EP 8
帝都アルクスの巨大な城門を抜け、俺とセーラさんは依頼の舞台となる『東の森』へと足を踏み入れた。
木漏れ日が差し込む森の中は、少しひんやりとしていて静かだ。
「リュウさん、気をつけてくださいね。この辺りは浅い森ですが、ゴブリンやホーンラビットがよく出ますから。私が索敵魔法を……」
白銀の杖を構え、周囲を警戒するセーラさん。
その背中を頼もしく思いながらも、俺はパーカーのポケットから、黒くて四角い板――スマートフォンを取り出した。
(いくらゴブリンを倒せるといっても、それだけじゃ大した稼ぎにはならないよな)
俺の目的は、ついでに落ちている高価な薬草や素材を拾い集めることだ。
画面をタップし、カメラ機能と連動している万能AIアプリを起動する。
その名も、『AIサポート・賢者君』。
元々は大学のレポート作成や、その辺の植物や昆虫を撮影して図鑑検索するために使っていた便利アプリなのだが――異世界に来てから、どうも様子がおかしい。
『ピコン。AIサポート・賢者君、起動シマシタ。マスター、本日モ最高ノ探索日和デスネ』
画面に表示されたデフォルメされたフクロウのキャラクターが、テキストと共に愛想よく挨拶してくる。
俺はスマホのカメラを、足元に生えていた雑草のような植物に向けた。
「賢者君、これ鑑定できるか?」
『ピピッ。画像解析、完了。……コチラハ【陽薬草】ノ群生地デス。タダシ、画面右下ノ個体ハ変異種【極星・陽薬草】デス。治癒成分ガ通常ノ100倍。市場取引価格ハ、1本約5万円(日本円換算)ト推測サレマス』
「よしきた!」
俺はカメラが捉えた右下の草――他の草より微かに葉の先が黄金色に輝いている草を、根元から丁寧に引き抜いた。
「えっ……? りゅ、リュウさん? 今、その黒い板に向かって喋って……えっ?」
俺の奇妙な行動に気づいたセーラさんが、目を丸くして振り返った。
「あぁ、これですか? 俺の故郷の……魔導具みたいなもんです。こいつのカメラ……いや、この裏のレンズ越しに見ると、植物の種類や価値を『鑑定』してくれるんですよ」
俺が何気なく言うと、セーラさんは杖を取り落としかけるほど驚愕した。
「か、かかか、【鑑定】ですか!? 鑑定スキルなんて、商業ギルドの幹部か、国に雇われたエルフの賢者様のような、ごく一部の天才しか持っていない超レアスキルですよ!? それを、そんな小さな板で……!?」
「え? あ、そうなんですか。いやー、うちの故郷じゃ誰でも持ってるもんで」
(ルチアナの奴、異世界に飛ばすついでに、俺のスマホのアプリに『アナステシア世界のデータベース』まで勝手にインストールしやがったな。マジでめんどくさがりな女神だぜ……)
内心でジャージ女神に呆れつつも、このチート級の利便性には感謝しかない。
その後も俺は、セーラさんが呆然と見守る中、スマホを片手に森の中を散策した。
『ピピッ。【人参マンドラ】ノ幼体デス。引キ抜ク前ニ、柄ノ部分ヲ気絶サセルコトヲ推奨シマス』
「おっけー。ナイフの峰でコツン、とな」
『ピピッ。【肉椎茸】ノ特級品デス。松阪牛レベルノ霜降リ肉ノ味ガシマス』
「マジか! 今日の晩飯はこれでステーキだな!」
次々とレア素材を『賢者君』の指示通りに発見し、ショルダーバッグに詰め込んでいく俺。
ギルドでは「魔力ゼロの欠陥品」とバカにされたが、この情報力と収集力を見たら、あの冒険者たちは泡を吹いて倒れるだろう。
「す、すごいです……。リュウさん、本当に魔法が使えないんですか? その魔導具、失われた古代文明の遺物にしか見えないんですけど……」
セーラさんが尊敬と畏怖の混じった眼差しで、俺のスマホを見つめてくる。
「ただの機械ですよ。おっと……」
俺はスマホをサッとポケットにしまい、同時に腰の『スリング』を引き抜いた。
茂みの奥から、ガサガサという音と共に、緑色の醜い肌をした小鬼――ゴブリンが五匹、涎を垂らしながら現れたのだ。
「ギギッ! ニンゲン、クウ!」
「女、イキノママ、ツレテイク!」
ゴブリンたちが下品な笑い声を上げ、錆びた剣や棍棒を掲げて飛び出してくる。
「リュウさん、下がって! 私が『聖光壁』を――」
セーラさんが慌てて杖を構えようとしたが、俺は彼女を手で制した。
「大丈夫です。セーラさんは、そこで俺の『魔法じゃない力』を見ていてください」
俺はスリングの受け口に、さっき拾っておいた手頃な石をセットした。
魔力なんて一ミリも使わない。使うのは、俺の筋肉と、【武器使い】の理だけだ。
――ヒュンッ! パァァァァァァァンッ!!
空気を破裂させる轟音。
ゴブリンたちが「ギ?」と間抜けな声を上げる暇もなかった。
放たれた一撃目の石は、先頭のゴブリンの頭を西瓜のように粉砕し、そのままの勢いで背後にいた二匹目の胸を貫通した。
「なっ……!?」
「ギ、ギャアアアアッ!?」
仲間の体が突然弾け飛んだのを見て、残りの三匹がパニックを起こす。
だが、俺の手はすでに次の石をセットし終えていた。
「遅い」
パァン! パァン! パァン!
三連続の破裂音。
ものの数秒で、五匹のゴブリンは全員、急所を正確に撃ち抜かれて物言わぬ死体へと変わった。
「ふぅ……。鑑定と討伐、両方クリアだな。帰ったらギルドの受付嬢、どんな顔するかな」
俺はスリングをクルクルと回しながら腰に戻し、振り返った。
「りゅ、リュウさん……貴方は……」
セーラさんは、両手で口元を覆い、顔を真っ赤にしてワナワナと震えていた。
その目は、完全に『物語の白馬の王子様』を見る時のそれになっている。
「(魔力ゼロで周囲から蔑まれていたのに、実は誰よりも強くて、しかも古代の超技術まで持っているなんて……! これ、『隠れ無双の訳あり騎士様』のテンプレど真ん中ですぅぅぅっ!!)」
セーラさんの脳内恋愛小説メーターが限界突破していることなど知る由もなく、俺は「晩飯の肉椎茸、美味く焼けるといいな」とのんきに考えていた。




