第二十四話 魂を失った者たち
魂魄の迷宮の前には、大勢の人間が横たわっていた。
誰一人として動かない。
目を開いたまま、規則正しい呼吸だけを繰り返している。
「魔導配信ギルドのスタッフさんが、こんなに……どうして?」
見覚えのある制服を着た人々を見つけ、ミューズが息を呑んで唇を震わせた。
俺はそのうちの一人に近づき、屈み込んで手首に触れた。
「……生きている」
「え?」
「呼吸している。心臓も動いている」
「じゃあ、どうして……」
困惑するミューズに、救急用の薬草箱を抱えたギルド職員が、青ざめた顔で声をかけた。
「骸竜です……あいつに魂を抜かれたんです」
俺は立ち上がり、転がる人々を避けながら迷宮の入り口へ足を向ける。
そして、広場の一角で足を止めた。
そこに、スケルツァンド……ノヴァのメンバーたちがいた。
アニマートが、他と同じように横たわり、空洞のような目を天に向けている。
その周囲で膝をつく三人の姿があった。
ヴィート、セレナ、リゼット。
装備や衣服は泥と乾いた血に汚れ、満身創痍でありながら、彼らは動かないアニマートを守るように取り囲んでいた。
足音に気づき、三人が顔を上げる。
表情が緩み、一瞬安堵の色が浮かんだ。
だが、誰一人として声をかけることなく、また俯く。
俺は何も言わず、三人の横を通り過ぎて洞窟の闇へと向かおうとした。
――ギュッ。
衣服の袖が強く引っ張られた。
足を止めて振り返る。
リゼットが俯いたまま、俺の袖を離そうとしない。握りしめる細い指先が、かすかに震えていた。
「……行かないで」
絞り出すような、掠れた声だった。
「誰よ、この子」
隣に立ったコルネが眉をひそめる。
俺はリゼットを見下ろす。
「アニマートがあのままでいいのか」
「でも……」
言葉を濁すリゼットの横から、セレナが顔を上げて声を張り上げた。
「これは私たちの責任よ……。あんたを巻き込むわけにはいかないわ」
「では、なぜ助けにいかない」
セレナが言葉を詰まらせる。
代わりに、地面に拳を叩きつけたヴィートが吐き捨てるように叫んだ。
「俺たちじゃ無理だからだよ! お前みたいに強くもない……!」
俺は顔色ひとつ変えずに告げた。
「泣き言を言って、また失うのか。まだアニマートは死んでいない」
「だからってよぉ……!」
「お前たちはそこで待っていればいい。アニマートは俺が連れて帰る」
「連れて帰るってあんた……アニマートを恨んでないの!?」
セレナが耐えかねたように叫ぶ。
俺は一度足を止め、振り返った。
「恨む? あいつは……レガートさんが命を差し出してまでも守ったんだ。死なせたら、レガートさんが悲しむ」
「レガート、レガートって……! あんたには、私たちが見えてないの!?」
セレナの叫びが鋭く洞窟の入り口に響き渡った。
「……今は、そんな話をしている場合じゃない」
俺は短く答えると、掴まれた腕を振りほどくこともなく、そのまま歩き出した。
◇
湿った洞窟の通路を進む。
「カ、カノンさん、その子大丈夫なんですか?」
アルコが心配そうに尋ねてくる。
「アルコ、前方を頼む。アンデッドの群れが来る」
「は、はい!」
アルコが即座に弓を構え、弦を弾く。
通路の奥から腐肉の臭いとともに群がるスケルトンとゾンビ。
俺は鍵盤を展開し、指先を滑らせた。
低音の衝撃波が空間を震わせ、迫る群れの足を一瞬で止める。その隙を逃さず、アルコの魔力矢が関節を正確に撃ち抜き、ミューズの歌声が俺たちの全身の動作を一段引き上げる。コルネから途切れることなく送られてくる魔力が、俺の音の盾を磐石なものにしていた。
袖を掴んだまま、その光景を間近で見ていたリゼットが、息を呑んで目を見開く。
倒しても倒しても、奥から新たな影が湧き出してくる。
「これだけ多いと埒が明かないな。本体を叩きに行く。コルネ、魔力は大丈夫か?」
「まだまだいけるわよ! あんたこそ無理しないでよね!」
強がるコルネだが、その音に乱れはない。
さらに奥へと突き進むと、深部から叫び声と破壊音が届いた。
「ばか、近づきすぎるな!」
救援に入っていた冒険者の一人が、空中に浮かぶ影へ飛びかかった。
その瞬間。
青白い光が、冒険者の胸元からすっと抜けた。
「……え?」
ミューズが声を漏らす。
光は揺らめきながら、暗闇の奥へと吸い込まれていった。
光を失った冒険者の身体は、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちる。
「今のは……」
「……魂だ」
俺は呟き、洞窟の奥へと視線を向けた。
ゴリ……。
骨が岩壁を擦る不気味な音が響く。
ゴリ……ゴリ……。
この迷宮の通路そのものが、あの存在にとって狭すぎるのだ。
岩壁を削り、天井を砕きながら、巨大な骨の竜が暗闇から姿を現す。
「……ここまで大きくなっているとは」
骸竜の肉を持たない眼窩に、すっと青白い光が灯った。
「……来るぞ」
アルコが緊張に満ちた手で弦を引き、コルネが魔導管楽器を構える。
ミューズも息を吸い込んだ。
俺は空中に浮かぶ鍵盤へと、両手を置いた。




