第二十七話 眩しすぎた音
迷宮の広場では救護隊による負傷者の手当てが進んでいた。
人々が慌ただしく行き交う中、仮設の天幕の下でアニマートがゆっくりと目を覚ました。
「……う」
徐々に焦点が定まった彼の視界に、俺の姿が映る。
「……カノン」
「目が覚めたか」
「……ああ」
起き上がりかけた身体をさすりながら、アニマートは周囲を見回した。
すぐそばにはヴィート、セレナ、リゼットもいる。
「俺は……お前に助けられたんだな」
「俺だけじゃない。ギルドの職員も、冒険者も、沢山の人の助けがあって今、お前はここにいる」
アニマートは自らの両手を見つめ、苦い沈黙のあとにぽつりと漏らした。
「……それで、なんで俺なんかを助けたんだ」
「レガートさんがお前のことをよく話してたんだ」
アニマートの肩がびくりと跳ねた。
「……親父が?」
「ああ。責任感が強すぎるから、もう少し人に頼ってもいいんじゃないか……とな」
アニマートは天井を見上げ、深く息を吐き出した。
「……あのときのことを、謝らせてくれ」
俺は何も言わず、ただ彼を見つめた。
「歌姫の録音で十分だって言っただろ」
「そんなことも、言っていたか」
アニマートが息を詰まらせた。
「……お前はあんまり気にしてないみたいだな」
アニマートは固く拳を握りしめ、掠れた声を絞り出した。
「……あれは、本心じゃなかった」
「本心?」
「録音があれば、お前の代わりになるなんて……本気で思ってたわけじゃない。ただ、そう言えば……お前を追い出せると思ったんだ」
アニマートは続ける。
「俺は、お前が嫌いだった」
顔を上げ、俺をまっすぐ見た。
「……でも、それだけじゃない。お前は……俺たちには眩しすぎたんだ」
ヴィートが自嘲気味に息を漏らした。
「俺だって、お前が羨ましかったよ。どれだけ術式を磨いても、お前が一曲弾けば全部ひっくり返されるみたいで……悔しかった」
「私だって……」
セレナが唇を噛み締める。
「あんたの音の壁が、私の盾より広く仲間を守るたびに……自分の役割まで奪われる気がした」
「……私も」
リゼットが膝を抱え、小さく呟いた。
「あなたの音が、私が見つける前に敵を見つけるのが……嫌だった」
「……そうだったのか」
俺は答えた。
「俺は……あのとき、みんなを家族だと思っていた。だから、追い出されたときは……悲しかった」
アニマートは何も言わなかった。ただ、わずかに俯いた。
やがてその視線が、少し離れた場所で待機している三人に留まる。
弓の弦を確かめるアルコ。魔導管楽器の手入れをするコルネ。そして、こちらを心配そうに見守るミューズ。
「……いい仲間を持ったな」
アニマートが、ぽつりと呟いた。
「……ああ」
俺は三人に視線を向け、迷いなく頷いた。
アニマートは口元を歪めた。
「……もう、お前は俺たちとは違うんだな」
「ああ」
「じゃあな、カノン」
「ああ」
互いに背を向け、歩き出そうとした。
ふと俺は足を止めた。
「……そうだ。これ、落とし物だぞ」
取り出したのは、骸竜の体内から落ちてきた、泥と血にまみれて歪んだ魔導端末。
アニマートに差し出す。
「……これ」
受け取ったアニマートが、目を見開いた。
「俺たちの……魔導端末?」
ヴィートとセレナも身を乗り出し、端末を覗き込む。
「間違いない……俺たちが普段使ってた端末だ」
「どうして……こんな壊れ方をしてるの?」
アニマートは端末を見つめ、首を傾げた。
「……待て」
アニマートの眉間に、深い皺が刻まれた。
「俺たち……どうやってここに来たんだ?」
「え? どうって……配信ギルドから企画を受けて……」
セレナが答えかけて、言葉を詰まらせた。
「……違う」
アニマートの声が低く震える。
「魔導配信ギルドから企画書を受け取った後、俺たちは何をした?」
「話し合って……」
ヴィートが記憶を掘り起こそうと天井を見上げる。だが、その表情から余裕が消えていった。
「俺たち、魂魄の迷宮に来るつもりなんてなかったよな」
「ああ。断るつもりだった」
アニマートが眉をひそめる。
「私も……全員、それで納得してたはずよ」
セレナの顔から、一気に血の気が引いていく。
アニマートの手の中で、壊れた魔導端末が冷たく光を弾いていた。
「……俺たち……なんで、ここに?」




