第二十六話 残された声
グオオオオオオオオンッ!!
骸竜が咆哮を上げ、洞窟全体を揺らすほどの魔力が吹き荒れた。
崩落する岩盤。迫る骨の巨躯。
俺は鍵盤の上で指を止め、迫る影を見据える。
耳を澄ませばわかる。この怒りと破滅の音の裏側に、濁った異質な波紋が強引に割り込んでいる。
「攻撃は一旦やめだ」
「えっ!?」
コルネが声を裏返した。
「まだ、あいつの中に誰かの音が残っている」
「誰かの……音?」
俺は三人へ視線を向け、短く告げた。
「アルコ、俺の音を聴いてくれ」
「はい!」
「コルネ、魔力を少しだけ頼む」
「……分かったわよ!」
「ミューズ……歌えるか?」
「……はい!」
狙うのは骸竜の破壊ではない。
あいつの中に絡みつき、動きを縛り付けている不純な音の払拭だ。
俺は鍵盤を滑らせ、柔らかい和音を紡ぎ出す。
四人の音が一つになり、波紋となって骸竜の巨躯を洗う。
ズズ……ッ!
音が重なるにつれ、骸竜を縛っていた黒い魔力が、少しずつ薄れていった。
その粒子が弾けるたび、洞窟の空間に歪んだ音声の欠片が重なる。
『――奪え』
『――従え』
「……声?」
アルコが眉をひそめる。
俺も演奏を維持しながらその不気味な音の残滓を聴いていた。
ミューズが一瞬、息を呑んで歌声を詰まらせかける。だが、すぐに持ち直して声を張り上げた。
黒い魔力が押し流される。
骸竜の激しい動きが止まった。
眼窩の青い光が和らぎ、首を重そうに傾ぐ。
『……我は』
かすかな、低い地鳴りのような声。
『……何をしていた』
骸竜は開いた顎をゆっくりと閉じた。
骸竜の身体に残っていた大量の青白い光が、一斉に解き放たれる。
光の粒子となり、洞窟の中を優しく満たしていく。
迷宮の出口を目指して流れていく青白い光。
鈍い影を纏った光は天井をすり抜けていく。
「あの魂は……帰る場所が違う」
ミューズが呟いた。
やがて、すべての光が消え去った。
骸竜は骨の身体を起こすと、その空洞の眼窩を俺たちへ向けた。
そこに最初のような敵意はない。
『……人の子よ』
骸竜は深く頭を下げた。
『……感謝する』
骸竜はゆっくりと身を翻し、崩れた暗闇の奥へと消えていった。
本来いるべき深淵へと、還っていく。
◇
洞窟内に静寂が戻った。
ガシャン。
骸竜が去った瓦礫の隙間から、乾いた金属音が響く。
見下ろすと、泥と血にまみれた小箱のようなものが転がっていた。
「……魔導端末?」
外装が半ば砕け、内部の魔力回路が剥き出しになっている。
「それ……」
リゼットが端末を見つめていた。
「リゼット?」
「……私たちが使ってたもの。……間違いない」
俺は拾い上げ、壊れた筐体を見つめた。
「どうして、こんなところにあるんだ?」
「……分からない」
「覚えていないのか?」
「ここ、来たことは覚えてる。でも……」
リゼットは自分の手を見つめ、困惑したように首を振る。
「これ、持ってきた覚え、ない……」
「……持ってきた覚えがない?」
「うん……でも、誰かに言われた気がする。『これを持っていけ』って……」
ジジッ……。
拾い上げた端末のスピーカーから、ノイズ混じりの音声が漏れた。
『従え』
ブツッ。
音声が途絶え、端末は完全に沈黙した。
「……これは、ただの魔導端末じゃないな」
俺が呟いた瞬間、隣にいたミューズがびくっと肩を揺らした。
「……ミューズ?」
「え……? あ、はい……!」
「どうした?」
「……いえ。何でもありません」
胸元を強く握りしめ、ミューズはどこか呆然とした表情で端末を見つめていた。
「……帰ろう」
俺の言葉に、アルコ、コルネ、ミューズが大きく頷く。
俺たちは洞窟を後にした。
手の中に残された、壊れた魔導端末の冷たさを感じながら。




