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第三章 ドラゴン退治

極上の『丸ごと玉ねぎカレー』で孤児院の子供たちとセーラさんの胃袋を限界まで満たした、翌日の朝。

俺たちは日課となった冒険者ギルドへの顔出しのため、帝都の大通りを歩いていた。

「ふふっ。リュウさん、なんだか街の人たちがみんな急ぎ足ですね。昨日のカレーの匂いがまだ残ってるんでしょうか?」

隣を歩くセーラさんが、ご機嫌な様子で銀髪を揺らす。

「かもな。でも、今日は少し様子がおかしいぞ」

俺は眉をひそめた。通りを行き交う人々の顔には、明らかな『焦燥』と『恐怖』が浮かんでいた。荷馬車に家財道具を詰め込んで、我先にと門の方へ向かっている者もいる。

嫌な予感がして、俺たちは冒険者ギルドへと足を速めた。

重厚な扉を押し開けた瞬間、鼓膜を劈くような怒号と悲鳴が飛び込んできた。

「ふざけんな! 俺は降りるぞ! 命がいくつあっても足りねぇ!」

「早く家族を連れて西へ逃げろ! 帝都はもう終わりだ!」

いつもは自信に満ち溢れているはずの高ランク冒険者たちが、顔を真っ青にさせ、ギルドから逃げ出そうと押し合いへし合いしている。

受付嬢のミリアさんも、書類を床にぶちまけたまま呆然と立ち尽くしていた。

「おいおい、ポポロ村のオークの時より酷いパニックじゃないか。何があったんだ?」

俺が近くにいた顔見知りの冒険者の腕を掴んで尋ねると、男はガチガチと歯を鳴らしながら叫んだ。

「りゅ、リュウか!? お前らも早く逃げろ! 出たんだよ……東の霊峰から、おとぎ話のバケモノが目を覚ましやがったんだ!」

「バケモノ?」

「――『獄炎竜ヘルファイア・ドラゴン』だ!!」

ギルドの奥から、腹の底に響くような野太い声が轟いた。

現れたのは、顔に大きな傷跡を持つ筋骨隆々の大男――この帝都ギルドを束ねるギルドマスターだった。

彼は血走った目で、掲示板の一番上に『漆黒の羊皮紙』を叩きつけた。それは、国家存亡の危機にのみ貼り出される、最高危険度のクエスト書だ。

「たった今、王宮の魔導士団から緊急通達があった! S級難易度・災害指定! 空を覆う巨体と、大地を溶かす炎の息を持つ『獄炎竜』が、一直線にこの帝都アルクスへ向かってきている! 到着まで、猶予は半日もない!」

ギルドマスターの言葉に、ギルド内が水を打ったように静まり返り……直後、さらに激しい絶望の叫び声が爆発した。

「S級災害だと!? ドラゴンなんて、軍隊が何万人束になっても勝てる相手じゃねぇ!」

「逃げるしかねぇ! ギルドマスター、あんたも早く逃げた方がいい!」

蜘蛛の子を散らすように、歴戦の冒険者たちが武器も持たずに背を向けて走り去っていく。

彼らを責めることはできない。相手は、この世界の生態系の頂点に君臨する絶対的な絶望だ。

「リュウ、さん……」

隣で、セーラさんがギュッと俺のパーカーの袖を掴んだ。

その手は微かに震えている。だが、彼女の瞳は逃げ惑う冒険者たちとは違い、しっかりと俺の横顔を見つめていた。

もしドラゴンが帝都に辿り着けば、真っ先に犠牲になるのは逃げ足の遅い老人や、あの孤児院の子供たちだ。

あの子たちに、もうひもじい思いも、怖い思いもさせないと決めたんだ。

「……受けようかと思うんだ、セーラさん」

俺が静かにそう告げると、セーラさんは小さく息を呑んだ。

「俺たちがこの依頼を受けないと、怖い思いをする人たちが出る。それに、せっかく立ち上げた孤児院カフェが燃やされちまったら、昨日のカレーの続きが食えなくなるからな」

強がりでもなんでもない。俺の偽らざる本音だ。

こんな平民の無謀な言葉に、セーラさんはフワリと、今日一番の美しい微笑みを浮かべた。

「……分かりました。受けましょう、リュウさん」

「怖いだろ。相手はドラゴンだぞ」

「怖いです。でも……リュウさんと一緒なら、絶対に大丈夫だって、私の心がそう言っていますから!」

一切の迷いがない、揺るぎない信頼の眼差し。

これだから、このヒロインの隣は誰にも譲れない。

「よし。それじゃあ、ちょっと『買い物』に行くか。あのトカゲの硬い鱗をぶっ叩き割るための、とびきり重たい鈍器オモチャを買いにな」

誰もいなくなったギルドを後にして、俺たち二人は一直線に帝都の武器屋通りへと向かった。

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