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EP 11

あの地獄のような看病(拷問)から数日。

俺の筋肉痛と魔力枯渇がようやく治りかけ、なんとか自力で歩けるようになったある日の昼下がり。

シェアハウスの玄関で、とんでもないトラブルが起きていた。

「わぁ〜! 今月も実家(世界樹様)から仕送りが届いたわ〜!」

ルナが嬉しそうにパチパチと拍手をしている目の前には、玄関の床板がミシミシと軋むほど巨大で、そしてまばゆいばかりの黄金の光を放つ『塊』が鎮座していた。

「なっ……ルナ!? なんだよそのデカい金塊は!?」

「ふふっ、世界樹様からの毎月のお小遣いよ。『可愛いルナ、これで美味しいお野菜とお肉をたくさん食べてね』って。重さにして大体、純金100キロくらいかしら」

「ひゃっ、ひゃっきろぉぉぉっ!?」

俺は悲鳴を上げて頭を抱えた。

純金100kg。日本円(親父の故郷の価値)に換算すれば、おそらく数億円から十億円に届く額だ。それが毎月『お小遣い』としてポンと送られてくるエルフの次期女王、恐るべしである。

「す、すげぇ……! おいアレン! これだけあれば、俺様が親父とお袋に手紙で書いた『純金の像』が本当に建つんじゃねぇか!? ちょっと削らせて――」

「バカトカゲ、触るんじゃないわよ!」

目が『¥』マークになったイグニスの後頭部に、キャルルの容赦ない回し蹴りが炸裂する。

「ルナ、イグニス、よく聞いて! その純金100kgをもし帝都の市場で換金したら、通貨の価値が一気に暴落して『ハイパーインフレ』が起きる! 物価が何百倍にも跳ね上がって、ルナキンのハンバーグもパフェも、一生食べられなくなるんだよ!!」

俺が血相を変えて『経済崩壊の危機』を説くと、キャルルとイグニスの顔がサァッと青ざめた。

「パ、パフェが食べられなくなるですって!? アレン、今すぐその呪いの箱を隠しなさい!」

「お、俺様の晩飯の肉もか!? 冗談じゃねぇ!」

「だから言ってるでしょ! ほらルナ、その金塊は僕の『魔法ポーチ』の絶対開けない奥底のポケットに厳重に封印しておくから! 絶対に街で使っちゃダメだからね! 石の偽金もダメだけど、本物の金はもっとダメ!!」

「え〜、せっかくみんなで美味しいもの食べようと思ったのに……。アレン君ってば、たまにお父さんのリュウさんにそっくりな顔して怒るわねぇ」

こうして、俺の魔法ポーチには『世界樹からの100kgの仕送り』という、絶対に開けてはならないパンドラの箱(塩漬け資産)が追加されたのだった。

俺は深い溜息をつき、シェアハウスの窓から帝都アルクスの平和な街並みを見下ろした。

便利で、活気があって、誰もが笑顔で暮らしているこの街。

この時の俺たちは、誰も気づいていなかったのだ。この光り輝く帝都の足元、その『暗闇』の中で、静かに世界を終わらせる悪意が蠢き始めていることに。

   ◆

帝都アルクスの地下深く。

張り巡らされた巨大な地下水道の、光の届かない湿った暗闇の中。

コツン……、コツン……。

静寂を切り裂いて、不気味な足音が響き渡っていた。

暗闇の中から現れたのは、身の丈をゆうに超える巨大な死神のデス・サイズを肩に担ぎ、顔の半分を覆う不気味な『笑い顔の仮面』を被った、道化師ピエロの格好をした魔人だった。

「クックック……。素晴らしい。本当に素晴らしい街だ」

死蟲軍 指揮官、魔人ギアン。

彼は地下水道の天井……帝都の地上から微かに響いてくる人々の楽しげな笑い声や、活気ある足音を聞きながら、仮面の奥で目を細めて歓喜に身を震わせた。

「かつて荒れ果てていたこのルナミス帝国を、英雄リュウとやらがもたらした『異世界の知識』とやらで、ここまで豊かに、便利に発展させた。……ええ、とても素晴らしい」

ギアンの右手が闇の中で怪しく動き、指先から透明な『魔の糸』が幾重にも放たれる。

その糸の先、地下水道の汚水の中には……無数の、鋼鉄の装甲と機械の節足を持つ、手のひらサイズの不気味な蟲たち――『死寄生蟲パラサイト型』が、ギアンの指の動きに合わせてカサカサと蠢いていた。

「ですが、便利さというものは、一度知ってしまえば後戻りできない猛毒です。その『当たり前の日常』が突然牙を剥き、奪われた時……人間という脆弱な生き物は、いとも簡単に絶望の底へと落ちる」

ギアンは両手を大きく広げ、まるでオーケストラの指揮者のように優雅にお辞儀をした。

「我が主、死蟲王サルバロス様の完全復活のために。この帝都を、極上の『絶望の魂』の畑といたしましょう」

ギアンの指が弾かれると、無数の『死寄生蟲』たちが一斉に壁を這い上がり、地上の帝都アルクスへ向けて、音もなく侵入を開始した。

「さあ、可愛らしい私の玩具(蟲)たち。地上の愚かな人間どもから、便利な日常を奪い去りなさい。希望が絶望に変わるその顔を、この私に……たっぷりと見せておくれ。アァッハッハッハッハッハ!!」

狂気を孕んだ道化師の高笑いが、冷たい地下水道の奥深くへとこだましていった。

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