EP 7
美味しい料理ですっかり打ち解けた俺たちは、孤児院の片付けを終えた後、連れ立って帝都の大通りを歩いていた。
「リュウさん、先ほどは本当にありがとうございました。子供たちも、あんなに美味しいものを食べたのは初めてだって大喜びでした」
隣を歩くセーラさんが、嬉しそうに微笑みかけてくる。
透き通るような銀髪が風に揺れ、道ゆく人々の視線が彼女に集まっているのがわかった。そして、そんな絶世の美女シスターの隣を歩く「パーカーにジーパン」という謎の格好の俺には、周囲から明確な嫉妬と疑問の眼差しが突き刺さっている。
「いや、俺も久しぶりに誰かと一緒にご飯が食べられて楽しかったです。……それにしても、セーラさんって街の有名人なんですね。すごい見られてる気がする」
俺が苦笑いしながら言うと、セーラさんは「えっ?」と不思議そうに首を傾げた。
「そ、そうですか? 私はただのルナミス教会のしがない下っ端シスターですよ? きっと、リュウさんのその……独特で機能的で素敵な……お召し物が珍しいからだと思います!」
無理やりフォローしてくれているが、明らかに彼女の美貌のせいだ。この人、自分の容姿の破壊力に全く無自覚らしい。
「あ、見えてきました! あれが帝都アルクスの冒険者ギルド本部です」
セーラさんが指差した先には、先ほど路地裏の騒動の前に見かけた、巨大な石造りの建物があった。
観音開きの重厚な扉を押し開けると、中には凄まじい熱気と喧騒が渦巻いていた。
「うおおっ、マジでファンタジーだ……!」
俺は思わず声を漏らした。
巨大な掲示板には無数の依頼書が張り出され、酒場を兼ねた待合スペースでは、昼間から芋酒を煽る荒くれ者たちで溢れている。
犬の耳や尻尾を持った獣人族の戦士、ローブをすっぽり被った魔法使い、身の丈ほどある斧を背負った屈強なドワーフ。まさにゲームの世界そのものだ。
「さあ、受付に行きましょう。私が教会の身元保証人としてサインしますから」
セーラさんに腕を引かれ、カウンターへと向かう。
受付には、キッチリとした制服を着たエルフの女性が立っていた。尖った耳と知的な眼鏡が印象的だ。
「いらっしゃいませ。……あら、ルナミス教会のセーラ様ではありませんか。本日はどのようなご用件で?」
「こんにちは、ミリアさん。実は、こちらのリュウさんの冒険者登録をお願いしたくて。私が身元を保証します」
エルフの受付嬢――ミリアさんは、スッと眼鏡のブリッジを押し上げ、値踏みするような鋭い視線で俺を上から下まで舐め回した。
「……なるほど。身元不明の旅人であっても、教会直属のシスターの推薦とあらば即日登録が可能です。では、こちらの魔力測定器に手を触れていただけますか? 適性クラスと初期ランクを判定します」
ミリアさんがカウンターの上に置いたのは、ソフトボールほどの大きさの透明な水晶玉だった。
俺は言われるがまま、右手を水晶玉に乗せる。
(魔力か……。俺は【武器使い】だから、魔法系のステータスは期待できないかもな)
そう思いながら触れた瞬間だった。
――カァァァァァァァッ!!
「なっ!?」
「きゃあっ!?」
水晶玉が、直視できないほどの尋常ではない眩い閃光を放ったのだ。
ギルド内の喧騒が一瞬にして静まり返り、酒を飲んでいた冒険者たちも何事かと一斉にこちらを振り返る。
「こ、これは……魔力、ゼロ……!?」
ミリアさんが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「えっ? ゼロ?」
「はい……。水晶玉がこれほど強く発光するのは、魔力が完全に『ゼロ』であることを示しています。このアナステシア世界において、人間族で魔力が全くのゼロという個体は……前代未聞です」
ギルド内がざわめき始める。
「おい、聞いたか? 魔力ゼロだってよ」
「なんだその欠陥品。魔法の適性がないどころか、生活魔法すら使えねぇってことかよ」
「プッ、ダッセェ! 教会のシスター様に泣きついて登録しにきたヒモ野郎か?」
心無い嘲笑が飛んでくる。
だが、俺は内心で(なるほど)と納得していた。俺は地球から来た人間だ。この世界の魔力器官なんて持っているはずがない。
代わりに俺には、ジャージ女神からもらった【武器使い】という規格外の物理チートがある。魔法が使えなくても、何の問題もない。
「あの! リュウさんは魔法が使えなくても、凄まじい体術と投石の技術を持っています! 欠陥品なんかじゃありません!」
俺が気にしていないのとは対照的に、セーラさんが顔を真っ赤にして周囲の冒険者たちに抗議してくれた。
自分のために怒ってくれるヒロイン。最高かよ。
「……静粛に。魔力ゼロとはいえ、教会の推薦がある以上、規定通り『Eランク』として登録を受理します」
ミリアさんが業務用の表情に戻り、一枚の鉄製のプレートを差し出してきた。
そこには『リュウ・カギタ / Eランク』と刻まれている。
「ありがとうございます。これで俺も冒険者ですね」
プレートを受け取り、俺はセーラさんに笑いかけた。
「さて、さっそく仕事を探そうと思うんですが……Eランクでも受けられる依頼って、どんなのがありますか?」
俺が尋ねると、ミリアさんが掲示板の方を指差した。
「Eランクの基本的な依頼は、帝都周辺の『陽薬草』の採取や、ドブさらい、または最弱の害獣である『ホーンラビット』や『ゴブリン』の討伐などになります。魔力を持たないリュウ様には、安全な薬草採取をお勧めしますが……」
ミリアさんの忠告ももっともだが、俺は森の中でホーンラビットもゴブリンも、石ころ一つでワンパンしてきた実績がある。
「じゃあ、ゴブリンの討伐依頼で。帝都の近くの森にいるんですよね?」
俺の即答に、ギルド内の冒険者たちが再びゲラゲラと笑い声を上げた。
「おいおい、魔力ゼロの初心者がいきなりゴブリン討伐ゥ?」
「武器も持ってねぇくせに、どうやって倒す気だ? 素手か? ギャハハ!」
「シスター、そいつが死ぬ前にお祈りの準備でもしといてやりな!」
うるせぇ外野だ。
俺が軽くため息をつき、ポケットの中の自作スリングを握りしめようとした時。
「わ、私も行きますっ!」
隣にいたセーラさんが、ビシッと白銀の杖を突き上げて宣言したのだ。
「えっ? セーラさん?」
「リュウさんは命の恩人です! いくらリュウさんが強くても、初めての依頼を一人で行かせるわけにはいきません! 私が回復でサポートします!」
恋愛小説のヒロインのような健気なセリフに、俺だけでなく、ギルド中の男たちの顎が外れそうになった。
「は、はぁぁ!? あの教会の高嶺の花が、魔力ゼロの初心者に同行!?」
「ふざけんな! 俺が何度もパーティーに誘っても断ったくせに!」
周囲の嫉妬の炎が目に見えるようだ。
しかし、俺にとってこれほど心強いことはない。回復役がいれば、心置きなく前線で暴れられる。
「それじゃあ、俺の初めてのパーティーメンバー、よろしくお願いします、セーラさん」
俺が右手を差し出すと、セーラさんはパァッと花が咲くような笑顔になり、その両手で俺の手をしっかりと握り返した。
「はいっ! 足手まといにならないよう、頑張ります!」
こうして、俺とセーラさんの「最弱(に見える)&最高位ヒーラー」という異色のパーティーが結成された。
バカにしていた冒険者たちの度肝を抜くのは、もうすぐそこだ。俺たちは依頼書を引っ剥がし、帝都の城門へと向かった。




