第二十三話 失いたくない
キッチンに朝の柔らかな光が差し込むなか、俺は調理台の前に立っていた。
「何か手伝えることはあるか?」
そう尋ねると、隣で鶏がらスープの味を確かめていたコルネが、ふふんと胸を張って振り返る。
「じゃあ、パンに具材を入れていって。横に切れ込みを入れておいたから」
「わかった」
俺は言われた通り、切れ込みを開いたパンへレタスを敷き、薄切りのハムとゆで卵を詰めていく。
横ではコルネが鍋の様子を見ながら、満足そうに鼻を鳴らした。
「ふふん、スープもいい感じね」
手際よく火を調整するコルネの背中を見る。
「ふわああ……おはようございます……」
そこへ、目をこすりながらミューズが階段を下りてきた。
居間に入り、調理台に立つ俺たちの姿を見て、ミューズの目が丸くなる。
「わぁ! カノンさんがお料理してます!」
「俺は手伝ってるだけだぞ」
「それでもすごいです〜! カノンさんエプロン似合ってますよ!」
「あんたは大人しく席についてなさい。私はあのお寝坊さんを起こしてくるから」
コルネがお玉を置くと、腕を捲りながら階段へと向かった。
「アルコを起こすのは手ごわいぞ」
「やってやろうじゃない」
コルネを見送り、俺は最後のパンにハムを挟み込んだ。
しばらくして、顔を真っ赤にしたアルコが下りてきた。
「お、おはようございます……」
「おはよう。よく眠れたか?」
「ね、眠れましたっ!」
「アルコさん、どうしたんですか?」
不思議そうに首を傾げるミューズに、後ろから下りてきたコルネが視線を泳がせる。
「わ、私何もしてないからね!」
◇
「「「「いただきます」」」」
四人で食卓を囲み、手を合わせる。
パンをかじっていると、となりのアルコが袖の端をキュッと引っ張ってきた。
「ひ、ひどいですカノンさん。いつもは起こしてくれたのに……」
「……悪かったよ。これからもちゃんと朝起こしに行ってやるから」
「や、約束ですよ!」
アルコが安堵したように胸を撫で下ろす。
テーブルの向こうでは、山盛りにされたパンを見てコルネが目を輝かせている。
「気が利くじゃない」
「ああ、いっぱい食べるといい。それで、今日の予定なんだが、ダンジョンに行こうと思う」
「ま、またぁ? あれだけ褒賞金をもらったんだから、しばらく遊んで暮らせるじゃないの」
呆れたように吐き捨てるコルネに、俺は首を振った。
「それなら、オーク肉を取りに行くのはどうだ? デラックスオークハンバーグを俺たちの手で作り上げようと思わないか」
その言葉にコルネの目の色が変わった。
「……悪くない案ね」
「私もオークハンバーグ食べたいです!」
「ふふ、みんなで作ると楽しそうですね」
ミューズとアルコも賛成し、今日の目的はハンバーグの食材調達に決まった。
◇
大通りへ出ると、帝都の風は心地よく吹き抜けていた。
コルネは心なしか楽しそうに足取りを弾ませている。
「やけに楽しそうだな」
「オークをどう調理してやろうかしら」
「ふふ、コルネさん、今度私にもお料理教えてもらえませんか?」
「いいわよ、覚悟しなさいよね?」
ミューズが楽しそうにコルネの隣へ並び、二人で調子よく歩いていく。
その背中を俺とアルコは並んで見守っていた。
◇
ギルドの扉を開けると、中は騒然としていた。
職員たちが慌ただしく走り回り、奥の長机ではグスタフが真剣な顔で会議をしている。
とても声をかけられる状況ではなかった。
「救援部隊第一波、準備整いました!」
「けが人の救助最優先でいけ。本体には可能な限り近づくなよ!」
「了解!」
頬に手を当てて不安そうにその様子を見守っていた受付嬢に、俺は声をかけた。
「何かあったのか?」
「あっ……カノンさん! 実は……Sランクのノヴァというパーティが魂魄の迷宮に挑戦されたのですが、そこで大規模な崩落事故が起きまして……!」
受付嬢が端末を抱えたまま、早口で説明する。
「ノヴァ……聞いたことのないパーティ名だな。新手のSランクか?」
「い、いえ、つい最近改名されまして、以前はスケ……スケルツァンドというパーティ名だったようです」
「スケルツァンド……そ、そうかあいつら……」
いや、いまはそんなことを気にしている暇はない。
「魂魄の迷宮の骸竜は最下層から出ないという噂じゃないか。ここまでの救援が必要なのか?」
「はい……! 崩落の影響で上の魔災霊廟と繋がってしまい、大量のアンデッドモンスターが湧いている状況なんです。今にも外に溢れ出しそうな勢いで増え続けていて……さらに骸竜まで外に出ようとしている状況で」
「救援はたりているのか?」
「帝都軍や志願冒険者が向かっていますが、十分とは言えない状況です……も、もしかしてカノンさんたちも救援に?」
「救援には俺一人で行く。悪いな、コルネ。オーク狩りはお預けだ。」
「バ、バッカじゃないの!? 一人で行くなんて!」
「そ、そうですよカノンさん!」
俺は二人を見つめ返した。
「一人なら身軽だ。救援部隊の邪魔にもならない」
喉の奥が固く締まるような感覚。
「魂魄の迷宮は高難易度ダンジョンだ。下手に潜って君たちを失うようなことがあっては……俺が耐えられない」
「坊主の言うとおりだ」
グスタフが真剣な顔つきで歩み寄ってくる。
「そもそも、救援にはBランク以上の資格が必要だ。個人でSランクの資格を持っている坊主ならまだしも、ミューズにアルコ、お前らはまだFランクだろう」
「で、ですが……!」
「私たちはSランクパーティでも倒せなかった伝承魔獣を倒したヴィヴァーチェよ!」
コルネが真っ向からグスタフに睨みつけ、威勢を上げる。
「今必要なのは肩書なんかじゃなくて、本当の実力でしょう!?」
「コルネ、そうは言ってもだな……」
逃げるように逸らそうとした俺の視線を、コルネが追ってくる。
「何よ、あんたは私たちを信用してないわけ!?」
「違う」
……ただ、怖いんだ。
また、失うのが。
「私たちは四人でヴィヴァーチェでしょ! あんた一人で抱え込まないでよ!」
「コルネ……」
「カノンが何と言おうったって私はついていくわ! 私だって……私だって、あんたを失いたくないんだもん!」
その言葉に重なるように、ミューズも前に踏み出した。
「その通りです! カノンさんが一人で行っちゃったら、私も勝手についていきますからね!」
「カノンさんがいなくなったら……朝、誰が起こしてくれるんですか!」
アルコも涙目のまま、俺を見つめていた。
「だから、俺が死ぬと決まったわけじゃ――」
「坊主、すまんな」
グスタフが俺の言葉を遮り、受付嬢へと振り返った。
「こいつらに臨時のBランク資格を付与してやってくれ」
「しょ、正気ですか!?」
「この雰囲気じゃ、止めても無駄だろう。野良で突っ込まれるくらいなら、正式にギルドの救援部隊として登録してバックアップした方が生存率は上がる。……何より、こいつらはコン・ブリオを倒している」
「物分かりがいいわね、ギルマス」
コルネが強がって鼻を鳴らすと、グスタフは太い眉をひそめた。
「絶対に死ぬんじゃないぞ」




