EP 6
「ギ、ギギィィィッ!!」
「バカな、バカなバカなバカなァァッ!!」
ルナの氷魔法と、俺が放った地球の『潤滑スプレー』が作り出した完全摩擦ゼロ地帯。
そこはまさに、死蟲軍にとっての地獄だった。
制御を失い、互いの超重量で激突し合う死甲虫型たち。装甲が砕けた隙を、すかさずイグニスとキャルルが物理で粉砕していく。
絶対の自信を持っていた「装甲と質量」の蹂躙が、たった一本のスプレー缶で瓦解した。
その事実が、感情を捨てたはずの魔人ギアンの機械回路をショート寸前まで追い詰めていた。
『アレン・鍵田ァァァァァッ!!』
ギアンの機械の複眼が、怒りで真っ赤に染まる。
彼は自身の機械の足を鋭いスパイク状に変形させ、ツルツルの氷に深く突き刺しながら、俺に向かって一直線に跳躍した。
『貴様だ! 貴様というイレギュラーさえ消せば、このふざけた盤面は元に戻る!! 死ねぇぇぇッ!!』
「アレンッ!!」
背後でレオンが悲鳴を上げる。
だが、俺は一歩も引かなかった。大鎌を振りかざして迫るギアンを真っ直ぐに見据え、不敵に笑う。
「イグニス! キャルル! 敵から離れて!!」
俺の指示に、二人は即座に反応して大きく後方に跳び退いた。
「ギアン。君は機械の体になったから、匂いがわからなかったのかい?」
『……何?』
「このスプレーの成分はね……とっても『よく燃える』んだよ!!」
俺は、空になったスプレー缶をギアンと死甲虫の群れのど真ん中へ向けて力いっぱい投げつけた。
そして、後方に下がった竜人に向かって叫ぶ!
「イグニス! 前に決めたルール、今だけ解除する! ほんのちょっとだけ、火を吹いていいぞ!!」
「ガァーッハッハッハ!! 待ってましたぁぁっ!!」
イグニスが空中で大きく息を吸い込む。
ずっと禁じられていた、竜人の本来の力。彼が口から放ったのは、巨大な火球ではなく、ほんの小さな『火の粉』だった。
だが、それで十分すぎた。
パチッ……!
火の粉が、空中に充満していた潤滑スプレーのミストと、投げられた缶の残ガスに引火した瞬間。
――ドッゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
「ゲベァァァァァァァァッ!?」
凄まじい粉塵爆発。
森の木々を焼かないように計算された局所的な、しかし超高熱の爆発が、氷上を火の海に変えた。
摩擦で砕け、隙間だらけになっていた死甲虫たちの内部に炎が入り込み、精密な機械回路を内側から完全に焼き尽くしていく。
「あ……あがっ……! ギ……ィィ……」
爆風の中心で、魔人ギアンが黒焦げになって崩れ落ちた。
自慢の機械の体は半分以上がドロドロに溶け、もはや立ち上がることもできない。
『な、なぜだ……。すべてを計算し尽くしたはずの……完璧な理が……こんな、子供のオモチャのような……道具に……!』
「セオリー通りにいかないのが、僕たち『問題児パーティー』の強さだからさ」
俺が『黒鋼の剣』を突きつけると、ギアンはギリギリと機械の歯軋りを鳴らした。
『……アレン・鍵田。貴様という存在は、我が主にとって最大の障壁となる……! 次こそは、次こそは必ず……ッ!!』
断末魔のような呪詛を残し、ギアンは自らの足元に辛うじて転移門を開き、逃げるようにその中へ転がり込んでいった。
後には、完全に機能停止し、スクラップと化した死甲虫の残骸だけが残された。
「……ふぅ。これで、一安心だね」
俺が剣を鞘に収めると、イグニス、キャルル、ルナの3人が「お疲れ、リーダー!」と笑いながら駆け寄ってきた。
俺たちは振り返り、呆然と座り込んでいるレオンたち『白銀の翼』の方へと歩み寄った。
「怪我の具合はどう、レオン君?」
俺が手を差し伸べると、レオンはビクッと肩を震わせた。
完璧なエリートだった彼の顔は泥とススにまみれ、その瞳には、今まで自分が見下していた「子供」に対する、明らかな『畏怖』と『尊敬』の色が浮かんでいた。




