EP 7
帝都の中心街にある巨大な複合市場――俺が勝手に『異世界スーパー』と呼んでいる場所から、両手いっぱいの紙袋を抱えて孤児院の厨房へと帰還した。
ドンパさんとの契約で得た莫大な資金があるおかげで、値段を見ずに最高級の食材を買い込めるのは本当に気分がいい。
「あ、リュウさん! おかえりなさい!」
エプロン姿のセーラさんが小走りで駆け寄ってきて、俺がテーブルに置いた紙袋の中身を不思議そうに覗き込んだ。
「これは……? 見たこともない黄色いお粉や、香草の種……それに、涙が出る『辛味玉(異世界の玉ねぎ)』がこんなにたくさん」
「俺の大好きな『カレーライス』を作ろうと思ってね。ただのカレーライスじゃないぞ」
「カレー……らいす?」
首を傾げるセーラさんを横目に、俺はパーカーのポケットからスマートフォンを取り出した。
「賢者君。玉ねぎを丸ごと使ったカレーライスの作り方を教えてくれ」
『ピピッ。了解シマシタ。数種類ノ香辛料ヲ独自配合シタ特製スパイスカレーニ、トロトロニ煮込ンダ丸ゴト玉ネギヲ乗セル【丸ゴト玉ネギノ極上カレーライス】ノレシピト、最適ナ加熱時間ヲ、マスターノ脳内ニ転送シマス』
画面のフクロウがウインクした直後、俺の脳内に完璧なスパイスの黄金比と、玉ねぎの甘みを極限まで引き出す調理手順がダウンロードされた。
俺は袖を捲り上げ、研ぎ澄まされた包丁と、ずっしりと重い鋳鉄製の分厚い鍋を構える。
――ピカァッ!
【武器使い】のスキルが発動し、調理器具が「食材を攻略するための最高の武器」として俺の肉体に最適化される。
「よし、いくぞ。まずは玉ねぎの皮を剥いて、火が通りやすいように根元に十字の隠し包丁を入れる」
俺の包丁が目にも止まらぬ速さで分身し、あっという間に十数個の玉ねぎが綺麗な乳白色の球体となって鍋の中に並べられた。
そこに、市場で買ってきた新鮮な魔獣の肉(特級ホーンラビットの骨付き肉)を表面だけ香ばしく焼き上げて投入し、ひたひたの水と少量の『太陽芋』のすりおろしを加える。
「ここからが本番だ。賢者君、スパイスの調合比率を」
俺はすり鉢とすりこぎ(鈍器)を手に取り、クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモンなどの香辛料を、一切の迷いなく放り込んでいく。
ゴリゴリゴリッ! と、神がかった手捌きでスパイスを粉砕・ブレンドすると、厨房の空気が一変した。
「わぁ……っ! なんですかこの、鼻の奥を突き抜けるような、すっごく複雑で……でも、たまらなく食欲をそそる香りは……!」
セーラさんが両手で口元を覆いながら、うっとりとした目で鍋を見つめている。
刺激的なスパイスの香りが孤児院中に広がり、気付けば厨房の入り口には、よだれを垂らした子供たちがゾンビのように群がっていた。
「じっくり煮込むこと二時間……。よし、完成だ!」
鍋の蓋を開けると、もうもうと立ち上がる湯気と共に、暴力的なまでのカレーの香りが爆発した。
深い琥珀色に染まったスパイシーなルゥ。その中心には、形を保ったまま、飴色に透き通った『丸ごと玉ねぎ』がゴロゴロと鎮座している。
炊きたての白いご飯(帝都で売っていた麦入りライス)を皿に盛り、その横にたっぷりとルゥをかけ、最後に主役である丸ごと玉ねぎをドスンと乗せる。
「お待たせ。孤児院カフェの裏メニュー、『丸ごと玉ねぎの極上カレーライス』だ。玉ねぎはスプーンで崩しながら、ルゥとご飯に絡めて食べてくれ」
「い、いただきますっ!」
セーラさんが震える手でスプーンを持ち、お皿の中央に鎮座する丸ごと玉ねぎにそっと刃を入れた。
スッ……。
「えっ……!?」
セーラさんが驚きの声を上げる。力を入れるまでもなく、スプーンの重みだけで、まるで柔らかいバターのように玉ねぎがスルスルと解けていったのだ。
たっぷりとルゥを吸い込んだ玉ねぎと、スパイシーなカレー、そして白いご飯を一緒にすくい上げ、セーラさんは大きな口を開けてパクリと頬張った。
「~~~~~~~~ッ!!??」
次の瞬間、セーラさんのエメラルドグリーンの瞳が限界まで見開かれ、全身がビクッと跳ねた。
「あ、甘いっ……!? 最初は舌がヒリヒリするくらい刺激的なお味なのに、このトロトロのお野菜(玉ねぎ)が口の中で溶けた瞬間、信じられないくらい濃厚で優しい甘さが広がって……っ! スパイスの辛さと玉ねぎの甘さが、お口の中で完璧な魔法を生み出してますぅぅっ!」
「うめー!! なんだこれ、スプーンが止まんねぇ!!」
「お兄ちゃん、おかわり!!」
子供たちも顔をカレーだらけにしながら、狂ったように皿を舐め回している。
俺の故郷の国民食であり、スパイスの暴力。それに【武器使い】による完璧な火入れが加わったこのカレーは、間違いなく帝都の美食家たちの常識を再び破壊するだろう。
「はふっ、はふっ! んんっ、美味しい……っ! 辛いのに、止まりませんわ! 額から汗が……っ!」
清楚なシスターであるはずのセーラさんが、顔を真っ赤にして汗をかきながら、無心でカレーを胃袋に流し込んでいる。その姿は妙に色っぽく、俺は思わず見とれそうになるのを咳払いで誤魔化した。
「リュウさん……ふぅ、ごちそうさまでした。この『カレーライス』……これもお店のメニューに出すんですか?」
お腹をぽんぽんにして大満足のセーラさんが、食後の特製コーラを飲みながら聞いてきた。
「ああ。シャンプーやハンバーガーは貴族の奥様方に大ウケしたけど、こっちは冒険者や騎士団の胃袋をターゲットにする。この中毒性なら、一度食べたら三日後には禁断症状が出るはずだ」
俺が悪巧みをするようにニヤリと笑うと、セーラさんもふふっと楽しそうに笑い返した。
手元には莫大な資金と、魔改造を終えた最強の『銃口剣』。
そして、帝都の全階層の胃袋と心を支配する準備は、この極上カレーによって完全に整った。




