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EP 1

「お客様、お弁当温め……ます、か……?」

電子レンジの終了を知らせるピーッという音が、やけに遠くに聞こえた。

目の前がぐにゃりと歪む。足の感覚がない。

コンビニのワンオペ夜勤。欠勤したバイト仲間の穴埋めを押し付けられ続け、気づけば連続勤務時間は72時間を超えていた。

(あ、これ、死ぬやつだ……)

経済学部の課題も残ってるのに。

せっかく中古で買ったバイクのキャブレター、まだイジり終わってないのに。

ていうか俺、23年間生きてきて、まだ一度も彼女できたことないんだけど……。

薄れゆく意識の中、床に倒れ伏す直前の記憶はそこで途切れた。

   ◆

「……っ!」

跳ね起きるようにして目を覚ました。

コンビニの冷たい床……ではない。

お尻の下には、なぜか懐かしい温もりを感じる畳。

そして目の前には、みかんの乗ったコタツがあった。

「あーもう! またすり抜けかよ! このクソガチャ、絶対確率操作してんだろ!」

コタツに下半身を突っ込み、エンジ色のジャージを着た女が、親の仇のようにスマートフォンを連打していた。

ボサボサの髪。だらしない姿勢。

しかし、その顔立ちは人間離れした、息を呑むほどの美貌だった。

「あの……ここは?」

おそるおそる声をかけると、ジャージの女はスマホから目を離さずにチラリとこちらを見た。

「あ? 過労死?」

「えっ」

「あんた、過労死したの。72時間労働? バカねぇ、人間ってホント脆いんだから。アタシは女神のルチアナ。で、ここはいわゆる死後の間ってやつ」

女神。

あまりにも威厳のない姿だが、確かに彼女の背中からは、うっすらと後光のような謎のオーラが漂っている。

俺、本当に過労死したのか。

あまりのブラック労働っぷりに自嘲の笑みすら漏れない。

「じゃあ、この箱からスキルを引いて」

ルチアナはコタツの横にあった、みかんの空箱(段ボール)を足でズサァッとこちらに押しやってきた。

「は? スキル?」

「そう。これからあんたには『アナステシア』って世界に行ってもらうから。そのための初期装備みたいなもんよ。ほら、早く引いて。アタシ、今レイドバトルの時間で忙しいの」

異世界転生。

ラノベや漫画で読んだことはある展開だが、手続きが異常なまでに雑だった。

俺は言われるがまま、段ボール箱の中に手を入れる。

ガサゴソと探り、一枚のカードのようなものを引き抜いた。

そこには【武器使い】と書かれていた。

「……武器使い?」

「武器使いね。武器が使えるから。じゃ! アタシはソシャゲで忙しいから、早くアナスタシアに行け」

ルチアナがスマホの画面をタップしながら、面倒くさそうにシッシッと手を振る。

次の瞬間、俺の足元の畳が光り輝き、底なしの穴のように開き始めた。

「ちょ、待っ……!」

「あ、向こうは物騒だから気をつけてねー」

「説明が雑だな! オイ!」

俺のツッコミは、眩い光と浮遊感の中に吸い込まれ、虚空へと消えていった。

   ◆

バサァッ!

「いでっ!?」

次に目を開けた時、俺はうっそうと生い茂る森の真ん中で、尻餅をついていた。

土の匂い。木々のざわめき。

どうやら本当に、異世界アナステシアとやらに飛ばされてしまったらしい。

「マジかよ……」

立ち上がり、パンパンと土を払う。

服装はコンビニでバイトをしていた時のまま。グレーのパーカーにジーパン、そして履き慣れたスニーカーだ。

肩からは、バイトに持っていっていた愛用のショルダーバッグがぶら下がっている。

俺は慌ててバッグの中身を確認した。

「……よかった、中身はそのまま入ってる」

・圏外になったスマートフォン

・ソーラーバッテリー

・汗拭き用のタオル

・水筒

・アパートの鍵と、愛車のバイクの鍵

・マルチツールタイプのナイフキーホルダー

・そして、1万5千円が入った財布

(こんなの、ファンタジー世界で役に立つのか……?)

不安が胸をよぎる。

あのジャージ女神がよこした【武器使い】というスキル。

文字通りなら武器を使える能力なのだろうが、今の俺の手持ちで武器と呼べるものは、せいぜいキーホルダーサイズのマルチツールナイフくらいしかない。

試しにそれを取り出して構えてみても、全く強くなった気もしないし、何かが起こる気配もない。

「……どうすりゃいいんだ、これ」

途方に暮れながら、ため息をついて足元に視線を落とした。

その時だった。

――ピカァッ。

「……ん?」

足元に転がっていた、手頃なサイズの『石ころ』が。

なぜか、うっすらと光り輝いて見えたのだ。

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