EP 13
冷たく淀んだ水が流れる、帝都アルクスの巨大な地下水道。
わずかな魔法照明の光だけが頼りの暗闇の中を、俺たち問題児パーティーは慎重に進んでいた。
「キィィィィッ……!」
カサカサという無数の金属音。
地下水道の奥へ進むにつれ、壁や天井には例の機械の蟲……『死寄生蟲型』の抜け殻や、犬ほどの大きさがある『死蟻型』の残骸が散乱し始めていた。
「間違いない。ここが奴らの発生源だ」
俺が『黒鋼の剣』を構えて角を曲がった、その先の巨大な貯水槽。
そこに、奴はいた。
「――ようこそ、希望に満ちた英雄ご一行。私のささやかな『舞台』へ」
暗闇の中心。
身の丈をゆうに超える巨大な死神の鎌を肩に担ぎ、不気味な笑い顔の仮面を被った道化師が、芝居がかった優雅な動作でお辞儀をした。
その足元には、無数の『死蟻型』と、両腕が鋭い刃になった空を飛ぶ『死蟷螂型』が、護衛のように控えている。
「お前が……帝都の魔道具を暴走させた犯人か!」
「左様でございます。私は死蟲軍が指揮官、魔人ギアン。我が主、死蟲王サルバロス様の完全復活のため、この街の人間たちの『絶望の魂』を収穫しに参りました」
仮面の奥の目が、三日月のように細められる。
「便利で平和な日常が崩れ去った時の、人間どものあの絶望に歪む顔……! クックック、たまりませんねぇ。あなた方も、どうか私に最高の悲鳴を聞かせて――」
「御託はいい!! 俺様の朝飯を台無しにした罪、万死に値するぜぇっ!!」
ギアンの言葉を遮り、激怒したイグニスが床を蹴って跳躍した。
巨体から放たれる尋常ではない赤黒い闘気。そのまま両手斧を上段に構え、ギアンの脳天めがけて真っ逆さまに落下する。
「消し炭になりな! 『イグニス・ブレイク』ォォォッ!!」
「私も行くわよ! ルナキンのパフェの恨み、そのふざけた仮面ごと粉砕してあげる!」
キャルルもまた、イグニスの死角からマッハの速度で踏み込み、特注の強化靴に紫電の雷光を纏わせた。
S級竜人の超火力と、雷神の月兎の超音速の蹴り。
本来なら、どんなAランク魔獣だろうと一瞬で消し飛ぶ必殺の同時攻撃。
だが、魔人ギアンは巨大な鎌を構えようともせず、ただ仮面の奥で「嘲笑」を浮かべた。
「……力任せの直線的な攻撃。実に単細胞で、実に『操りやすい』」
ギアンの右手の十指が、まるでピアノを弾くように虚空で踊る。
「え?」
空中にいたイグニスと、音速で踏み込んでいたキャルルの動きが、ギアンに届くわずか数メートル手前で、まるで『一時停止ボタン』を押されたかのようにピタリと空中で静止したのだ。
「な、なんだぁ!? 斧が……腕が動かねぇ!?」
「っ!? 足が……地面に縫い付けられたみたいに……!」
驚愕する二人の関節や武器に、微かな光の反射が見えた。
それは、ギアンの指先から放たれた、極細にして鋼よりも強靭な透明の糸――『魔の糸』。
それがいつの間にか空中にクモの巣のように張り巡らされており、突進してきた二人を絡め取り、その運動エネルギーを完全に殺していたのだ。
「フフッ。さあ、手品の始まりです」
ギアンが指先をクイッと上に弾く。
すると、イグニスとキャルルは意志とは無関係に、ギアンに背を向け、なんと『お互い』に向かって武器を構えさせられた。
「な、おい! 勝手に体が動くぞ! アレン、逃げろ!!」
「嘘でしょ、私の闘気を上回る力で強制的に操作されてる……っ!」
「やめろぉっ!!」
俺の制止も虚しく、ギアンの指の動きに合わせて、イグニスの両手斧がキャルルに向かって容赦なく振り下ろされる。
それをキャルルの体が強制的にトンファーで受け止めさせられ、火花が散った。
強すぎる仲間たちが、文字通り『操り人形』にされてしまったのだ。
「あらあら、仲間割れはダメよ! 『大地の鎖』!」
後方にいたルナが、二人を糸ごと止めるために杖を振り上げ、極太の植物のツルを召喚しようとした。
だが。
『キィィィィンッ!!』
「ふきゅっ!?」
空を飛んでいた無数の『死蟷螂型』が超高速で飛び交い、ルナが展開しようとした魔法のツルを、発生した端から目にも止まらぬ斬撃で細切れに切り刻んでしまった。
「ルナ!」
「ごめんなさいアレン君……あの子たち、私の魔法の詠唱速度より速いわ……っ!」
物理攻撃は『魔の糸』で乗っ取られ、魔法攻撃は『死蟷螂』の圧倒的な手数で相殺される。
完璧な戦術。これが、死蟲軍の指揮官の恐るべき知略。
「クックック……アァッハッハッハッハッハ!!」
ギアンが腹を抱えて狂喜の笑い声を上げる。
「素晴らしい! 最強の力を持ちながら、仲間を傷つけることしかできない無力感! その絶望に歪む顔が見たかったのですよ!」
「ぐあぁぁっ! や、やめろ……キャルル、避けてくれぇっ!」
「無理よトカゲ! あんたこそ斧を止めなさいよ!!」
ギアンに操られ、血の涙を流しながら殺し合いをさせられるイグニスとキャルル。
彼らの圧倒的な『力』は、今や最大の『絶望』へと反転してしまっていた。
(……力じゃダメだ。イグニスやキャルルの力に頼るだけじゃ、あいつの糸の迷宮は突破できない……!)
圧倒的な力の差、いや『相性』の差。
このままでは全滅する。
俺はギリッと唇を噛み切り、剣を盾に収め、空になった右手を前に突き出した。
「さあ、残るは非力なリーダーの少年だけ。あなたが泣き叫び、絶望する顔も、たっぷりと堪能させていただき――」
「……誰が、絶望なんかするかよッ!!」
俺は、自分の中に眠るあの『ふざけたスキル』に、ただひたすらに祈りを込めた。
父さんの故郷の、どんなに下らなくて、どんなにポンコツなアイテムでもいい。この最悪の盤面をひっくり返す、たった一つの『可能性』を引かせてくれ!
「頼む……きてくれっ!! 僕の、【ランダムボックス】ッッ!!!」
絶望の地下水道に、俺の右手のひらから、眩い虹色の光が弾け飛んだ。




