第五話 音を失う歌姫
手入れの行き届いた防音室の壁。
机の上に置かれた魔導端末が青白い光の映像を映し出している。
ミューズは膝の上で両手を握りしめ、映し出される光景をじっと見つめていた。
画面に映っているのは魔導配信ギルドを通じて配信されているスケルツァンドのダンジョン攻略映像。
豪奢な大剣を振るうアニマートを筆頭に、前衛と後衛が洗練された陣形を踏み、魔物を手際よく討伐していく。
画面に反射するミューズの瞳は忙しなく揺れている。
(……あれ?)
いない。
『今日カノンいなくね?』
『カノンは?』
『あの演奏家どうした?』
『今日から新体制?』
画面の中では戦闘を終えたアニマートが剣を納め、汗を拭いながら配信の画面へと向き直った。
『みんな、今日も見てくれてありがとう。……そういえば、今日から少し変わることがある』
アニマートは誇らしげに口元を緩め、魔導撮影機を見据えた。
『近々、俺たちのパーティ名をスケルツァンドから改名する予定だ』
ミューズの胸が小さく跳ねた。
コメントの勢いが一気に加速する。
『名前変えるの!?』
『それよりカノンは?』
『今日カノンいない理由は?』
『まさか引退?』
『新しいバッファー入ったのか?』
『おいおい! ヴィートのこと忘れてやるなよ!』
矢継ぎ早に流れる疑問の数々。
アニマートはさらりと言い放った。
『ああ、カノンのことか。あいつはもうお役御免だよ。歌姫のバフだけで十分になったからな』
頭の奥を鈍器で殴られたような衝撃。
「え……?」
声にならなかった。喉の奥が張り付いて、上手く空気が通らない。
画面の向こうでアニマートは朗らかに言葉を続けている。
『ミューズの録音音源をクリスタルに定着させて、戦闘中に再生する手法が確立されたからな。強力なバフをいつでも使える。だから――』
ミューズは耐えきれず、魔導端末の配信を切った。
青白い光が瞬時に消える。
音のない部屋の中で、ミューズは自身の両手を見つめた。
指先がガタガタと震えている。
「私の……せい……?」
息が上手く吸えない。
胸の奥が鋭い爪で引き裂かれるように痛む。
「私が……歌ったから……?」
あの日、世界中の人を元気にしたい一心で歌った。
幼い頃、何もかもが嫌になって閉じこもっていた毎日。
たまたま開いた配信画面から流れてきたカノンの演奏。
どこか哀しげで、心の底から温かい力が湧いてくるあの鍵盤の音。
自分もあんな風に誰かに元気を届けたい。
そう願ったすべての原点。
なのに。
自分の歌が。
奪った……?
「私のせいで……カノンさんが……っ」
頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱される。
視界が歪む。
ここにいられない。
この部屋に。
この場所に。
耐えられない。
ミューズは立ち上がった。
足がもつれそうになりながら玄関へ向かい、外套を鷲掴みにする。
魔導端末も、魔導撮影機も、すべて置いたまま。
外へ飛び出した。
◇
数時間後。魔導配信ギルド本部。
「……ミューズ氏とまだ連絡が取れません」
青ざめた顔の職員がギルド幹部の前で端末を握りしめて立ち尽くしていた。
「本日の特別収録の予定時間を二時間過ぎています。ご自宅にも向かわせましたが、鍵は開いたままで本人の姿はなく……端末も放置されていました」
「なんだと……!?」
幹部が机を叩いて立ち上がる。
ミューズはギルドの専属ではない。
だが、その影響力と人気は絶大だ。彼女の録音バフ音源がもたらす経済効果も含め、失踪となればギルドにとっても無視できない事態だった。
「事件か、事故か!? 至急、帝都警備隊と各支部に連絡だ!」
「ですが、野次馬やファンが混乱します!」
「隠し通せるわけがないだろう! 公式チャンネルで緊急周知を出せ!」
間もなくして。
世界中の魔導端末へ、一斉に緊急通知が流れた。
『《魔導配信ギルドより緊急のお知らせ》』
『本日、当ギルドの配信設備を利用して活動する歌姫ミューズ氏について、予定されていた収録に姿を見せず、現在連絡が取れない状態となっております』
『当ギルドでは帝都警備隊及び冒険者ギルドと連携し、本人の所在確認を進めております。新たな情報が入り次第、改めてお知らせいたします』
街頭モニター、酒場の端末、冒険者たちの手元。
あらゆる魔導端末に緊急通知が流れる。
『ミューズが!?』
『連絡取れないってどういうことだ!?』
『誘拐か!? 事件なのか!?』
人々の混乱と喧騒が広がっていく。
少女はどこへ向かったのか。




