待合室のオルゴール
夢の中で、彼女が教室の入り口で立ち尽くしているのが見えた。クラスの生徒たちの眼差しが彼女に注がれている。その全員が女の子だったから、ここはきっと女子高なのだろうと思った。ひそひそと囁く声、微かな笑い声も聞こえた。黒板にはチョークで大きく、彼女に対する酷い悪口が書き込まれていた。これは恐らく何かのいじめなのだ。
でも中学生の頃を思い返してみても、彼女がいじめに遭うなんて想像もつかなかった。もしかしたら何か偶発的なことがきっかけで、クラスで影響力のある誰かを怒らせてしまったのかも知れない。今は学校で誰もが加害者にも、被害者にもなり得るような時代だ。見ているだけの子たちの中にも、本当は他の生徒に向かって何かを言いたいように見える子もいた。しかし彼女は助け舟を待つことなくぱっと振り返ると、涙を拭きながら教室を後にした。
しばらくすると場面が変わって、彼女が母と一緒に待合室のような所で長椅子に座っているのが見えた。周りには他にも、何かの順番を待っている人たちがいた。彼らは一様に俯きがちで、部屋の中にはどことなく停滞したような、湿り気のある空気が漂っていた。長椅子の横には、オレンジ色の花が透明な花瓶に生けられていた。壁際の本棚には、古びた表紙の文庫本が並んでいた。サマセット・モームの「人間の絆」、村上春樹の「羊をめぐる冒険」、チャールズ・ディッケンズの「クリスマス・キャロル」。
その待合室が夢に映った瞬間、僕は強いデジャブを感じた。ここは間違いなく、僕が中学生の時に通っていた心療内科の待合室だ。夢だから本当は分からないはずなのだけれど、部屋の中にいつも漂っていた柑橘系の香りさえ、今でもすぐそばに感じるような気がした。
待合室には、どこかからオルゴールが流されていた。僕が通っていた頃と同じだ。心療内科や精神科のクリニックの待合室では、オルゴールのようなリラックスを促す音楽がかけられていることが多い。患者さんを安心させることで、心を開いた状態で診察やカウンセリングをする効果を狙っているのだろう。
その時に流れていたのは、Kiroroの「長い間」だった。その優しいメロディーは、ただ真っ直ぐに僕の心に流れ込んできた。それは中学生の時、回復不能に近い所まで傷付いていた僕の心の、一番深い場所にまで降りてきたのと同じ音色だった。オルゴールの音色って、なぜこんなにも優しくて、温かくて、そして聞いているだけで泣きそうになるのだろう。
やがて彼女の名前が呼ばれて、彼女は母と一緒に診察室の中へと入って行った。待合室の中には、別の曲のオルゴールが流れ始めた。僕は目を閉じて、その優しい音色の中に身をゆだねた。この音色が彼女の心も癒してくれたらいいのにと、密かに願いながら。




