EP 14
俺の右手のひらで弾けた、虹色の光。
絶体絶命のピンチをひっくり返す、伝説の聖剣か、はたまたあの『フラッシュバン』のような強力な兵器か。
ギアンが警戒して身構え、操られているイグニスとキャルルも藁にもすがる思いでその光の収束を見つめた。
しかし、光の中からポンッと間の抜けた音と共に現れたのは――ずんぐりとした白いプラスチックのボトルだった。
赤いノズルキャップがついており、側面には無骨な文字でこう書かれている。
『超強力・業務用瞬間接着剤(大容量サイズ)』
「……は?」
「な、なんだぁ!? アレン、またガラクタかよぉっ!?」
イグニスの悲鳴が響く。
魔人ギアンは、俺の手にあるプラスチックボトルを見て、数秒間ポカンとした後、腹を抱えて爆笑し始めた。
「アァッハッハッハッハ!! なんですか、その不格好な筒は!? そんなオモチャで、私の『魔の糸』を断ち切るとでも? 恐怖のあまり、ついに頭がおかしくなりましたか!」
ギアンの嘲笑が地下水道に響き渡る。
だが、俺は笑っていなかった。
【ランダムボックス】を通じて脳内に流れ込んできた、その『地球のアイテム』の性質と使用用途。
(……空気中の水分に反応して、一瞬であらゆるものを強固に結合させる液体。……いける!!)
「笑うのはお前だ、ギアン!!」
俺は躊躇なく、その分厚いプラスチックボトルの側面を『黒鋼の剣』の柄で思い切り殴りつけた。
パァンッ!!という破裂音と共にボトルが弾け、中から透明でドロリとした大量の液体が空中にばら撒かれる。
「ルナ! 今すぐ『そよ風の魔法』を! この液体を、前方の空間全体に霧のように拡散させて!!」
「えっ? う、うん、わかったわ! 『そよ風の息吹』!!」
ルナの杖から放たれた突風が、空中に散らばった透明な液体を細かい霧状に変え、ギアンと俺たちの間にある空間――『魔の糸』が張り巡らされた不可視の迷宮へと吹き飛ばした。
「フン、謎の液体をばら撒いたところで無駄な……ん?」
ギアンが指を動かし、再びイグニスとキャルル同士を激突させようとした、その瞬間だった。
「……な、なんだこれは!? 糸が……動かない!?」
仮面の奥で、ギアンが初めて焦りの声を上げた。
彼が操っていた透明な『魔の糸』が、空中で突如としてバチバチと音を立てて白濁し、可視化し始めたのだ。
「ギアン! お前の糸は魔法で作られているとはいえ、物理的な干渉力を持っている! なら、質量を持つものには必ずくっつくはずだ!」
俺が叫ぶと同時。
霧状になった『業務用瞬間接着剤』が魔の糸に付着し、地下水道の湿気(水分)と激しく反応。
交差していた糸同士が一瞬にして強固に結合(接着)し、ギアンが指を引けば引くほど、糸は絡み合い、ダマになり、最後には巨大な『硬いゴミの塊』と化して空中に固定されてしまった。
「ば、馬鹿な!? 私の美しき魔の糸が……ただの絡まった毛玉に!? ええい、ならば新しく糸を……っ!?」
ギアンが両手の指を開こうとした時、彼の悲鳴はさらに大きくなった。
空気を漂っていた接着剤の霧は、ギアンの指先にも付着していた。彼が焦って両手を握り込んだ瞬間、右手の五本の指が、そして左手の指が、強力な接着力によってピタリとくっつき、完全に離れなくなってしまったのだ。
「ヒィィッ!? ゆ、指が開かない!? 手品が、私の手品ができないぃぃっ!?」
指が動かなければ、新しい糸を紡ぐことも、操ることもできない。
魔法を無効化する『死蟷螂型』たちも、羽に接着剤がこびりつき、バタバタと無様に地面へ墜落していく。
「い、いやだ……嘘だ、こんな訳の分からない粘液で、死蟲軍の指揮官であるこの私の作戦が……ッ!!」
完全にパニックに陥り、接着された両手を必死に引き剥がそうと無様なダンスを踊る道化師。
その目の前で。
糸の支配から完全に解放され、自由を取り戻した『帝都最強の問題児たち』が、静かに、そして限界突破の殺意を込めて立ち上がった。
「……おい、ピエロ野郎」
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!
地下水道の汚水が沸騰するほどの、尋常ではない赤黒い闘気。
イグニスが両手斧を肩に担ぎ、瞳孔を縦に細めてギアンを睨み下ろす。
「さっきは随分と、俺様たちで楽しいお人形遊びをしてくれたじゃねぇか……なぁ?」
「えっと、その、これは……」
「……私の仲間を傷つけさせた罪、万死に値するわよ」
ギアンの背後。いつの間にかマッハの速度で回り込んでいたキャルルが、紫電の雷光をバチバチと放ちながら、特注の強化靴の踵を鳴らした。
「ヒッ……!! ちょ、待っ――」
「「消し飛びなさい(やがれ)ッ!!!」」
イグニスの規格外の両手斧が正面から!
キャルルの音速の回し蹴りが背後から!
逃げ場を失った魔人ギアンの顔面と背中に、帝都最強の二人の『怒り度MAXの同時攻撃』が完璧なタイミングで突き刺さった。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい衝撃波が地下水道を吹き抜け、貯水槽の壁がひび割れ、大量の死蟲機たちが爆風だけで粉砕される。
「アベッ……ブベバァァァァァァァァァァッ!!」
ギアンの被っていた不気味な笑い顔の仮面が木っ端微塵に砕け散り、巨大な鎌も真っ二つにへし折れた。
道化師の体はピンボールのように壁から壁へと激突し、最後は汚水の中にボロ雑巾のように叩き落とされた。
「……あ、あばば……ば、馬鹿な……。この私が、こんな、こんな屈辱を……ッ」
全身の骨が砕け、ピクピクと痙攣するギアン。
俺は『黒鋼の剣』を構え、仲間たちと共にトドメを刺すべく距離を詰めた。
だが、ギアンは執念で残った魔力を振り絞り、足元に空間の歪み(転移門)を開いた。
「ま、まさか……あんな謎の粘液で……私の芸術を破るとは……! アレン・鍵田……覚えておきますよ……! 次は必ず、絶望のどん底に……ッ!」
負け犬の遠吠えを残し、魔人ギアンの体は転移門の中に吸い込まれ、完全に姿を消したのだった。
「チッ、逃げ足だけは速い野郎だぜ」
「でも、これで帝都の魔道具の暴走は収まるはずよ」
イグニスが斧を下ろし、キャルルが大きく息を吐く。
ギアンが消え去ったことで、残っていた死蟲機たちも動力を失ったように次々と機能停止していった。
「ふふっ。アレン君、また不思議な道具で私たちを助けてくれたのね。ありがとう!」
ルナが嬉しそうに抱きついてきて、イグニスとキャルルも俺の頭を乱暴に撫で回す。
「あ、あはは……みんな、無事でよかったよ」
俺は接着剤の空のボトルを見つめながら、ホッと胸を撫で下ろした。
今回もまた、父さんの世界の『ガラクタ』に救われた。
だけど、あのギアンが残した言葉。そして、この街の平和を裏から狙う『死蟲軍』という存在。
(……このままじゃ、終わらない。帝都のみんなを守るためには……!)
最強の仲間たちと共に、俺の心の中に、新たな決意の炎が静かに燃え上がり始めていた。




