EP 5
帝都の大通りを歩くこと十数分。
剣と盾が交差した巨大な看板を掲げる、一際大きな石造りの建物が見えてきた。
「あれが冒険者ギルドか……。デカいな」
早速中に入って仕事を探そうとした、その時だった。
「や、やめてください! この子たちは何も悪いことはしていません!」
ギルドのすぐ横、薄暗い路地裏から、高く澄んだ女性の声が聞こえた。
思わず足を止め、声のする方へ視線を向ける。
そこには、透き通るような白い肌と美しい銀髪を揺らす、一人の女性が立っていた。
清楚な純白の修道服(シスター服)に身を包み、背丈ほどある白銀の杖を両手で握りしめている。
彼女の背後には、ボロボロの服を着た幼い孤児たちが数人、怯えたように隠れていた。
そして、彼女たちを取り囲むように、薄汚れた革鎧を着たガラの悪い男たちが三人、下品な笑いを浮かべていた。
「おいおいシスター。俺たちはこのガキどもが、俺の財布から『円』をスったんじゃねぇかって聞いてるだけだぜ?」
「そうだそうだ。ルナミス教会のシスター様なら、代わりに身体で……いや、たっぷりと献金で払ってくれてもいいんだぜ?」
ニヤニヤと近づく男たち。完全に言いがかりのテンプレチンピラだ。
シスターの女性は気丈に杖を構えて庇っているが、その足は微かに震えていた。
よく見ると、彼女の修道服の隠しポケットからは、スーパーで売っていそうな袋入りの飴玉がこぼれ落ちている。子供たちに配っていたところを絡まれたらしい。
(……見過ごせるわけ、ないよな)
俺は大きくため息をつき、パーカーのポケットから石ころを一つ取り出し、スリングにセットした。
「おい、あんた達。大の男三人で、女性と子供をいじめて楽しいか?」
路地裏に響いた俺の声に、男たちが一斉に振り返る。
「あぁ? なんだテメェ、パーカーにジーパン? どこの田舎モンだ」
「すっこんでろ。痛い目見たくねぇならな!」
男の一人が、腰からギラリと光るナイフを抜き放ち、俺に向かって威嚇するように突き出してきた。
だが、今の俺にとって、抜刀のモーションすら見え見えのスローモーションだ。
「痛い目を見るのは、そっちだ」
俺はスリングを構え、手首のスナップだけで石を放った。
パァンッ!!
「ぐあぁっ!?」
破裂音と共に、男の持っていたナイフが根本からへし折れ、手首に強烈な衝撃を受けた男が悲鳴を上げてナイフを手放す。
カランッ、と石畳に落ちる刃。
「なっ……魔法か!? てめぇ、ブッ殺してやる!!」
仲間がやられたのを見て逆上したもう一人の男が、懐からサバイバルナイフのようなものを取り出し、俺の顔面めがけて一直線に突きかかってきた。
俺は慌てず、半歩前に踏み込む。
そして、さっきの男が落としたナイフの『柄』を、スライディング気味に拾い上げた。
――その瞬間だった。
手にしたナイフの柄が、眩い光を放った。
第一形態の石、第二形態の投石機に続く、俺の中の眠れる知識が爆発的に解放される感覚。
刃筋の角度。急所の位置。相手の重心。関節の可動域。
これまでの投擲(遠距離)とは全く違う、【ナイフ】という近接武器における『最適解』が脳内に直接ダウンロードされていく。
「死ねやぁぁっ!」
男のナイフが俺の喉元に迫る。
だが、遅い。止まって見える。
俺は最小限の動きで首を傾けて刃を避け、同時に手にしたナイフの『峰(刃の無い側)』を、男の手首の腱に叩き込んだ。
「ぎっ……!?」
男のナイフが手から滑り落ちる。
そのままの勢いで、俺は男の懐に深く潜り込み、柄の底で男の鳩尾を正確に打ち抜いた。
「ゴハッ……!」
カエルのように目をひん剥いた男が、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
わずか一瞬の出来事。流れるようなCQC(近接格闘術)の制圧劇だった。
「ヒッ……! ば、化け物……!」
残った最後の一人が、仲間を見捨てて路地裏の奥へと情けない悲鳴を上げながら逃げていった。
「……ふぅ。街中だし、峰打ち(?)にしといて正解だったな」
俺はナイフを軽く放り投げてキャッチし、そのまま地面に突き刺した。
これが、【武器使い】の第三形態。
近接戦すら達人レベルでこなせるようになったのだ。
「あ、あの……!」
背後から、恐る恐るという感じで声がかけられた。
振り返ると、さっきのシスターが、信じられないものを見るような、大きなエメラルドグリーンの瞳で俺を見つめていた。
「助けていただき、ありがとうございます……! その、お怪我は……」
近くで見ると、さらに凄まじい美人だった。
ほんのりと甘い、飴玉のような香りが鼻をくすぐる。
23年間彼女なしの俺の心臓が、柄にもなくドクンと跳ねた。
「い、いや、俺は平気です。そっちこそ、怪我はないですか? あと、子供たちも」
俺がそう言って微笑みかけると、シスターの白い頬が、ボフッ!と音を立てるように真っ赤に染まった。
両手で口元を覆い、何故かワナワナと震え始めている。
(……え? なんだ? 俺、なんか変なこと言ったか?)
「(こ、こ、これ……っ! 私が昨日読んだ『路地裏の公爵様と秘密の恋』の第3章のテンプレ展開ですぅぅーーっ!!)」
彼女が脳内で、重度の恋愛小説オタクとしてのパニックを起こしていることなど、お人好しの俺には知る由もなかった。




