第10話 甘い日常と小さなSっ気
放課後、白峰家に帰った瞬間、俺の心臓はもうバクバクと激しく鳴っていた。
今日も絶対に甘やかされる。
逃げ場なんて、どこにもない。
リビングのソファに腰を下ろした途端、葵が優しい笑顔で近づいてきた。
「悠真くん、お疲れ様。
今日は学園で目立っちゃったね……少し休んで、ゆっくりしよう?」
そう言って、葵は俺の頭を自分の胸にそっと引き寄せた。
柔らかくて温かい感触が、顔全体を優しく包み込む。
甘い蜂蜜みたいな香りが鼻をくすぐり、息をするたびに胸がざわざわと熱くなった。
心臓の音が、ますます大きく響く。
「葵……ちょっと、重い……」
俺が小さく抗議しても、葵はくすくすと楽しそうに笑うだけで、離してくれない。
「ふふっ、悠真くんが可愛いから、つい……ね?」
右側から、雛が勢いよく飛びついてきた。
「悠真ー! 雛も! 雛もぎゅーってしてあげる!」
雛の大きな体が俺の右半身にぴったりと密着し、元気いっぱいに腕を絡めてくる。
セミロングのブラウンの髪が顔にかかり、甘いシャンプーの匂いがふわりと広がった。
「雛、重いって……!」
「えへへ~、悠真の体、あったかいよー! もっとくっついちゃおう!」
左側では、澪が無言で俺の左腕を抱きしめていた。
クールな表情のまま、でも体はしっかり俺に寄りかかり、離れようとしない。
「……ゆーま、動く、ダメ」
三方向から長身の巨体に囲まれ、俺は完全にトリプルサンドイッチ状態になった。
柔らかい胸の感触があちこちから押しつけられ、温もりと甘い香りに頭がぼーっと溶けていく。
(またこれか……朝から晩までこれじゃ、俺の心臓が本当に持たない……!)
恥ずかしさと心地よさが同時に胸をいっぱいに満たし、顔が熱くてたまらない。
鼓動が早くなって、息まで苦しくなる。
俺は少しだけ声を低くして言ってみた。
「……ちょっと待て。
みんな、俺の言うことを聞け」
その言葉が出た瞬間、三姉妹の動きがぴたりと止まった。
葵が目を少し見開き、
雛が「えへへ……」と嬉しそうに頰を緩め、
澪が無表情のまま、でも耳の先がわずかに赤くなった。
三人とも、明らかに嬉しそうな反応をしている。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
葵が甘く囁いた。
「悠真くん……そんな声で言われたら、なんだかドキドキしちゃうよ……ね?」
雛が体をくねらせながら、
「悠真が命令……なんか嬉しい……もっと言って?」
澪は無言で俺の左腕をぎゅっと抱きしめ直しただけだったが、その力の強さがいつもより少し増している気がした。
俺は自分の声が少し低くなったことに気づき、内心で驚いた。
(……少しSっ気が出てる?)
三姉妹が俺の言葉に素直に従う姿を見ていると、胸の奥が不思議と熱くなって、興奮が込み上げてくる。
昨日まではただ翻弄されるだけだったのに、今は少しだけ「自分が主導権を握っている」ような感覚があった。それが、たまらなく心地いい。
葵が頭を優しく撫でながら言った。
「今日はもう動かなくていいよ。
悠真くんが疲れてるなら、私たちが全部してあげるから……」
雛が元気よく、
「そうだよ! 悠真はただ座ってて! 雛がマッサージしてあげる!」
澪が静かに、
「……肩、揉む」
三人が同時に動き始めた瞬間、俺は観念した。
葵が優しく微笑みながら、俺の耳元に顔を近づけてきた。
甘い蜂蜜のような香りがふわりと漂い、息が少しだけ熱い。
「悠真くん……今日は特別に、アロママッサージをしてあげようか?
体が凝ってるみたいだから、ゆっくりほぐしてあげるね……」
その言葉に、俺の背筋がぞくりと震えた。
アロママッサージという響きだけでも、頭の中が甘く溶けそうになる。
「え……アロマ?」
俺が戸惑っている間に、葵はすでにキッチンから小さなボトルを持って戻ってきた。
ラベンダーとオレンジの優しい香りが漂うオイルだ。
澪と雛が目を輝かせて近づいてくる。
「足の裏からやるよ! 足つぼマッサージ、得意なんだ!」
雛が元気いっぱいに俺の足元に座り込み、靴下を脱がせ始めた。
澪は無言で反対側の足を掴み、オイルを手に取る。
葵は俺の背後に回り込み、ソファに深くもたれさせた俺の肩に手を置いた。
「ね、命令して♡ 私に♡」
葵の甘い囁きが耳たぶに直接響いた瞬間、俺の胸が激しく高鳴った。
先ほど感じたSっ気の正体を、確かめてみたい衝動が一気に湧き上がる。
俺は少し声を低くして、誤解されそうな危ない言葉を絞り出した。
「……よ、よし。三人で俺を気持ち良くしてくれ」
言ってから少し後悔した。この発言はちょっと危ないかもしれない。
その瞬間、空気がぴんと張りつめた。
葵の目が優しく細まり、
雛が「えへへ~!」と嬉しそうに笑い、
澪が無表情のまま、しかし耳の先がわずかに赤くなった。
三人とも、明らかに嬉しそうな反応をしている。
「わかりました……悠真くん♡」
葵が耳元で甘く囁きながら、俺の背中に手のひらを当てた。
服の上からでも伝わる温もりと、天才的な力加減で背骨と肩甲骨を丁寧に揉みほぐしていく。
指先が的確に凝りを捉え、じんわりと熱が広がる。
痛気持ちいいというより、ただただ溶けるような心地よさだった。
「ふふ……もっとくっ付いていいですからね~」
加えて、うつ伏せにされた俺の頭を、葵が自分の腰に密着させてくる。
「手持ち無沙汰でしょ? 私の腰に手を回して……ね?」
(こ、これは……柔らかい……それに、めちゃめちゃ良い匂いがする)
ムッチムチの太もも……。腰に手を回すと伝わってくる体温。
それでいて腰のくびれ具合はどうだろう。果たして内臓が入っているのか疑わしい。
柔らかくて、温かくて、細いのにムチムチしてて……。
感触の全てがパラダイスだった。
一方、下半身では澪と雛が本格的に足つぼマッサージを始めていた。
澪はスポーツで鍛えた的確な指圧で、足の裏のツボを一つ一つ刺激していく。
「ここ……痛い?」「……ここ、気持ちいい?」と短い言葉で確認しながら、力加減を完璧に調整してくれる。
痛いのに気持ちいい、絶妙なバランスで体がどんどん緩んでいく。
雛はというと——
「えへへ~! 悠真、気持ちいいでしょー!」
力任せに両手の親指をぐりぐりと押し込んでくる。
スポーツマンシップ全開の勢いでツボを攻め立てるせいで、本当に痛い。
「ぐおっ、雛……そこ、痛いって!」
「えー? もっと強くした方が気持ちいいんじゃないの?
ほらほら、がんばれー!」
雛が無邪気に笑いながら、さらに力を込めてくる。
俺は思わず体をよじった。
葵が背中から優しく笑いながら、静かに言った。
「雛ちゃん、力加減が強すぎるよ……悠真くんが苦しそう」
澪も無表情のまま、しかしはっきりとした声で釘を刺した。
「……雛、それ絶対痛い」
雛が頰を膨らませて反論した。
「えー! 澪こそいつも優しすぎて、悠真が物足りないって思ってるかもよ!
葵ちゃんも、いつも優しい優しいって甘やかしすぎ!
雛は本気で悠真を気持ち良くしてあげたいんだもん!」
葵がくすくすと笑いながら、背中を揉む手を止めずに言った。
「ふふっ、雛ちゃんの気持ちは嬉しいけど……悠真くんが『痛い』って顔してるよ?
優しさと強さのバランス、大事だよ……ね?」
うつ伏せで太ももに顔を埋めているのに、どうして俺の表情が分かるんだろうか?
もしかして葵はエスパーか何か?
澪が短く、しかし容赦なく追撃した。
「……雛のマッサージは、ただの力仕事。
ツボを押すんじゃなくて、壊してる」
「うにゃー! 二人して雛をいじめるー!」
雛が俺の足をぎゅっと抱きしめながら、拗ねた声を出した。
俺は三人のやり取りを聞きながら、思わず苦笑いした。
痛いところと気持ちいいところが混ざり合い、頭がぼーっとする。
葵の背中マッサージは本当に天才的で、凝りが溶けるようにほぐれていく。
澪の足つぼは的確で、体の芯からリラックスしていく。
雛の力任せは痛いけど、その元気さがなんだか心地いい。
(……ここが天国か……俺は今日、死ぬのだろうか)
俺は小さく息を吐きながら、改めて実感した。
三姉妹が俺の言葉に嬉しそうに従う姿を見ると、胸の奥が熱くなる。
命令ひとつで3人が積極的に動いてくれる。
ただ甘やかされるだけじゃなく、少しだけ「俺がリードしている」感覚が、たまらない。
葵が耳元で再び甘く囁いた。
「悠真くん……もっと命令して?
私たち、悠真くんの言うことなら何でも聞いちゃうよ……♡」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
三姉妹の温もりとオイルの香り、そして甘い声に包まれながら、
俺はゆっくりと目を閉じた。
この甘い時間は、まだまだ続きそうだ。
そして、俺は少しずつ、その甘さに溺れていく自分を感じていた。
「あ、そうそう。今日は家族みんなでバーベキューパーティーやるよ」
「え?」
「あのね~、雛たちがね、悠真のお父さんとお母さん達呼んでおいたの」
「楽しいこと……いっぱいする。元気、出る」
「そっか……ありがとう、皆、父さん達に会うのも久しぶりだな」
うちの両親は仕事が忙しく、海外にいることが多い。
使用人の人達がいるが、夜は基本1人だった。
それにしても、俺のためにわざわざ日本に戻ってきてくれるなんて、感謝しかないな。
ありがとう、3人とも。




