第九話 黒鐘の封印
「依頼を見せてくれないか」
「あ、はい! ただいま!」
慌てて書類を整理した受付嬢が、数枚の羊皮紙をカウンターに並べた。
俺はそこに並んだ依頼書一枚一枚へと目をとおしていく。
素材の採取、害獣の駆除、街道の警護――。
その中に少し毛色の違う一枚があった。
「……これはなんだ?」
俺が一枚の羊皮紙を指差すと、受付嬢がハッとしたように身を乗り出した。
「あ、そちらは黒鐘の坑道深層に設置されている、魔導撮影機の魔力石交換作業になります」
「魔力石の交換?」
コルネが不思議そうに首をかしげる。
「ええと。魔導撮影機は深層に異常があれば速やかに対応できるようにするための重要な設備なのです」
「討伐ではないんだな」
「はい。撮影機の魔力石を新しいものに入れ替えるだけの定期メンテナンスになります。討伐依頼ではないため危険度は低めですが……」
「これにしよう」
俺が依頼書を手にとると、受付嬢は少し迷うように俺たち三人を見つめた。
「あの……失礼ですが、本当に三人だけで受注されるのでしょうか?」
目の前にいるのは楽器を背負った三人の演奏家だけ。
「大丈夫だ。問題ない」
俺は迷わず答えた。
「おいおい、なんだ? もう依頼決めたのか」
奥から大柄な身体を揺らし、グスタフが歩み寄ってきた。
依頼書を覗き込み、立派な髭をさする。
「おお、黒鐘の坑道か」
「ギルマス、三人だけで深層へ向かわせるのは少し危険では……」
「なに言ってる。カノンなら安心して任せられそうだ」
グスタフは豪快に笑い、俺の肩をバシバシと叩いた。
「ありがとうございます」
「気をつけて行ってこいよ。深層は空気が重いからな」
「はい」
俺たちは依頼書を受け取り、ギルドを後にした。
◇
街を出て、黒鐘の坑道へと向かう山道を歩く。
「ねえ、アルコ。あっちの足音、聞こえる?」
「はい、コルネちゃん。反響の音が少し鈍いです。あそこの岩陰、空洞になってるかも……」
「なるほどね。魔力の通り道がズレてるわけだ」
歩きながら、アルコが耳を澄ませて地形の響きを拾い、コルネが空気中の魔力の流れを捉える。
俺は背後の二人の音を意識の隅に置きながら、周囲の振動に神経を研ぎ澄ます。
——ザッ。
俺は足を止めた。
「カノンさん……?」
「……誰かにつけられているな」
アルコとコルネが周囲を警戒する。
「さっきのチンピラかしら?」
コルネが苦々しく呟くが、俺は首を振った。
「いや。敵意は感じないな」
気配は遥か後方、樹々の隙間に潜んでいる。
追及はせず、俺は再び歩き出した。
◇
黒鐘の坑道の深層へと足を踏み入れると、肌を刺す空気が一変した。
ひんやりとした湿気の中に、古い金属と硫黄の混ざった匂いが漂っている。
進んだ先に広がっていたのは、巨大な空洞だった。
「なに……ここ……」
コルネが呆然と声を漏らす。
天井は見えないほど高く、闇に溶け込んでいる。
壁、床、天井の至る所を無数に走り抜ける、太い黒鉄の鎖。
大木ほどもある巨大な鎖が幾重にも交差し、空洞のさらに奥、底知れぬ闇の奥深くへと何本も伸びていた。
「鎖ばっかじゃない。……不気味ね」
一定間隔で配置された魔導松明が紫色の光を揺らしている。
まるで巨大な陣を描いているかのようだった。
「撮影機は……あそこか」
入口付近の頑丈な岩壁に、金属製の円筒状の魔導撮影機が固定されていた。
「よし、魔力石を交換しよう」
受付嬢から貰ったメモを開く。
「ええと……カバーを開けて……」
「カノン、そこじゃないわよ。こっちのダイヤルを回すんじゃないの?」
「あっ、カノンさん、あまり強く引っ張るとツメが折れちゃいます……!」
「……そうか?」
俺たちは演奏家だ。
魔導機器の専門的な構造までは詳しくない。
あーでもない、こーでもないと三人で頭を寄せ合い、メモと機械を見比べる。
三人の肩が触れそうなほど、距離が近くなっていた。
「この蓋、どうやって開くのよ……」
「……たぶん、ここをスライドさせる」
「絶対適当でしょ!」
そんな押し問答を続けていた、その時だった。
「……あ……あ……」
暗がりから、か細い声が響いた。
三人が同時に振り返る。
そこに立っていたのは外套を羽織った少女だった。
少女は俺たちの手元にある魔導撮影機を見つめると、すり足で近づいてきた。
三人の間をすり抜け、迷いのない手つきで撮影機の側面に触れる。
カチッ。
俺たちが苦戦していたカバーが、呆気なく開いた。
少女は手際よく古い魔力石を取り出すと、新しい魔力石を正しく装着する。
カチッ。
「……詳しいんだな」
俺が問いかけると、少女は声を出さず、小さく一度だけ頷いた。
直後、魔導撮影機のレンズが蒼い光を帯びて起動する。
『《黒鐘の坑道・深層監視中継》——中継を再開します』
「助かったよ。ありがとう」
俺が礼を言うと、少女は再び小さく首を縦に振った。
その直後だった。
ギ……ギギ……。
洞窟の奥から、金属が軋む不気味な音が響く。
見上げれば、空間を埋め尽くしていた巨大な鎖が一斉にピンと張り詰め、激しく震えていた。
ギチ……ギチチチ……!
「……カ、カノンさん」
アルコが俺の服の袖を掴む。
俺は少女を背後に庇い、視線を洞窟の奥へと向けた。
バギィンッ!
けたたましい破砕音とともに、大木のような鎖が一本、引き千切れた。
バギィンッ!
バギィンッ!
次々と弾け飛ぶ鎖。
金属音が空洞に乱反射し、激しい振動が足元を揺らす。
闇の奥から、巨躯が這い出てきた。
まず見えたのは黒く太い巨大な脚。
神殿の柱ほどもあるそれが岩盤を叩き割る。
続いて現れたのは黒い岩石と不気味な金属が癒着したような外殻に覆われた、巨大な胴体。四つ足で地を這い、その全長は二十五メートルを優に超えている。
胸部には亀裂の入った巨大な魔力石が埋め込まれていた。
そして、背中には巨大な鐘のような器官がいくつも生え揃い、頭部の中央には、爛々と赤く光る巨大な単眼がひとつ。
起動した魔導撮影機のレンズがその巨体を捉え、赤い警告表示を空間に投射する。
『《警告》監視対象——コン・ブリオ。封印状態——異常。警戒レベル——最大』
俺は背負い紐に手をかけ、魔導鍵盤を背中から下ろした。
ジャリ……と音を立て、円環状の鍵盤が空中に展開する。蒼白色の光が暗闇の中で軌跡を描いた。
「二人とも」
俺の呼びかけに、アルコが息を呑み、小さく頷いた。コルネは引きつりそうになる口元を固く結び、管楽器を強く握り直す。
「……言われなくても! 準備はできてるわ!」
「はい……! カノンさん、いつでもいけます!」
ふたりの声に、迷いはない。
俺は空中に浮かぶ鍵盤の上にそっと指を添えた。
「始めよう俺たちの演奏を」




