第二十一話 焼肉パーティ
「お世話になりました」
手荷物を背負い、頭を下げた。
皇帝との謁見を終えた翌朝。
俺たちは身を寄せていた宿屋の受付で、女将と向き合っていた。
「あいよ。急な旅立ちになると思ったけんど、まっさか皇帝陛下から家を貰うなんて大出世かい。……まあ、もう行っちまうんだね」
女将は腰に手を当て、どこか寂しげに目を細めた。
アルコが申し訳なさそうに、ミューズは華やかに、そしてコルネが少しだけ気恥ずかしそうに続いてお辞儀をする。
「短い間でしたけれど、本当によくしていただいて……ありがとうございました」
「ふかふかのベッド気持ちよかったです!」
「ふん……まあ、悪くない宿だったわよ」
それぞれの挨拶に、女将は「はいはい」と鷹揚に頷いてから、俺たちの姿を順番に見やった。
「あんたたちも、ずいぶん賑やかになったねえ」
女将の視線が最後にコルネへと注がれた。
「特にあんたは、本当によか食べたねえ。おかわり何杯持っていかせたか分かりゃしないよ」
「っ……! な、何よ! 悪かったわね!」
真っ赤になって耳を引っ張るコルネに、女将はアハハと豪快に笑った。
「悪いなんて言ってないさね。作ってる方としては、あんなに気持ちよく食ってくれりゃあ作り甲斐があったってもんさ。……ちゃんと飯食うんだよ」
「……言われなくても」
乱暴に背を向けたコルネの口元がほんの少しだけ緩んでいた。
俺たちは宿をあとにした。
◇
石畳の通りへ出ると、帝都の朝日が俺たちを眩しく照らした。
少し歩いたところで、アルコがふと思い立ったように首をかしげる。
「そういえば……これからご飯はどうするんですか?」
「宿以外で食べるとなると……」
横からコルネがバシッと自分の胸を叩いた。
「だったら今日は焼肉パーティよ!」
「えっ、焼肉ですか?」
目を丸くするアルコに、コルネはニヤリと笑って見せた。
「せっかく、あんなすごい額のご褒美をもらったのよ? 今日はパーッと豪勢にいきましょう! パーッと!」
「私も大賛成です! お祝いしましょう!」
ミューズが即座に乗っかり、アルコも「ふふ、そうですね」と顔をほころばせる。
「俺も異論はない。肉にしよう」
◇
熱気と活気に溢れる大市場。
肉屋の店頭にたどり着くと、コルネはズラリと並べられた生肉を一つずつ見比べ始めた。
「……これと、これね」
コルネは迷いなく、二つの肉塊を指し示した。
「何か違うのか?」
俺が尋ねると、コルネは腰に手を当てて「ふふーん」と鼻を鳴らした。
「こっちは脂の入り方が粗いの! 焼肉にするなら、こっち! 赤身に細かく脂が入ってるから、焼いたときに柔らかくて美味しいのよ」
「へえ……!」
アルコとミューズが感心したように声を漏らす。
食べることが好きなだけあって、食材には人一倍こだわりがあるらしい。
さらにコルネは、肉に合わせる野菜や調味料をテキパキと買い揃えていく。そして最後に、露店で売られていた小さな焚火台と網、炭を買い求めた。
「コルネ、それは何に使うんだ?」
「何って、焼肉なんだから外で焼くのよ。庭があれば、そこで炭を熾して焼くの! 最高じゃない?」
最高だ。
俺たちは大きな買い出し袋と焚火台を抱え、新しい家へと向かった。
◇
喧騒を抜けた閑静な住宅街。
指定された住所に立っていたのは、落ち着いた木と白い石造りの二階建ての家だった。
鍵を差し込み、カチャンと音を立てて扉を開ける。
「失礼しまーす……って、自分たちの家だったわね」
コルネが小声で呟きながら、靴を脱いで足を踏み入れる。
大きな居間には陽光が差し込み、廊下の先には四人分の独立した個室がある。
浴室、倉庫、そして裏手には小さな庭。
居間の奥には、立派なキッチンまで備えられていた。
「……わぁ」
コルネが足を止める。
そこにはピカピカに磨かれた石造りの調理台と、二基の魔導コンロ、整然と並んだ鍋や基本的な調理器具を備えたキッチンが存在していた。
「キッチン、ちゃんとあるじゃない……」
コルネがポツリと溢す。
俺は抱えていた焚火台を見つめた。
「じゃあ、これは……」
「……庭で使えばいいでしょ! 炭火で焼いた方が美味しいんだから!」
気まずそうに赤くなるコルネに、アルコとミューズが「あはは!」と声を合わせて笑った。
コルネはキッチンへ近づくと、備え付けの包丁や鍋をまじまじと検分し始めた。
「……これだけ設備が揃ってるなら、ただ肉を焼くだけじゃなくて、もっといい付け合わせが作れそうだわ」
「コルネ、料理もできるのか?」
「普通にできるわよ。自分の食べたいものを好みの味付けで作ろうと思ったら、自分で作るのが一番手っ取り早いでしょ」
◇
それからの作業は手早かった。
コルネが仕切るキッチンで、野菜がリズム良く刻まれていく。
トントントン、とモデラートのテンポで包丁の音が部屋に響く。
アルコが手際よくお皿を洗い、ミューズがテーブルにナイフとフォークを並べる。
俺は庭で焚火台に火を熾し、肉を焼く準備を整えた。
居間の大きなテーブルに、料理が並べられる。
網の上で香ばしい煙を上げる、コルネ厳選の肉。
タレと塩コショウ。
シャキシャキの生野菜サラダに、甘辛いスープ。
どこかの高級店に並ぶような料理ではない。
それでも、焼けた肉の香りと湯気が立ち込める食卓は十分すぎるほど豪華だった。
「それじゃあ……ヴィヴァーチェの新居と、私たちのこれからの生活に乾杯!」
ミューズの発声で、果汁入りのグラスを打ち鳴らす。
「美味しい……! お肉がすごく柔らかいです!」
「本当ですね! コルネさん、料理も上手なんですね!」
「だから普通だってば! 肉が良いのよ、肉が!」
バツ悪そうにお肉を口へ放り込むコルネだが、耳まで赤くなっている。
俺も焼き立ての肉をひとつ口に運んだ。
タレのコクと肉汁の旨味が口いっぱいに広がる。
「……うん。すごく美味いな、コルネ」
「っ……もう、黙って食べなさいよ!」
嬉しさを隠しきれずに怒るコルネを囲んで、食卓に温かな笑い声が弾けた。
◇
食事を終え、片付けを済ませたあと、四人はそれぞれ自分の部屋を見て回った。
アルコは二階の自分の部屋に入り、真ん中で立ち止まった。
日当たりの良い窓、まっさらなベッド、木調の机。
「……私の部屋」
アルコはその言葉をもう一度口にした。
壁に手を触れる彼女の表情から、力が抜けていく。
ミューズは「私のお部屋、とっても素敵です〜!」と嬉しそうにベッドへ飛び込み、コルネは「二階の部屋からも庭が見えるわね」と満足そうに頷いている。
俺も自分の部屋に荷物を置き、階段を下りて一階の居間へと戻った。
少し遅れて、三人も居間へ下りてくる。
陽が傾き始め、夕方の柔らかな茜色の光が窓から居間へ差し込んでくる。
「……カノンさん?」
佇む俺に、ミューズが顔を覗き込んできた。
アルコも、コルネも、夕陽を背にして俺を見つめている。
俺は三人の顔を順番に見た。
「……ここが、俺たちの家なんだな」
アルコが嬉しそうに目を細め、「はい!」と大きく頷いた。
コルネも「これからは依頼から帰ったら、ここでご飯よ」と胸を張り、ミューズが微笑む。
「せっかくだから……少しだけ音を鳴らしてみませんか?」
ミューズの発案に、誰も異論はなかった。
俺たちは二階の防音練習室へ向かった。
何かを倒すためでもない。誰かに見せつけるためでもない。
ただ、この家で四人の音を重ねてみたかった。
俺が鍵盤を鳴らす。
アルコの弦が続き、コルネの管が重なる。
ミューズの歌声が優しく加わった。
四つの音が重なり、ひとつの旋律になる。
(……楽しいな)
俺は鍵盤を弾きながら、ふと窓の外へ目を向けた。
茜色の光に染まった帝都。
ここに、俺たちの帰る場所がある。




