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第二十五話 呼応する響き

 暗闇を裂いて骨の塊が迫ってくる。


 岩壁を削り落としながら、俺たちを押し潰さんと爪が振り下ろされる。


「来ます!」


 アルコの声と同時に、俺は鍵盤へ指を叩きつけた。


防壁(ソステヌート)


 展開される音の壁。


 ドォンッ……!


 空気が破裂するような衝撃音とともに、足元の岩盤に亀裂が走る。

 頭上の岩盤が崩落し、音の壁が激しく軋んだ。骨の爪一本が俺の障壁を力任せに押し込んでくる。


「……重いな」


 俺は眉ひとつ動かさず、滑らせる指の圧力を強めた。

 骨の隙間、魔力が循環する節々の接合部を視線でなぞる。


「カノンさん、左の接合部です!」


 俺の視線を追うように、アルコが弦を引き絞った。

 放たれた音の矢が骸竜の左肘の関節を撃ち抜く。

 骨が砕ける甲高い音が響く。


「魔力ならいくらでも持ってきなさいよね!」


 後ろからコルネの叫びとともに、太い魔力が全身へ流れ込んでくる。

 途切れることのない供給。障壁の歪みが一瞬で修復される。


 そして、ミューズが静かに息を吸い込んだ。


『静かな夜の底で』

『消えた音の行方を探していた』


 澄んだ歌声が洞窟の空気を一変させる。

 俺たちの音の揺らぎを捉え、その隙間を埋めるように紡がれる歌声。

 身体の重みが消え、指先の感覚が研ぎ澄まされていく。


「アルコ、次は右膝だ。足止めする」

「はいっ!」


 俺が低音の衝撃波を解き放ち、骸竜の体勢を崩す。

 すかさずアルコの矢が右膝の骨の継ぎ目を撃ち抜いた。


 旋律が噛み合う。


『どこからか響く ふたつの音』

『重なるたび 息を吹き返していく』


 二度目の衝撃が骸竜の巨躯を揺らした、その時だった。


 シュ……。


 骸竜の胸元から、一筋の青白い光がすっと抜け出た。

 光は暗闇の中で揺らめくと、俺たちの頭上を通り抜け、迷宮の外へと向かって飛んでいく。


【……ありがとう】


 かすかな声が空間に残った。


「いまの……魂?」


 ミューズが驚きに目を見開く。


【ありがとう……】

【助かった……】


 さらに二つ、三つの光が骨の隙間から溢れ出し、洞窟の天井へと消えていく。


 俺は鍵盤に手を置いたまま、骸竜の胸奥を見据えた。


「……まだ、いるな」


 俺の呟きに応えるように、骸竜が怒りに満ちた一撃を繰り出してきた。

 洞窟全体が崩壊しかねない揺れが襲う。


 俺は踏み出し、障壁へさらに魔力を注ぎ込む。


「カノンさん、サポートします!」


 アルコの叫びとともに、横から鋭い風が駆け抜けた。

 弓弦の音。矢が骸竜の眼窩に集まる青い光を射抜き、攻撃の軌道を逸らす。


「まだまだいけるわ!」


 コルネが魔導管楽器から溢れんばかりの魔力を俺の背中に叩きつけてくる。


『一人では届かなかった 空の向こう』

『伸ばした手のかすかな震えを』


 ミューズの歌声が、俺の強張りかけた演奏を柔らかく包み込んだ。


『もう どこへも迷わない』

『呼応する響きが 背中を押すから』


 迷いは消えた。

 俺は鍵盤へ全魔力を乗せた重奏を叩きつける。


 ドォンッ!!


 骸竜の肋骨が砕け散り、光の束が爆発的に噴き出した。

 次々と光が溢れ、洞窟の中を青白く染めていく。


【ありがとう……!】

【助かった……!】


 いくつもの声が重なり合い、歓喜の合唱となって空間を満たしていく。

 一体、どれほどの人間がこの怪物に呑み込まれてきたのか。


 噴き出す光の中に、異質な影が混じった。

 古びた衣服をまとった、人の姿だった。


【ニク……キマオウ】


 掠れた声が響く。


 歌声が一瞬、途切れた。

 視線が宙を舞う異質な影に釘付けになる。


【ム……スメ……】


【ナゼユ……ウシャ……トモ……ニイル】


「……?」


 俺の呟きは、直後に放たれた骸竜の爪によってかき消された。


「ミューズ、歌を続けてくれ!」

「は、はい……!」


 ミューズが震える息を吸い直し、再び声を張る。


『どんなに遠くへ引き裂かれても』

『この波紋は 果てなく広がる』

『立ち止まった夜を抜けて 何度でも歌い続ける』


 重なる四人の音が波紋となって広がり、迷宮の深部へと透き通るように浸透していく。


 ズズズ……ッ!


 骸竜の巨躯全体に、太い亀裂が走り抜けた。

 だが、崩れ落ちない。


 骨の巨躯の奥底に、なおも蠢く青白い光の群れが見えた。


 禍々しいまでの密度の魂。


「……まだ、いる」


 グオオオオオオオオンッ!!


 咆哮とともに骸竜が凄絶な魔力を放出し、崩落する岩盤が空間を埋めていく。

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