EP 7
禍々しい紫の瘴気が渦巻く魔神城内を、俺とセーラは嵐のように駆け抜けた。
襲い来る上位魔族の群れを、魔改造を終えた『魔導銃口剣』の一撃(原価12円)で次々とチリに変え、セーラの『聖光壁』が放たれる暗黒魔法を完璧にシャットアウトする。
「リュウ、上です! 最上階の間!」
セーラの叫びと共に、俺は最後の大扉を『竜殺しの大斧』でブチ抜いた。
そこは、天井のない、月光だけが差し込む玉座の間だった。
玉座に座っていたのは、想像していたような化け物ではない。黒い甲冑に身を包んだ、線の細い、だが底知れない闇を纏った男だった。
「――来たか。我を楽しませてくれる『玩具』どもが」
魔神王がニヤリと笑った瞬間、玉座の間の空気が一瞬で凍りついた。
圧倒的な、死のプレッシャー。S級ドラゴンすら霞むほどの、格の違い。
(賢者君、敵の解析を……!)
『ピピッ。計測不能。……マスター、コノ存在ハ、魔力ノ塊ソノモノデス。物理攻撃ハ90%カットサレマス。唯一ノ弱点ハ、脳内ニ転送シタ【聖属性魔力ト物理ノ完全同時攻撃】ノミデス』
「なるほど、つまり俺とセーラの連携じゃなきゃ、カスリ傷も負わせられないってことだな!」
俺は銃口剣を【剣モード】で構え、セーラは白銀の杖を両手で握りしめた。
「いくぞ、魔神王! 俺たちのチーズインハンバーグの邪魔をしたこと、後悔させてやる!」
俺の突進と共に、最後の戦いが始まった。
魔神王の放つ漆黒の魔槍を、俺は【武器使い】のスキルで紙一重で回避し、銃口剣の刃を叩きつける。だが、賢者君の解析通り、刃は魔力の衣に弾かれ、手応えがない。
「無駄だ。我が闇は、平民の鉄クズなど――」
「リュウの剣は、鉄クズなんかじゃありません!! 『ホーリー・ブレス』!!」
セーラが杖を振り下ろすと、俺の銃口剣の刃が眩い黄金の光に包まれた。聖女の加護による、一時的な聖属性付与。
「何っ!?」
光を纏った刃が、魔神王の闇の衣を切り裂き、甲冑に確かな傷を刻んだ。
「ギガァッ! 貴様らぁぁっ!!」
激昂した魔神王が、周囲の闇を集束させ、回避不能の広範囲即死魔法『ダークネス・エンド』を放とうとする。
(マスター、今デス! 魔法発動時、胸元ノ魔力回路ガ一瞬ダケ無防備ニナリマス!)
「セーラ、俺の背中(防御)は頼んだ!!」
俺は防御を完全に捨て、銃口剣のグリップを握り直した。
一千万円をかけて焼き付き対策を施した、冷却フィンが唸りを上げる。
「銃口剣、ファイナルモードォォォォォッ!!!」
キイイイイイイン……ッ!!
刃が数千度の超高熱を帯び、さらにセーラの聖光を纏って、黄金色に輝く熱線ブレードへと変貌した。
「死ねぇぇ、勇者ぁぁぁッ!!」
魔神王の即死魔法が放たれる、その0.1秒前。
俺は音を置き去りにする速度で踏み込み、黄金の熱線と化した銃口剣を、魔神王の胸元……賢者君が指し示した魔力回路の核心へと、柄の根元まで深々と突き刺した。
ドスゥゥゥゥゥンッ……!!!
「……が、はっ……!?」
魔神王の動きがピタリと止まった。
胸に突き刺さった銃口剣から、超高熱の聖属性魔力が体内へ一気に流れ込み、奴の魔力構造を内側から崩壊させていく。
「やった……! やりました、リュウさん!!」
後方で『聖光壁』を展開し、俺を守り切ったセーラが歓声を上げる。
俺は銃口剣を握り直したまま、苦悶に歪む魔神王の顔を見上げ、不敵に笑った。
「……これで、ハンバーグが食えるな。セーラ」
「はいっ……!」
勝利。人類の救済。そして、俺たちの愛する日常への回帰。
すべてが、この瞬間に完結したと、俺は確信した。
だが。
「……フフ、フハハハハ……ハハハハハハハハッ!!!」
胴体を貫かれたまま、魔神王が、狂ったように笑い始めた。
その口から溢れ出たのは、血ではない。ドス黒い、どろりとした闇の液体だった。
「勝ったつもりか? 愚かな人間どもめ。……これは、ただの『器』に過ぎん」
「何……!?」
俺が銃口剣を引き抜こうとした、その時。
魔神王の胴体の傷口から、爆発的な闇の波動が解き放たれた。
――ゴォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!
「きゃあああああああっ!!」
「セーラ……ッ!!」
俺はセーラを庇おうと飛びついたが、間に合わなかった。
これまで体感したどの魔獣よりも、どの魔法よりも、圧倒的で、暴力的で、絶対的な『闇』。
その衝撃波は魔神城の最上階を吹き飛ばし、俺とセーラを、木の葉のように荒野へと弾き飛ばした。
全身の骨が砕けるような衝撃と共に、俺は地面に叩きつけられた。
視界が真っ赤に染まり、急速に意識が遠のいていく。
「ひぐっ……リュウ、さん……」
すぐ近くで、セーラの弱々しい声が聞こえた。彼女もまた、衝撃に耐えきれず、倒れ伏している。
動かない体を必死に動かし、顔を上げると……そこには、この世の終わりのような光景が広がっていた。
砕け散った魔神王の肉体があった場所。
そこから溢れ出した闇が、夜空を覆い尽くし、巨大な、あまりにも巨大な……『何か』へと変幻していく。
それは、おとぎ話の魔神王などではない。
全身を漆黒の鱗で覆い、眼球には銀河のような闇を宿し、ただそこに存在するだけで世界を滅ぼす、伝説の絶望。
――『暗黒竜』。
その真の本性が、今、月光の下に姿を現した。
暗黒竜が、静かに俺たちを見下ろした。
咆哮すら必要ない。ただ視線を向けられただけで、俺の魂が凍りつき、心臓が動きを止めようとする。
(賢者君……勝率は……?)
『ピピッ。……計測不能。……マスター、コノ存在ハ……神デス』
賢者君の冷静な声が、絶望の宣告のように響いた。
暗黒竜が、ゆっくりと口を開く。
そこには、世界を無に帰す、漆黒の滅びの光が集束していた。
(ああ……ダメだ。動け、ない……)
セーラの手の感触が、遠ざかっていく。
俺の意識は、圧倒的な闇の底へと、静かに沈んでいった。




