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第十話 不意の配信

「始めよう俺たちの演奏を」


 コン・ブリオが巨大な頭部をのけぞらせた。


 グァァアアアンッ!!


 高密度の魔力を伴った、鼓膜を破壊せんばかりの音圧。

 空洞全体が震動し、岩盤が爆ぜる。衝撃波が押し寄せ、アルコとコルネの身体が浮きかけた。


「防壁を出す! 援護してくれ!」


 コルネが管楽器から一気に魔力を解き放つ。その魔力を俺の魔導鍵盤が捉え、構造へと組み上げる。


防壁(ソステヌート)!」


 蒼白色の音波の盾が展開した。

 直後、コン・ブリオの音圧とぶつかり合い、爆風が荒れ狂う。


 パリ……ッ!

 みしみしと音を立て、蒼い防壁に亀裂が走る。


「カノンさん!」

「嘘、押し切られる……!?」


 アルコとコルネに焦りの色が走る。

 だが、俺は冷静にその破砕音を聴いていた。


「……なるほど」


 破砕の瞬間の振動、周波数、残響。そのすべてを脳裏に刻み込む。

 そして、砕け散る防壁の旋律を追うように、俺は鍵盤を滑らせた。


 輪唱(カノン)


 音波の防壁が弾け飛ぶと同時に、まったく同じ旋律が時間差を置いて再び戦場に鳴り響く。


 ガァンッ!


「え……!?」


 コルネが目を見開く。

 破壊された防壁がもう一度展開されたのだ。

 コン・ブリオの爪が弾かれ、不気味な単眼が大きく揺れる。


 消えた音を、もう一度繋ぐ


 過去の旋律を聴き、理解し、今この瞬間にもう一度重ねる。

 生きている音だからこそできる演奏だ。


「アルコ」


 俺は防壁を維持しながら、アルコへ視線を送った。


「好きに弾いていい。俺が合わせる」

「えっ……!?」

「君の感じたままに奏でてくれ」


 アルコは力強く頷いた。

 目を閉じ、弓を滑らせる。

 アルコ自身の感性と直感が紡ぎ出す、研ぎ澄まされた旋律。


 キーーーンッ!


 一筋の鋭利な音波の刃が走り、コン・ブリオの脚を浅く切り裂いた。


 俺はそこへ音を重ねる。

 アルコが奏でた旋律を聴き取り、その構造を追いかける。


 キーーーンッ!


「グガッ!?」


 最初の斬撃の直後、まったく同じ軌跡を描いて第二の音波刃が放たれ、コン・ブリオの傷口を深く抉る。


「すごい……! 私も負けてられないわね!」


 コルネが叫び、魔力を管楽器へ注ぎ込む。

 低音が空洞を揺らし、俺とアルコへ大量の魔力が流れ込んでくる。


「帰ったら……三人前じゃ済まないんだからね……!」


 額に汗を浮かべながらも強気に言い放つコルネ。

 管が魔力を注ぎ、弦が刃を放ち、鍵盤が追う。


 戦場に、幾重もの音が重なり合っていく。


 ——ズドォンッ!!


 重なる音波の怒涛がついにコン・ブリオの巨躯を押し弾き、黒い外殻に大きな亀裂を生じさせた。

 巨体が初めて、大きくよろめく。


 ◇


 その光景は蒼く光る魔導撮影機のレンズを通じて世界中へ配信されていた。


 《黒鐘の坑道・深層監視中継》


 普段は誰も気にも留めない、無人の深層を映すだけの画面。

 そこに突如として現れた異変に、中継を覗いていた者たちがざわつき始める。


『おい、監視中継が復旧してるぞ』

『なんだこれ……コン・ブリオ?』

『待て、戦ってる奴らがいるぞ!?』

『たったの三人……? しかも全員、演奏家じゃないか!?』


 冒険者ギルド本部では緊急警報が鳴り響いていた。


「黒鐘の坑道の封印が揺らいでいる! 周辺区域を即座に封鎖しろ!」

「救援部隊の派遣を急げ! 現場の者は接敵を避け、退避経路を確保させろ!」


 ギルド上層部が青ざめた顔で指示を飛ばす。


 その混乱の中、グスタフだけがモニターの前に立ち、腕を組んで画面を見つめていた。


「カノン……」


 ◇


 ゴォォォォォォオン…………。


 地底の底から、底知れぬ音が響き渡った。


 コン・ブリオの背中に並ぶ、巨大な鐘状の器官が一斉に開く。

 これまでの攻撃とは明らかに違っていた。

 洞窟の空気そのものが重く震えている。


「くっ……!」


 圧倒的な音圧に三人の演奏がかき消され、展開していた防壁が粉々に霧散する。


 だが、崩されながらも、アルコは弓を離さず、コルネも管楽器を抱え直して立ち塞がる。


 鼓膜を叩く衝撃。

 その裏で鳴る不気味な基底音。

 周波数の狂い。

 重なる歪み。


(……そういう音か)


 その咆哮をひとつの楽譜として解体していく。


 不協和音の位置は捉えた。

 旋律の組み替え方も見えている。


 だが、足りない。

 今の音量ではこの巨大な重奏を抑え込めない。


 横目で二人を見る。

 肩で激しく息を吐きながらも、指先は楽器から離れていない。

 二人の瞳が俺の指揮を待っている。


「……まだ、いけるか?」

「はい……!」

「当然でしょ!誰に言ってるのよ!」


 二人の強い返しに、俺の指先が熱を帯びる。


「……もっと音が必要だな」


 コン・ブリオが再びその巨大な鐘を開き、爪を振り上げた。

 アルコが弓を構え、

 コルネが管楽器を突き出し、

 俺の指が鍵盤へと滑り出す。


 三人の旋律が再び重なる。

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