第七話 食費くらい、自分の音で稼がなきゃ
「……これ、楽しいかも」
「そうか」
俺は魔導鍵盤を背に戻す。
「じゃあ、行こうか」
「……は? どこへよ?」
「ダンジョンだよ」
「え、今から!?」
「まだ午前中だ。夕方までなら十分に潜れるだろう」
「……あんた、本気で言ってるの?」
呆れ顔のコルネをよそに、俺は足を早めた。
横を歩くアルコもすでに楽器を背負い直している。
宿で支度を終え、三人で街の門へと向かう。
日差しが徐々に強くなり、街道には商人や冒険者たちの行き交う声が響いていた。
石畳の道を歩きながら、コルネが歩調を緩め、俺とアルコを交互に見比べた。
「……ねえ、ちょっと待ちなさいよ」
「なんだ?」
「あんたたち……なんで演奏家だけで組んでるのよ? 普通、前衛とか盾役がいるでしょう!」
コルネの疑問はもっともだ。
演奏家は基本的に後衛の支援職。
前衛がいてこそ真価を発揮するものだろう。
「そもそも、アルコはどうしてカノンと一緒にいるの?」
振られたアルコは一瞬、俯き、それから小さく笑って見せた。
「私、前までは別のパーティーで演奏家をしていました。……でも『歌姫の録音音源があれば十分だ』って、必要ないと言われて追い出されてしまって……」
「あー……」
コルネの顔に苦い納得の色が浮かぶ。
「それで、落ち込んでいたときにカノンさんに『君の音が必要だ』って言ってもらえたんです」
「ふ、ふーん……」
コルネはチラリと俺に視線を向けた。
「で、あんたは?」
「まあ、俺も似たようなもんだな」
コルネは腕を組んで眉をひそめた。
「……歌姫の録音があるから演奏家はいらない、か。じゃああんたたちが追い出されたのって、要するにその歌姫のせいじゃないの?」
アルコは首を横に振った。
「いいえ。ミューズさんが悪いとは思っていません! だって……素晴らしい歌声を持っているのは事実なんですから」
「俺も一度しか聴いたことないが、あの歌声はまさにグラツィオーソといった感じだ」
「グラ……なに? まあいいわ。あんたたちは随分物分かりがいいみたいね」
コルネはどこか納得しきれない様子で鼻を鳴らし、それ以上は突っ込んでこなかった。
街を出てしばらく進むと、翠の洞窟の入口が見えてきた。
「今日はもう少し奥まで行こうか」
俺の言葉に、コルネが目を見開く。
「奥って……ここ、初級ダンジョンだけどそれなりに魔物いるのよ!?」
「だからこそだ」
洞窟内に足を踏み入れると、ひんやりとした湿った空気と苔の匂いが鼻を突いた。
壁面に生える発光苔が、薄緑色の淡い光で暗がりを照らしている。
奥へ進むにつれ、通路が広がり、不気味な足音が響き始めた。
暗がりから姿を現したのは、岩のような皮膚を持つ巨躯の魔物、ロックエイプが三体。
剛腕を振り上げ、威嚇するように咆哮をあげる。
「で、出たわよ! ……どうするの!?」
コルネが慌てて周囲を見回す。
「……本当に私たちだけで戦うの!?」
「もちろん」
魔導鍵盤を展開する。
青白い光が薄暗い洞窟を彩る。
「いこう」
俺が鍵盤を打つ。
低域の和音が衝撃波となって押し寄せ、先頭のロックエイプの足を止めた。
「アルコ、左の二体の動きを制限してくれ」
「はいっ!」
アルコが弦を弾く。
高音域の切れ味鋭い旋律が空気を引き裂き、二体の視界と聴覚を狂わせる牽制の音波となって襲いかかる。
アルコは自分の判断で旋律の長さを調整し、魔物の踏み込みを巧みに止めてみせた。
「なっ……前衛もいないのに、距離を保ててる……!?」
コルネが息をのむ。
「コルネ」
「ひゃいっ!?」
「常時音を流す必要はない。自分の魔力を無駄に消費するからな」
俺は鍵盤を叩き続け、二人の音のテンポを統制しながら指示を出した。
「アルコが大技を仕掛ける瞬間だけ、一気に魔力を流し込んでみてくれ」
「……ッ!」
コルネの目が揺れる。
「……やってやろうじゃないの!」
コルネが魔導管楽器を抱え直し、深く息を吸い込む。
ロックエイプの一体が俺たちの牽制を破ろうと力任せに突進してきた。
「今だ、コルネ!」
——ズウウンッ!!
腹の底を激しく揺さぶる重低音が響き渡る。
コルネの放った魔力がアルコへと流れ込む。
「アルコ!」
「はい——ッ!」
アルコが弦楽器を力強く一閃する。
コルネから渡された魔力がアルコの旋律を音の刃へと昇華させた。
放たれた衝撃波は突進してきたロックエイプを正面から打ち砕き、後続の二体をも壁へと吹き飛ばした。
鍵盤が構造を作り、
管が魔力を注ぎ、
弦がそれを放つ。
重なり合うアンサンブル。
三体の魔物は一度も俺たちに近づくことすらできず、消滅した。
「……うそ。勝っちゃった……」
コルネは己の手元と魔物の跡を交互に見つめ、呆然と呟いた。
「ナイスサポートだ、コルネ」
「あ、ありがとうコルネちゃん! すごく演奏しやすかったです!」
「あ……うん……まあ、これくらい当然よ」
コルネは照れくさそうに顔を背けた。
だが、すぐに何かを思い出したように顔を上げる。
「……そうだ」
コルネは周囲を見回すと、倒したロックエイプのところへ駆け寄った。
「何してるんですか?」
「決まってるでしょ。素材を回収するのよ」
コルネは腰を屈め、魔物が残した魔石や皮膚を一つずつ拾い始めた。
「これも売れる。こっちも……たぶん買い取ってもらえるわね」
「そこまで細かく拾うんですか……?」
アルコが驚いたように尋ねる。
「当然でしょ」
コルネは拾った素材を袋へ詰めながら答えた。
「私はお金のかかる演奏家なんだから。食費くらい、自分の音で稼がなきゃ」
コルネが立ち上がる。
「……よし、次に行きましょ。まだ奥にいるんでしょ?」
「そうだな」
「だったら、素材を拾えるだけ拾うわよ」
アルコが小さく笑った。
「ふふっ。コルネちゃん、すっかりやる気ですね」
「当たり前でしょ! もっと稼ぐわよ!」
コルネは楽器を背負い直し、洞窟の奥を睨む。
「私の音で、ちゃんと食べていけるところを見せてやるんだから」
俺はその背中を見ながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「行こうか」
「ええ!」
三人はさらに洞窟の奥へと進んでいった。
◇
夕方。
街へ戻った俺たちは冒険者ギルドの買取窓口へ素材を持ち込んだ。
奥まで潜り、コルネが素材を一つ残らず回収した甲斐もあって、しばらく食べていけるだけの金額は十分に稼げた。
「……これなら、しばらく私がお腹いっぱい食べても全然平気そうね」
手渡された報酬袋を見つめ、コルネが感心したように呟く。
「ああ、好きなだけ食べればいい、そのために明日も稼ぐぞ」
「毎日潜る気!?」
「演奏家三人で食べていくなら、当然だろ」
「ふふ、頑張りましょうね、コルネちゃん」
「ちょっと、あんたたち本気なの……?」
呆れ顔のコルネだったが、その声にもう迷いはなかった。
◇
夜。
宿屋の食堂。
テーブルの上には注文した料理が所狭しと並んでいた。
大皿の肉料理、スープ、パン。
コルネの前には山のような料理が積まれている。
しかし、朝とは違う。
今はその食卓に俺とアルコもいる。
「本当にすごい量ですね……!」
アルコが楽しそうに笑う。
「ふん、今日はたくさん稼いだんだから当然でしょ! 遠慮なくいただくわよ!」
豪快に肉にかぶりつくコルネ。
その表情は生き生きとしており、一人で寂しく空腹を満たしていた朝の姿とはまるで違っていた。
三人で賑やかに食事を進め、大皿が半分ほど空になった頃。
コルネがふと手を止め、スープの器を見つめたまま口を開いた。
「……ねえ」
「なんだ?」
「私……」
俺とアルコが視線を向けると、コルネは少しだけ耳を赤くしながら、ハッキリとした声で言った。
「あんたたちとなら、楽しくやっていけそうだわ」
まっすぐな言葉だった。
「そうか」
「……それだけ? ほんと、あんたってそういうところよね」
「何か他に言うことがあるのか?」
「『これからよろしくな』とかあるでしょ!」
「当然だ。明日からもよろしくな」
「よろしくお願いします!」
「……うん。任せなさい!」




