EP 6
顔を真っ赤にしてワナワナと震えているシスターを前に、俺はどうしていいか分からず頭を掻いた。
怒らせたのだろうか、それともどこか怪我をして痛むのだろうか。
「あの、大丈夫ですか? もし立てないなら――」
俺が手を差し伸べようとした、その時だった。
『ぐきゅるるるるるぅぅ〜……』
路地裏に、とても可愛らしい、けれど盛大な腹の虫の音が鳴り響いた。
音の出所はシスター……ではなく、彼女の背後に隠れていた孤児の子供たちだ。
いや、シスターの顔がさらに真っ赤になって限界突破しそうになっているところを見ると、彼女のお腹も少し鳴っていたのかもしれない。
「お、お腹、空いちゃったね……。ごめんなさい、炊き出し用の食材は買ってきたんですが、私、お料理がどうしても苦手で……いつも黒焦げにしちゃって……」
シスターが涙目で足元の籠を見下ろす。
そこには、ソフトボールほどの大きさの黄色い芋――『太陽芋』と、いくつかの青々とした野草が入っていた。
「そういうことなら、俺に任せてもらえませんか?」
「えっ? リュウさんが、ですか?」
「こう見えても一人暮らしが長くて、自炊には自信があるんです。それに……」
俺は地面に突き刺さったままのナイフを抜き取り、クルリと指先で回して見せた。
「今の俺なら、料理の腕も『達人級』になってるはずなんで」
◆
シスター――道すがら名前をセーラさんと教えてもらった――に案内され、俺たちはルナミス教会の裏手にある、孤児院の小さな厨房を借りることになった。
「えっと、食材はこの太陽芋と、潰すとマヨネーズみたいな汁が出る『マヨ・ハーブ』ですね」
俺はパーカーのポケットから、圏外になっているスマートフォンを取り出した。
通信はできなくても問題ない。俺のスマホには、あらかじめダウンロードしてある完全オフライン対応の『万能料理AIアプリ』が入っている。ソーラーバッテリーもあるから充電の心配もない。
「OK、AI。太陽芋とマヨネーズっぽい調味料で、子供が喜ぶ甘めのレシピを教えてくれ」
『ピコン。レシピを検索しました。【特製ポテトサラダ】および、素材の甘みを活かした【絶品スイートポテト】の同時進行手順を表示します』
画面に表示された効率的な調理手順を頭に叩き込む。
そして、厨房に備え付けられていた少し刃こぼれした『包丁』を手に取った。
――ピカァッ!
予想通りだ。包丁の柄が光を放ち、俺の脳内に【武器使い(第三形態・刃物)】の神髄が流れ込んでくる。
ナイフを武器として極めたということは、刃物を扱う技術そのものが達人領域に達しているということだ。
「よし……いくぞ!」
トトトトトトトトトッ!!
まな板の上で、包丁が目にも止まらぬ速さで分身したように動く。
硬い太陽芋の皮が、リンゴの皮剥きのように薄く一本の線となってスルスルと剥がれ落ち、あっという間に完璧な均等サイズのサイコロ状に切り分けられていく。
「わぁ……! すごい、魔法みたい……!」
「お兄ちゃん、手が何本にも見えるよ!」
背後から覗き込んでいたセーラさんと子供たちが、歓声を上げて目を丸くしている。
俺はAIの指示通りに芋を茹で上げ、マヨ・ハーブの汁を絶妙な分量でブレンドしてポテトサラダを完成させる。
さらに余った芋を徹底的にマッシュし、俺の財布から出した100円玉でセーラさんに買ってきてもらった砂糖とバターを加え、備え付けの魔導オーブンで香ばしく焼き上げた。
甘く、とろけるような匂いが厨房いっぱいに広がる。
「お待たせしました。太陽芋のポテトサラダと、食後のスイートポテトです」
木のお皿に綺麗に盛り付けた料理をテーブルに並べると、子供たちがワーッと群がってきた。
そして、甘い物好きだというセーラさんも、ゴクリと喉を鳴らしてフォークを手に取る。
「い、いただきます……」
ポテトサラダを一口、そしてスイートポテトを小さく切り分けて口に運んだセーラさんの動きが、ピタリと止まった。
「……っ!!」
エメラルドグリーンの瞳が見開かれ、ぷるぷると唇が震える。
「ど、どうですか? 異世界の芋だったんで、少し水っぽかった気もするんですが……」
「お、おいしぃぃぃぃぃぃっっ!!」
セーラさんが、シスターらしからぬ大声を上げて両手で頬を押さえた。
「な、なんですかこれ!? お芋の甘さが限界まで引き出されていて、マヨ・ハーブの酸味と完璧に調和してます! そしてこの甘い焼き菓子……っ! 外はサクッとしてるのに、中はクリームみたいにトロトロで……私、こんな美味しいもの食べたことありませんっ!!」
「うめー! お兄ちゃんすげー!」
子供たちも顔を芋だらけにしながら、あっという間に皿を空っぽにしていく。
その食べっぷりを見て、俺は心の底からホッと安堵の息を吐いた。
料理を美味いと言って食ってもらえるのは、本当に嬉しいもんだ。
「リュウさん、貴方は命の恩人なだけでなく、こんなに素晴らしいお料理の腕まで……。まるで、小説に出てくる完璧な騎士様のようです……」
ポッと頬を染め、上目遣いでこちらを見つめてくるセーラさん。
その破壊力たるや、さっきのゴブリンの群れなんて比ではない。俺の心臓の警鐘が鳴りっぱなしだ。
「い、いや、俺なんて全然そんな。ただの田舎者のお人好しなんで」
照れ隠しで頭を掻く俺に、セーラさんはふふっと優しく微笑んだ。
「リュウさん。もしよろしければ……私に、冒険者ギルドへの登録の案内をさせていただけませんか? 教会の推薦があれば、身元保証人なしでもすぐに手続きできますから」
「本当ですか!? それはめちゃくちゃ助かります!」
「それと……」
セーラさんは、もじもじと修道服の裾を握りしめながら、少しだけうつむいた。
「もし、その……ご迷惑でなければ……これからも時々、一緒にご飯を作って、食べませんか? 私、食材の買い出しなら得意なのでっ!」
顔を真っ赤にしながら、必死に俺の目を見つめてくるルナミス教会の美しきシスター。
断る理由なんて、宇宙のどこを探しても存在しなかった。
「……はい。俺の料理でよければ、いくらでも」
こうして、俺の異世界生活は幕を開けた。
手元には『石ころ』から始まるチートスキル。ポケットには『日本円』。そして隣には、胃袋を完全に掴んだ『最高のヒロイン』。
ワンオペ過労死から始まった俺の第二の人生は、ここから一気に最強街道を突っ走ることになるのだった。




