EP 5
カランコロン、と小気味良いベルの音を鳴らし、俺たちは帝都の大衆向けファミレス『ルナミスキング(通称・ルナキン)』の扉をくぐった。
ここは、かつて父さん(リュウ)が考案した『安くて早くて美味い』という現代日本の飲食システムを導入した店だ。
店内は冒険者や学生、家族連れで大賑わい。明るい魔法照明の下で、ジュージューと肉の焼ける音と、楽しそうな話し声が響いている。
「おおおっ……! なんだここは!? 飯の匂いが四方八方から襲ってきやがる!」
イグニスが目を輝かせて尻尾をブンブン振っている。さっきまでの落ち込みはどこへやら。
「とりあえず空いてる席に座ろう。僕の全財産じゃ、一番安いハンバーグセット二つとドリンクバーが限界だからね」
「十分だぜアレン! お前、マジで一生恩に着るからな!」
俺たちが案内された席のすぐ隣のボックス席では、ひときわ目を引く二人の女の子が向かい合って座っていた。
一人は、フワフワの兎の耳と尻尾を生やした、小柄で活発そうな美少女。制服のような革鎧を着崩し、テーブルの上には特大の『苺パフェ』と、お手製らしい人参柄のハンカチが置かれている。
もう一人は、息を呑むほど美しい金髪のエルフの女性。ゆったりとしたローブを纏い、ドリンクバーのグラスにメロンソーダとコーラとオレンジジュースを混ぜ合わせた、毒々しい色の液体を作ってニコニコと笑っていた。
「ねえルナ、あんたまた変なジュース作ってんの? お腹壊しても知らないわよ」
「ふふっ、キャルルも飲む? なんだか森の沼みたいな色で綺麗よ〜」
「いらないわよ! あと、今日こそあんたのおごりだからね。先週の宿代、私が立て替えてるんだから」
「ええ、もちろんよ。世界樹様からのお小遣いはいっぱいあるもの」
女子会のような平和な会話。
だが、その『平和』は、エルフの女性が伝票を持ってレジに向かった瞬間に、木っ端微塵に打ち砕かれた。
「お会計、お願いします。これで足りるかしら?」
ルナがレジの店員に差し出したのは、ルナミス帝国の正規の硬貨(ルナミス円)ではなかった。
彼女は、その辺で拾ったような『ただの石ころ』を手のひらに乗せると、ふわりと自然魔法を込めたのだ。
ピカァッ!
一瞬にして、石ころが本物と見紛うほどの『純金の塊(金貨)』へと変貌した。
「は、はいぃぃっ!? き、金貨!? お客様、お釣りが出ません!」
「いいのよ、お釣りは取っておいて。これで美味しいものを食べてね」
ルナが天使のような微笑みを浮かべた、まさにその瞬間だった。
「待てやコラァァァァァッ!!!」
パフェを食べていたはずの兎耳の少女が、目にも止まらぬマッハの速度でボックス席から飛び出した。
彼女は両手に握った『ダブルトンファー』をクロスさせ、ルナの後頭部に向かって容赦のない飛び蹴り(ドロップキック)を放ったのだ。
「ふきゅっ!?」
ルナはカエルのような潰れた声を上げ、レジ前の床にべちゃっと倒れ伏した。
手から転がり落ちた『偽の金貨』は、数秒後には元の『ただの石ころ』に戻っていた。
「あーっ、すみません店員さん! このポンコツエルフ、天然で『3日後に石に戻る偽金』を使う癖があるんです! お会計はこっちの魔導通信石で払いますから!」
キャルルは気絶したルナの襟首を掴んでズルズルと引きずりながら、慣れた手つきでスマホ決済を済ませた。
店員も「あ、キャルルさん。いつもすみませんねー」と、完全に日常風景として受け入れている。
「……なぁ、アレン」
席でハンバーグを待っていたイグニスが、口をぽかんと開けて俺の袖を引いた。
「あの兎の嬢ちゃん……今、とんでもねぇ闘気を足に纏ってなかったか? 俺様でも反応できねぇくらいの速さだったぞ」
「うん。それに、あのエルフのお姉さんの魔法も……石を金に変えるなんて、錬金術の最上位クラスだよ」
俺は驚きを隠せなかった。
見た目はただの可愛い女の子たちなのに、底知れない実力を持っている。
「痛たぁ……キャルル、もうちょっと優しくしてほしかったわ……おでこ、ぶつけちゃった」
ルナが涙目で額を押さえながら立ち上がった。その綺麗なおでこには、大きなたんこぶができている。
キャルルが「自業自得よ!」と説教している横で、俺はふと、ポケットの中の『ある物』の存在を思い出した。
(そういえば……さっき【ランダムボックス】から出たガラクタの中に、使えそうなのがあったな)
俺は席を立ち、言い争っている二人の元へと歩み寄った。
「あの、お姉さん。おでこ、痛そうだね。よかったらこれ、使ってみて」
俺がルナに差し出したのは、教会で出た『アヒル』の後に、ギルドへ向かう道中でこっそりスキルを使って出した地球のアイテムだった。
四角い袋に入った、ひんやりとした匂いのする白い布――『冷却ジェルシート(冷えピタ)』だ。
「あら? なあにこれ? 冷たくて気持ちいい匂いがするわ」
「おでこに貼ると、熱を冷まして痛みを和らげてくれるんだ」
俺がルナのおでこにペタッと冷えピタを貼ってあげると、ルナは「わぁっ!」と目を輝かせた。
「すっごく冷たくて気持ちいい! あなた、回復魔法使いなの? ありがとう、ええと……」
「僕はアレン。アレン・鍵田だよ」
俺が名乗ると、横で腕を組んでいたキャルルが、ピクッと兎の耳を反応させた。
「……鍵田? ちょっと待って。あんた、まさか……あの英雄リュウと、聖女セーラ様の息子!?」
「えっ、知ってるの!?」
「当たり前じゃない! 私たち、セーラ様のクリニック(医院)の常連だもの!」
キャルルが驚きの声を上げ、ルナも「まぁ! あのセーラ先生の!」と冷えピタを貼ったままパチパチと拍手をした。
英雄の息子という身分を隠すつもりはなかったが、まさかこんなところで母さんの繋がりが出てくるとは。
「へぇ……英雄の息子か。じゃあ、あんたも相当強いのね。パーティーは組んでるの?」
キャルルが、値踏みするような目で俺と、後ろでハンバーグを頬張っているイグニスを交互に見つめた。
「う、うん。とりあえず、あの竜人と組んでるんだけど……その、彼、戦闘力は高いんだけど、事務手続きが全然できなくて。報酬がゼロになっちゃったんだよね」
俺が苦笑いしながら説明すると、キャルルは「あー……」と、心底同情するような顔になった。
「わかるわ。こっちも、戦闘力(魔法)は凄まじいんだけど、天然で経済を崩壊させる『歩く自然災害』のせいで、ギルドの依頼もまともにこなせないのよ」
キャルルは、ニコニコしながら冷えピタを触っているルナを指差した。
「ねえ、アレン君」
キャルルは、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺に顔を近づけた。
「あんた、ギルドの事務手続きと、このポンコツの『お守り』ができるなら……私たちと、パーティー組まない?」
「えっ」
「こっちは戦闘力には自信があるわ。それに、あんたのその変な魔法の道具(冷えピタ)、なんだか面白そうだしね。どう? 悪くない話でしょ?」
キャルルからの、まさかの逆ナンパ……もとい、パーティーの勧誘。
俺は、背後でハンバーグを喉に詰まらせているイグニスと、おでこに冷えピタを貼ったまま「よろしくね、アレン君!」と笑うルナを見比べた。
そして、目の前で自信満々にトンファーを弄るキャルルを見る。
(……最強の脳筋竜人に、歩く自然災害の天然エルフ、そして武闘派の兎っ娘)
間違いなく、帝都で一番ハチャメチャで、一番『問題児』だらけのパーティーになる。
でも、だからこそ。
「……うん! 僕が事務手続きと、みんなの『お守り』をするよ。これからよろしく、キャルルさん、ルナさん!」
「さん付けは禁止! キャルルでいいわよ、リーダー!」
「私もルナでいいわ。ふふっ、なんだか面白くなってきたわね!」
こうして、ファミレス『ルナミスキング』の片隅で。
13歳の俺と、3人の規格外の問題児たちによる、帝都最強のドタバタパーティーが、正式に結成されたのだった。




