EP 2
「……なんだこれ? 光って……る?」
足元に転がっていた、野球ボールほどの大きさの石ころ。
俺は吸い寄せられるように、その石を拾い上げた。
手にした瞬間――ビリッ! と、微かな電流のようなものが指先から脳へと駆け抜けた。
「うおっ!?」
驚いて落としそうになったが、石はまるで最初から俺の体の一部であったかのように、手のひらにピタリと馴染んでいた。
不思議な感覚だ。指の掛け方、手首の角度、腕の振り方。
『この石を最も効率よく、最も破壊力を持たせて放つ方法』が、本能レベルで理解できる。
「これが、【武器使い】のスキル……?」
あのジャージ女神が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
と、その時だった。
ガサガサッ!
背後の茂みが揺れ、飛び出してきた影があった。
体長は中型犬ほど。しかし、その頭部には鋭く尖った一本の角が生えている。
ウサギ……いや、ファンタジーRPGの定番モンスター、『ホーンラビット』だ!
「ギチチチッ!」
ホーンラビットは血走った赤い目で俺を睨むと、太い後ろ脚で地面を蹴り、真っ直ぐに角を突き立てて突進してきた!
速い! 避けられない!
「くそっ!」
俺は咄嗟に、右手に握っていた『石ころ』を構えた。
その瞬間、俺の体は一切の迷いなく、まるで長年投げ込んできたプロ野球のエースピッチャーのように完璧なワインドアップの姿勢をとっていた。
踏み込む左足。しなる右腕。
指先から放たれた石は、空気を切り裂く音を立てた。
パァァァンッ!!
弾丸のような破裂音。
時速150kmは優に超えているであろう剛速球は、寸分の狂いもなく空中のホーンラビットの眉間に直撃した。
「ギ、ギャ……」
ドサリ。
ホーンラビットは白目を剥き、ピクピクと痙攣したのち、完全に動かなくなった。
一撃必殺。
「……すげぇぇ!! 150kmは出てないか!? これが武器使いなんだ!」
俺は自分の右手を見つめて震えた。
ただの石ころが、凶悪な破壊兵器に化けた。
だが、視線を自分のバッグに結びつけてあるマルチツールのナイフキーホルダーに向けても、光ってはいない。
「なるほど……。今は光って見えるのは石ころだけ。最初は石ころからスタートってわけか……」
ゲームでいうところの熟練度システムのようなものだろう。
今はレベル1。だから『一番原始的な武器』しか扱えない。
妙に納得した俺は、足元に転がるホーンラビットの死骸を見下ろした。
「……腹、減ったな」
ワンオペの過酷なシフトのせいで、そういえばロクに飯を食っていなかった。
俺はバッグからマルチツールのナイフキーホルダーを取り出した。
刃渡りは数センチ。スキルは乗っていないからただの小さなナイフだが、俺には一人暮らしで鍛え上げた自炊スキルと、バイクいじりで培った手先の器用さがある。
「よし、解体すっか」
手際よく血抜きをし、毛皮を剥ぎ、食べられる部位を切り分けていく。
木の枝を集めて、ナイフについているファイヤースターター(着火石)の機能で火を起こした。
パチパチと爆ぜる焚き火の熱で、串刺しにしたウサギ肉の脂が滴り落ちる。
香ばしい匂いが森に漂った。
「いただきます」
こんがりと焼き上がった肉に噛み付く。
調味料はない。だが、完璧な血抜きと絶妙な火加減で焼かれた野性の肉は、噛み締めるほどに強烈な旨味が口の中に溢れ出した。
「……うめ〜!! なんだこれ、鶏肉よりジューシーじゃねえか!」
過労死寸前のブラック労働から一転、大自然の中での絶品サバイバル飯。
生き返るような美味さに、俺は夢中で肉に喰らいついた。
◆
それから、数日が経過した。
「ギェェ!」
パーン!
「よし、今日の晩飯もゲット」
俺はすっかり森の生活に順応していた。
日中は光る石ころを拾い集め、襲ってくるホーンラビットや、牙の生えたタヌキのような魔獣を投石で仕留める。
そして夜は焚き火で肉を焼いて食い、木の上で寝る。
だが――。
「このままじゃ、食って寝るだけの生活だ……」
肉は美味い。サバイバルも悪くない。
しかし、塩すらない生活にはそろそろ限界が来ているし、何よりここは危険な魔物がいつ出てくるかわからない森の中だ。
「都会に行こう。人がいる場所を探すんだ」
そう決意した俺は、出発の前に一つの作業に取り掛かった。
材料は、狩った魔物の丈夫な革と、蔓。
バイクのパーツを自作・加工する時のノウハウを活かし、ナイフで革を切り出し、蔓を編み込んでいく。
完成したのは、革の受け口に石を挟んで遠心力で放つ『投石機』だ。
「よし、こんなもんかな……ん?」
自作の投石機を握りしめた瞬間。
俺の手の中で、編み込んだばかりのスリングが、ぼんやりと光を放ったのだ。
「……マジか。自作武器でも認識されるのか。しかも、石ころより一段階上の武器として!」
俺はニヤリと笑った。
リュックを背負い、腰に自作の投石機を引っ掛ける。
目指すは人間の街。
俺の異世界生活が、本格的に動き出そうとしていた。




