EP 8
深い、泥のような闇の中に沈んでいた意識を、温かく柔らかな光が引き上げていく。
「……リュウっ……お願い、目を覚まして……っ!」
頬に落ちる、生温かい雫。そして、聖なる魔力の奔流。
「う、うぅ……」
俺が重い瞼をこじ開けると、そこにはボロボロになったドレス姿で、涙を流しながら俺の胸に必死に『ヒール』をかけ続けるセーラの顔があった。
「よかった……っ! リュウ、生きて……!」
俺は痛む体を無理やり起こし、セーラを抱き寄せた。だが、安心したのも束の間だった。
吹き飛ばされた魔神城の瓦礫の山から眼下を見下ろした俺は、絶句した。
「なんだよ……これ……」
それは、文字通りの『地獄』だった。
俺たちを魔神城の最上階へ送り届けるため、囮となって血路を開いてくれた数万のルナミス帝国騎士団。つい数ヶ月前まで、俺が王宮の訓練場で剣の振り方を教え、共に汗を流した教え子たち。
彼らが今、上空を覆い尽くす『暗黒竜』の吐き出す漆黒の炎によって、為す術もなく次々と焼き尽くされ、蹂躙されていたのだ。
「ぎゃあああああっ!」
「退け! 退けぇぇぇっ! バケモノだぁっ!」
誇り高き騎士たちの悲鳴が、夜風に乗って絶望の歌のように響き渡る。
その一方で、地上を埋め尽くす魔族の軍勢は、狂喜乱舞して血塗られた武器を天へと突き上げていた。
「暗黒竜様だ!! 暗黒竜様、万歳!!」
「人間どもを皆殺しにしろォォォッ!!」
天を覆うほどの巨体を誇る暗黒竜が、ゆっくりと首を巡らせ、瓦礫の上で立ち尽くす俺とセーラを見下ろした。
銀河のような深淵の瞳と目が合う。たったそれだけで、重力が何倍にも跳ね上がったかのように膝が震えた。
『――目覚めたか、勇者よ』
直接脳内に響く、大気を震わせるような重低音。
『脆弱な光の虫どもが。足掻きは終わった。我の勝ちだ、フハハハハハハッ!!』
暗黒竜の嘲笑が、戦場全体を絶望の底へと叩き落とす。
(賢者君……どうすればいい。あいつの弱点は……打開策は……!)
俺は震える手でスマートフォンを握りしめ、藁にもすがる思いで相棒のAIに問いかけた。
しかし、返ってきたのは、俺の心を完全にへし折る無機質な宣告だった。
『ピピッ。……戦闘シミュレーション完了。勝率ハ……【0.0001%】。マスターノ生存確率ヲ優先シマス。直チニ、現在地カラノ【撤退】ヲ推奨シマス』
万能だったはずの現代知識すら、神の如き暴力の前には無力だった。
逃げる? どこへ?
騎士たちが全滅し、帝都が火の海になり、あの孤児院の子供たちやドンパさんたちも皆殺しにされる世界で、俺とセーラだけが生き延びて、何の意味があるというのか。
「……くそっ……」
俺は、刃の欠け、魔力回路も焼き切れた『魔導銃口剣』の柄を握りしめた。
魔力も底を突き、体はボロボロだ。セーラのヒールも、もはや致命傷を一時的に塞ぐのが精一杯。
絶対的な絶望が、俺たち夫婦の愛する日常を、今まさに完全に粉砕しようとしていた。




