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風の姿

翌日の午前中、いつまでも家に閉じこもっているのが嫌になった僕は少し家の周りを散歩してみることにした。いくらコロナの隔離期間とは言っても、誰にも会わなければ大した問題にはならないだろう。会社勤めの人たちが出かけて行った後の昼前の時間帯を狙って、周りの様子を伺いながら久しぶりに家を出た。


アパートから一歩踏み出した瞬間、夏の強い日差しが全身に照り付けた。クリニックへ抗原検査を受けに行ったとき以来の外の世界だ。僕はサンダルで、アスファルトを一歩一歩踏みしめるようにして近所を歩いた。向かいの家のベランダには洗濯物が干されていて、時折風に優しくなびいていた。僕の近所にある世界は、僕が隔離されている間も信じられないくらいに平和だった。アパートの前の小さな公園の横を通り過ぎるとき、道を挟んだ向かい側にいつも利用しているコンビニが見えた。


その時何故かは分からないけれど、無性にコンビニに行きたくなった。自動ドアを開けて冷房の効いた店内に入り、漫画雑誌の立ち読みをしたり、アイスコーナーを物色したり、ホットスナックを買ったり、そんな少し前まで当たり前だったことを満喫したかった。自分って実はコンビニ大好き人間だったのだろうかと僕は思った。よく考えてみたらそうかも知れない。小さい頃から僕はコンビニのホットスナックが大好きだった。唐揚げ、チキン、フランクフルトとか、学校帰りに腹が減るとついつい買ってしまうのだ。それにアイスも好きだ。今となっては懐かしい王将アイスとか、メロンの形のやつとか、ホームランバーとかは最近どこへ行ってしまったんだ?彼らは輝かしき平成の歴史と共にフェードアウトして行ったのだろうか。それともコンビニによってはまだ普通に置いてあるのだろうか。


気付けば僕の頭の中は、コンビニに対する煩悩でいっぱいだった。でも今はまだ、人に会って会話をする訳にはいかない。僕は自分の気持ちを無理やりしずめて、コンビニとは反対の方向に道を進んだ。途中で犬を連れた主婦とすれ違ったけれど、5m以上の距離を取って挨拶はしなかった。


少し進むと、住宅街の真ん中に田んぼ道が見えてきた。地方都市ならではなのかも知れないけれど、新しく開発されてきた地域にはまだしっかりと田んぼが残っていてこういうことが起こりえる。その田んぼはサッカーコートくらいの広さがあって、隅々まで見渡してみると中々の壮観だった。たまに手入れをしに来ているお爺さんの姿はなかった。僕は田んぼの角の所に立って、大きく伸びをしてみた。背中の方向から風が吹いてきて、稲穂がいっせいにサラサラという微かな音を立てた。


僕は田んぼの縁のアスファルトに腰かけて、緑から金色に色づき始めた稲穂を風が渡って行くのをしばらく眺めていた。田んぼはアスファルトより一段低い所にあったので、大人の自分でも田んぼに脚がつくことはなかった。風の姿って普段は目にすることが出来ないけれど、こうして稲穂を眺めると、僕らは確かに「風の姿」を目にしているんだとその時ふと気が付いた。その姿は一瞬にして見えなくなってしまうけれど、彼らは確かに稲穂の上を通り過ぎていた。今まで当たり前だと思って気にも留めていなかったけれど、風ってどこからやって来て、そして一体どこへ行くのだろう。僕は膝の上で頬杖をつきながら、実りの季節を迎えようとしている田んぼをずっと見つめていた。まるで当たりのこない釣り人が、穏やかな海の上の浮きを眺めているみたいに。

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