EP 4
ゴルド商会の馬車に揺られること数時間。
森を抜け、開けた平野に出た俺の目に飛び込んできたのは、度肝を抜かれるような光景だった。
「……す、すげぇ……」
地平線の彼方まで続くような巨大な城壁。
その上空には、巨大な帆を張った船――『魔導飛行船』がゆっくりと空を泳ぎ、さらにその周囲を、巨大な翼を持つトカゲ……『ワイバーン』に跨った騎士たちが旋回している。
まさにファンタジーの王道、剣と魔法の超大国だ。
「あれがルナミス帝国の首都、『帝都アルクス』ですぞ、リュウ殿」
御者台の横で、ドンパさんが誇らしげに胸を張った。
「空の護りは飛竜騎士団。そして城壁には魔砲が配備されております。大陸でも有数の安全な都市ですな」
馬車は城門をくぐり、活気あふれる大通りへと入っていく。
石畳の道を行き交う人々の中には、獣の耳や尻尾を持った獣人族や、屈強なドワーフの姿も見える。
これぞ異世界! 俺のテンションは最高潮に達していた。
「さて、リュウ殿。私どもは商業ギルドへ向かいますので、ここでお別れです」
広場の隅に馬車を止めると、ドンパさんが俺に向かって深く頭を下げた。
「命を救っていただいた恩、決して忘れません。これは少ないですが、私からのせめてものお礼です。どうかお受け取りください」
そう言ってドンパさんが差し出してきたのは、小さな茶封筒だった。
ファンタジー世界の商人からの謝礼だ。金貨か、銀貨か、それとも珍しい宝石か……!
俺はドキドキしながら封筒を受け取り、中身を覗き込んだ。
「……えっ?」
そこに入っていたのは、見慣れた肖像画が印刷された、薄っぺらい紙切れだった。
諭吉……いや、渋沢栄一だ。
「えっ!? ちょっと待ってドンパさん! これって……!」
「はい! ゴルドの金貨とも呼ばれる最高額紙幣、『一万円札』でございます! 大陸全土で使える最も価値のある通貨ですよ!」
ドンパさんは満面の笑みで親指を立て、馬車と共に去っていった。
取り残された俺は、手の中の一万円札と、自分の財布に入っている一万五千円を交互に見比べた。
「……日本円じゃねーか!!」
俺の叫び声は、喧騒に包まれた帝都の空に虚しく響いた。
気を取り直して、近くの屋台から漂ってくる香ばしい匂いに釣られ、パン屋の前に立つ。
「おばちゃん、このコギムギパンって一ついくら?」
「いらっしゃい! 焼きたてだよ! 一つ100円ね!」
「100円!! 単位もそのままかよ!」
俺は財布から100円玉を取り出してパンを受け取った。
異世界の硬貨をまじまじと見つめる。桜の花がデザインされた、あの100円玉と完全に一致している。偽造防止のギザギザまである。
『あ? 過労死? じゃあこの箱からスキル引いて』
『アタシはソシャゲで忙しいから、早くアナスタシアに行け』
脳裏に、コタツでジャージ姿の女神ルチアナの顔が浮かんだ。
……あの駄女神、絶対に『異世界の通貨単位とか経済システム考えるのめんどくせぇ!』って理由で、そのまま日本円の概念をこの世界にぶち込みやがったな!?
だが、経済学部で学んでいた俺にとって、これほどありがたい仕様はない。
物価の基準が完全に「現代日本」と同じなら、相場を騙されることもないし、金銭感覚も狂わない。
今、俺の全財産はドンパさんからもらったお礼を含めて、二万四千九百円。
安宿の素泊まりが2000円だと屋台のおばちゃんが教えてくれたから、当面野垂れ死ぬことはないだろう。
「よし、まずは仕事を探さないとな」
美味いコギムギパンをかじりながら、俺は歩き出す。
ファンタジーの定番にして最大の稼ぎ口、『冒険者ギルド』を目指して!




