「え?」」
何か音がした。それが鍵の施錠音だと気がついた時には、締めたであろう人物は既に出て行ってしまった。
暗い倉庫の中で、二人きり。
鍵が閉められた現実に、俺たちはようやく我に返った。
澪の瞳が、わずかに揺れた。
無表情のまま、でも耳の先が真っ赤になっている。
俺は壁に背中を押しつけたまま、息を荒げた。
「……どうしよう、これ」
澪は無言で俺を見つめ、ゆっくりと一歩下がった。
「……ごめん」
その声は小さく、いつものクールな澪に戻りつつあった。
でも、さっきまでの熱はまだ残っている。
俺は胸の鼓動を抑えながら、苦笑いした。
「びっくりしたよ……本当に」
暗い倉庫の中で、俺と澪は顔を見合わせた。
これは……どうしたものか。
密室に2人きりなんて……まるでお約束みたいな展開じゃないか!




