EP 3
孤児院を飲食店に改装する計画が動き出して数日。
俺たちはさっそく、森で手に入れた木材と大工道具を使い、食堂のテーブルや椅子をカフェ風に作り変えていた。
「ふぅ、こんなもんか」
俺がノコギリとハンマーを振るい、ミリ単位の狂いもない完璧なカウンター席を組み上げると、横で床磨きをしていたセーラさんが感嘆の声を上げた。
言うまでもないが、大工道具も対象を攻略するための『武器』である。俺の【武器使い】スキルと、スマホAI『賢者君』の完璧な設計図が合わされば、一流の大工すら裸足で逃げ出す仕事が可能だった。
「凄いです、リュウさん! 大工のドワーフさんも顔負けの腕前ですね! でも……本当に大丈夫でしょうか。昨日、街で嫌な噂を聞いたんです」
セーラさんはモップを止め、不安げにエメラルドグリーンの瞳を伏せた。
「あのボボッツ男爵が、騎士団に『平民の冒険者に15万円の銃口剣を盗まれた』って嘘の被害届を出したらしいんです。ギルドの掲示板にも、私の名前まで……」
「あぁ、それなら俺もドンパさん経由で聞いたよ。だからこそ、街のど真ん中じゃなく、この教会の敷地内(孤児院)で店をやるんだ」
教会の敷地は治外法権に近い。いくら男爵でも、確たる証拠なしに騎士団を連れて強引に踏み込むことは難しい。
だが、セーラさんの表情はまだ晴れなかった。彼女はため息をつきながら、自分の美しい銀髪の毛先を指でいじっている。
「それに……その、教会の予算が切られてしまって、支給される石鹸が一番安くて粗悪なものになっちゃったんです。洗うたびに髪がギシギシして、なんだか気持ちも沈んじゃって……」
女の子にとって髪は命だ。シスターとはいえ、年頃の彼女が落ち込むのも無理はない。
俺はふと、ポケットのスマートフォンを取り出した。
(賢者君。あの陽薬草と魔獣の油、それに香りのいい花を使って、現代レベルの『シャンプーとトリートメント』って作れるか?)
『ピピッ。可能デス。陽薬草ノ細胞修復成分ハ、髪ノキューティクル補修ニ最適デス。抽出ト乳化ノ手順ヲ転送シマス。タダシ、ミクロレベルノ撹拌技術ガ必要ニナリマス』
(撹拌技術? 上等だ。俺の【武器使い】を舐めるなよ)
俺は「ちょっと待ってて」とセーラさんに言い残し、厨房へ向かった。
鍋と泡立て器(当然これも武器判定だ)を手に持つ。
ピカァッ!と光る泡立て器を高速回転させ、抽出した陽薬草のオイルと獣脂を、限界まで微細化して乳化させていく。
数分後。
とろりとした真珠のような輝きを放つ、最高級サロン顔負けのフローラルな香りの液体が完成した。
「セーラさん! ちょっとこれ、水浴び場で使ってみてくれないか?」
「え? これは……凄くいい匂いがしますけど……」
不思議そうに小瓶を受け取ったセーラさんが、言われるがままに水浴び場へと向かう。
そして十数分後――。
「りゅ、リュウさぁぁんっ!! なんですかこれぇぇっ!?」
バァン!と勢いよく扉が開いた。
そこに立っていたセーラさんを見て、俺は文字通り息を呑んだ。
濡れた髪をタオルで拭きながら現れた彼女の銀髪は、信じられないほどの艶を放っていた。乾くにつれて、光を反射する完璧な『天使の輪』が形成されていく。
動くたびにサラッサラと流れる髪。そして、ふわりと漂う極上の花の香り。
元々絶世の美女だった彼女の破壊力が、現代の美容チートによって限界突破してしまったのだ。
「か、髪が指に引っかかりませんっ! しっとりしてるのにサラサラで、自分の髪じゃないみたいですっ!」
感動のあまり涙ぐみながら、自分の髪を何度も梳くセーラさん。
俺は確信した。あのハンバーガーとコーラが『胃袋』を掴む武器だとしたら、これは帝都の女たちの『心』を完全に支配する大量破壊兵器になる、と。
◆
その圧倒的な広告効果は、翌日の朝、早くも現れた。
孤児院の前の通りを、セーラさんが箒で掃き掃除していた時のことだ。
通りを通りかかった、金と宝石で装飾された超高級な馬車が、キーーッ!と急ブレーキをかけて止まったのだ。
「お、お待ちあそばせっ!! そこのシスター!!」
馬車の扉を蹴破るような勢いで転び出てきたのは、シルクのドレスを着た貴婦人たちだった。
高位貴族の令嬢や、騎士団長の妻など、帝都でもトップクラスの権力を持つマダムたちだ。
「な、なんでしょうか……っ!?」
驚くセーラさんをよそに、貴婦人たちは目を血走らせて彼女の銀髪を取り囲んだ。
「あ、ありえませんわ! なんですのその輝きは!? 大気中の魔力ダメージも、乾燥のパサつきも一切ない、完璧な艶髪……っ!」
「ルナミス教会のシスターが、王宮の美容師ですら辿り着けない『美の極地』にいるなんて! わ、わたくしにその秘密を教えなさいっ!」
「10万……いえ、50万円出しますわ! その髪の秘密をわたくしに売りなさいっ!!」
凄まじい熱量で詰め寄るマダムたちに、セーラさんはオロオロと助けを求めるように俺を見た。
俺は新調したカフェの看板を片手に、ニヤリと笑って貴婦人たちの前に進み出た。
「奥様方。その髪の秘密……いや、『魔法の美容液』に興味がおありですか? もしよろしければ、当サロンで極上の『お茶と軽食』を楽しみながら、お話をしませんか?」
ボボッツ男爵のような中途半端な成り上がり貴族など、束になっても敵わない。
『真の権力者』たる貴族女性たちの財布と心を完全に掌握する、孤児院カフェの逆襲が今、幕を開けたのだ。




