第15話 生徒会室の甘い時間と、予期せぬ来訪者
朝の白峰家で朝食を終えた後、葵が俺の隣に寄ってきて、柔らかい声で言った。
「悠真くん、今日の放課後、少し生徒会室を手伝ってくれない?
処理しないといけない書類がたくさん溜まってるの。一人じゃ大変そうだから……」
その笑顔はいつものように優しくて、俺は素直に頷いた。
「わかった。放課後、行けばいいんだよね」
葵の目が嬉しそうに細められた。
「うん。ありがとう。
今日は私だけの悠真くんだから……楽しみにしてるね♡」
学校に着くと、授業が終わった放課後、俺は生徒会室に向かった。
ドアを開けると、葵が一人で書類を整理していた。
部屋の中は静かで、午後の陽射しが窓から差し込んでいる。
「悠真くん、来てくれたんだ」
葵が立ち上がり、俺を迎えてくれた。
その笑顔が本当に優しくて、俺の胸が少し温かくなった。
「書類、どこから手伝えばいい?」
俺が聞くと、葵は俺の隣に立って、そっと肩を寄せてきた。
「まずはここから。一緒に並べてくれる?」
二人で書類を整理し始める。
葵の指が時々俺の手に触れ、温かい感触が伝わってくる。
作業が一段落ついた頃、葵が小さく息を吐いた。
「少し休憩しようか。悠真くん、疲れてるでしょ?」
そう言って、葵はソファに座り、俺を自分の膝に誘った。
「え……膝枕?」
俺が戸惑うと、葵はくすくすと笑った。
「今日は私だけの悠真くんだから……いいでしょ?
ほら、横になって」
俺は少し照れながら、葵の膝に頭を乗せた。
柔らかい太ももの感触と、蜂蜜色の髪から漂う甘い香りが、俺を包み込む。
葵が俺の髪を優しく撫でながら、耳元で囁いた。
「ね、命令して♡ 私に♡」
その甘い声に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
以前も感じたSっ気の正体を、確かめてみたい衝動が湧き上がる。
俺は少し声を低くして、言ってみた。
「なら、葵の目いっぱいで甘やかしてくれ……」
葵の目が嬉しそうに細められた。
「うふふ……悠真くんがそう言ってくれると、嬉しい」
葵の指が俺の髪を優しく梳き、肩を軽く揉んでくれる。
生徒会室の静かな空間に、二人だけの甘い時間が流れる。
俺は目を閉じながら、ふと思った。
(この感じ……悪くないな)
葵の温もりと優しい手つきに、胸の奥がじんわりと溶けていく。
それにしても……。
「大っきい……」
マジで天井が半分以上見えなくなってる。
おっぱいは、偉大だ。
なんだかこういう目で見まくってしまう自分がちょっと恨めしい。
「ふふふ……触ってみる?」
「ぁ、悪い……声に出てたか?」
「いいよー。男の子だもんね……悠真くんなら、いいよ♡」
「そ、それはまだ時期尚早というか……」
「冗談だよ。エッチなことは、また今度、ね♡」
今度……今度はいいのか……。
「あ、授乳手コ――」
「ストップストップ! そういうのは良いって!」
「うふふふ……悠真くんの顔真っ赤だよー。可愛いなぁもう♡」
「からかうなよ……まったく……」
葵はおっぱいをプルプルと揺らしながら蠱惑的な視線を送ってくる。
段々と誘惑に逆らえなくなってしまうので慌てて目を逸らした。
「ふふ、でも、悠真くんが私にエッチな視線を向けてくれるのって、なんだか嬉しい」
「普通はイヤなんじゃ?」
「他の人は嫌だよ。生徒会の男の子だって、時々視線がイヤらしいしね。ずっと胸とか足とか見られるのは、しんどい。でも、悠真くんになら、見て欲しい。だって、悠真くんが私を"そういう対象"として見てくれるんだもん」
「そりゃ……葵は魅力的な女の子だよ。人生でそう思わなかった時は1回もない」
「ホント? 嬉しいな。ふふ……えい♡」
「わぶっ!? んほっ、あ、あふぉい! ふぉももっ」
あろうことか葵のおっぱいが目の前に迫り、視界の全てを覆い尽くして柔らかさを押し当ててくる。
逃げられないように体を押さえ込まれ、グリグリと押し付けてきた。
「ぷはぁ……はぁ、はぁ……殺す気か」
「うふふ……でも、嫌な気持ち、吹き飛んだでしょ?」
「ああ、ついでに理性も飛びそうだ」
「飛ばしてもいいんだよ♡」
「そ、そういうのはまた今度な」
「今度、だね♡ えへへ」
今度……いいのかな。まだ3人の誰にするかも決めていないってのに。
そんな不誠実なことはできない。でも、積極的すぎる葵の誘惑に負けそうになる。
そうやってゆっくりと流れる時間の中でイチャイチャし続けていると、フッと葵の表情が変わる。
「あのね、私……一つだけ悠真くんにお願いしたいことがあって」
「お願い? この際だ。慰めてくれたお礼になんでも言ってくれ」
「なんでも、なんて気軽に言わない方がいいよ~」
「か、からかうなよ」
「ふふ、冗談」
「それで? 俺にどうしてほしいんだ?」
「うん……。私、ううん、私達は……悠真くんにはもっと――」
葵が何か言いかけたその時、突然ドアがノックされた。
「「!?」」
ビックリして慌てて葵の膝から起き上がる。
葵は不機嫌そうにノックに返事をした。
「どなた?」
「失礼します」
ドアが開き、入ってきたのは浮島凪沙だった。
俺の体が一瞬固まった。
凪沙は俺を見て、いつもの明るい笑顔を作ったが、目が少し必死だった。
「悠真、ちょっと話があるんだけど……」
葵が静かに立ち上がった。
凪沙は葵の存在を無視するように、俺に一歩近づいた。
「メール、見たよね?
本当にごめん。あの時は瑛斗に脅されてて……本心じゃなかったの。ちゃんと謝りたいから、少しだけでいいから時間をくれない?」
その声は甘く、いつもの彼女らしい可愛らしいトーンだった。
でも、俺にはあの時の歪んだ笑顔が重なって見えて、胸がざわついた。
かつてはこの声と笑顔に夢中になっていた。
だけど本性を知った今となっては、気味の悪い不協和音にしか聞こえない。
「もういいよ。終わったことだって、メールで言っただろ」
俺が短く答えると、凪沙はさらに食い下がってきた。
「待って! 本当に脅されてたの。信じてくれないの?
あの時の言葉は全部……瑛斗に言わされただけで……っ!?」
その時、葵が無言で俺の前に立ち、静かに凪沙を見つめた。
その視線は優しいままだったが、静かな圧力が強く、部屋の空気が少し重くなった。
凪沙の笑顔がわずかに引きつる。
「えっと……どいてくれないかな……私、悠真と話してるんだけど……」
「……(ニコニコ)」
「ねえ」
「……(ニコニコ)」
「ちょっと……」
「……」
葵の表情から微かに笑顔が消える。
いや、笑顔の種類が変わったのが分かる。
それを見た凪沙の表情から余裕が消えていった。
「くっ……葵さんもいるし、邪魔かな。でも、悠真にだけ話したいの」
葵はまだ何も言わない。
ただ、穏やかな笑顔のまま、凪沙をじっと見つめ続けている。
その無言の圧力は、言葉以上に強く、凪沙の足を止めた。
俺は静かに言った。
「もう話すことはない。
連絡もブロックしたし、これ以上関わらないでくれ」
凪沙の表情が一瞬、苛立ちで歪んだ。
そして、本当に小さく、それとは分からないくらい小さな【チッ】という舌打ちをしたのを、俺は聞き逃さなかった。
(やっぱりこっちが本性なんだな)
別に期待してた訳じゃない。だけど、脅されているという言葉が丸っきり嘘だという確信が深まっただけだ。
「……わかった」
凪沙は短く答えて、部屋を出て行った。
ドアが閉まる音が、少し重く響いた。
葵が俺の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫?」
俺は葵の顔を見て、静かに頷いた。
「うん……ありがとう、葵」
葵が俺を抱きしめてくれた。
「悠真くんが嫌な思いをしないように、私が守るから……ね?」
その温かい抱擁に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「葵、さっき言いかけていた事……俺から言わせてくれ」
「うん……」
俺は葵の瞳を胸の谷間から顔を出して見つめた。
格好が付かないが、力強く抱きしめて離してくれない。
「俺さ、もっと男らしい男になるよ。葵も、澪も、雛も……意思の強い、ちょっとSッ気のある男が好きだろ?」
「えへへ……うん。応援してる。そうなってくれたら、凄く嬉しいよ♡」
Sッ気のある男ってのは半分冗談みたいな言い方だったが、ようするにもっと人の見る目を養って、人を引っ張れる男になるってことだ。
そういう事だろうと葵に尋ねると、それを肯定するように、更に強く抱きしめてくれた。
生徒会室の窓から差し込む午後の陽射しが、俺たち二人を優しく照らしていた。
葵の柔らかな香りに包まれたこの甘い時間は、まだ続いていくようだった。
◇◇◇
【凪沙 視点】
生徒会室のドアを閉めた瞬間、私は廊下の壁に背中を強く押しつけた。
「はあ……はあ……クソが……」
息が荒い。
胸の奥で、熱いものがぐるぐると渦を巻いている。
悠真の冷たい声が、まだ耳に残っている。
「もう話すことはない……だと……ざっけんな、クソが」
あの言葉が、胸に突き刺さって離れない。
私は拳を握りしめ、壁を軽く叩いた。
(なんなの、あいつ……!
私がわざわざ謝りに来てやったのに、あの態度!?)
頭の中で、さっきの光景が繰り返し再生される。
悠真の隣に立っていた葵の、静かで優しい笑顔。
あの女は何も言わなかった。
ただ、穏やかな目で私をじっと見つめていただけ。
でも、あの視線は重かった。
まるで「もう悠真には近づかないで」と、無言で言い聞かせているようだった。
「くそ……あのデカ女……!」
私は歯を食いしばった。
白峰葵。
あの長身で優しい顔をした生徒会長。
いつも穏やかで、後輩の相談にも丁寧に乗って、先生からも信頼されている完璧なお嬢様。
でも、私にはわかる。
あの笑顔の裏に、冷たい計算が隠れているのが。
腹の底に抱えているドス黒い感情は、私とは別種の、もっともっとヤバい何かだ。
(悠真を独り占めしてるつもりか……?
あんなチビを三姉妹全員で囲んで、悦に入ってるわけ?)
悔しさが、胸の奥から込み上げてくる。
私はスマホを握りしめ、画面を睨んだ。
ブロックされている。
悠真からの返信は、短く冷たい一文だけだった。
「もういいよ。終わったことだ。」
あの言葉が、頭の中で何度もリピートされる。
(終わったこと? ふざけないでよ!
私があんたを捨てたんだよ!?
なのに、なんであんたがそんな上から目線で……!)
私は壁に額を押しつけた。
息が熱い。
指先が震えている。
瑛斗の顔が浮かんだ。
今頃、ライブの機材代をせびってくるだろう。
いつもの軽いノリで。
でも、今の私にはもう、悠真という便利な財布がない。
(全部、あいつのせいだ……クソが……イライラするわね)
悠真。
高見沢悠真。
小さくて、優しくて、騙しやすい……完璧なサイフだったはずなのに。
今は三姉妹に囲まれて、笑顔で学園を歩いている。
あの笑顔は、私が知っている悠真の顔じゃない。
私がアイツを笑いながら捨てた時の、青ざめて震えていた顔じゃない。
もっと生き生きとして、安心しきったような顔。
それが、たまらなく腹立たしい。
私はスマホをポケットにしまい、廊下を歩き始めた。
足音が少し荒くなる。
(まだ、終わってない……)
私は絶対に、あいつをもう一度自分のものにする。
三姉妹に囲まれて浮かれているなんて、許せない。
私は唇を噛みながら、静かに決意した。
この悔しさは、絶対に晴らしてやる。




