第二十話 皇帝との謁見
足を踏み入れると、どこまでも続く高い天井と、見上げるほどの列柱が立ち並ぶ回廊が広がっていた。
床には目の覚めるような深い赤の絨毯が敷かれ、壁際では鎧を纏った衛兵たちが寸分の乱れもなく佇んでいる。
「皇宮の中ってこんなふうになってるのね」
俺のすぐ後ろで、コルネが引きつったような声で囁いてきた。前を向いたまま、俺は短く答える。
「コルネ」
「何よ」
「お口チャック」
「……はう」
コルネは不服そうに口を尖らせたが、それ以上は何も言わなかった。
普段なら余計な軽口を叩く彼女も、この圧迫感には流石に呑まれているらしい。
横を歩くアルコは緊張のあまり背筋を限界まで伸ばし、ミューズは普段の賑やかさが嘘のように俯いて歩を進めていた。
皇帝陛下には、帝都で妙な噂が囁かれている。
初代皇帝オラトリオ一世から、皇帝は一度も代替わりしていない。
千年以上も同じ人間が皇帝であり続けるなど、普通に考えればあり得ない話だ。
眉唾の御伽噺として口にする程度の噂。
案内される回廊は異様なほど静かだった。
長い回廊を抜け、両開きの立派扉が開かれる。
広大な謁見室。
その最奥、一段高い場所に設けられた玉座。
整った容姿の黒髪の若い女性が座っていた。
一見すれば、俺たちとそう年の変わらない少女にも見える。
しかし、その瞳に宿る眼光は鋭かった。
左右には厳格な面持ちの文官や高位の騎士たちが居並び、静寂が空間を支配している。
俺たちは指示された位置で立ち止まり、深く頭を下げた。
「面を上げよ」
凛とした、どこか芝居がかった通る声が響いた。
視線を上げると、玉座の主がその瞳で俺たちを見下ろしていた。
「そなたたちが、ヴィヴァーチェという名で活動している演奏家たちか」
「はい」
皇帝がわずかに顎を引く。
「演奏家だけで構成されたパーティだそうだな」
「はい。珍しい形だとは認識しております」
「……ふむ」
皇帝は俺たち四人をゆっくりと見渡すと、言葉を継いだ。
「此度の働き、見事であった。コン・ブリオについては、すでに聞いているでしょう。……あれは我が帝国が長年、討伐できずにおった伝承魔獣。歴代の騎士団を注ぎ込んでも倒すことは叶わず、ただ巨大な魔力を費やして封じることしかできなかった存在です」
重く響き渡る声。
「封印の維持には多くの人員と莫大な費用がかかり、常に帝国の脅威であり続けた。あれが封じられてから、長い年月が過ぎた。……私が帝位に就いてからも、幾度となく討伐を試みたが、叶わなかった」
背後でアルコが小さく息を呑むのが分かった。
「……そなたたちは、帝国が長きにわたって終わらせることのできなかった脅威を、終わらせたのだ。討伐したことそのものが、帝国にとって測り知れぬ価値を持つ」
「故に、相応の褒賞を与えよう」
皇帝が目配せをすると、側近がうやうやしく書状を掲げ、読み上げ始めた。
提示された金額は、Sランクパーティが数年かけてようやく稼ぎ出すほどの莫大な金貨の枚数だった。
横を見ると、コルネが固まっていた。
「これほどの額を……受け取ってもよろしいのでしょうか」
「当然であろう。そなたたちが成し遂げたことを思えば、決して過分ではない。……それと」
皇帝の視線が、わずかに揺れた。
「コン・ブリオから回収された、鐘の首飾りについても礼を言おう。……世間では神器と呼ばれているようだが、アレは神器などではない」
意外な言葉に、俺たちは言葉を失う。
皇帝は遠くを見るような目を向けた。
「ただの、小さな首飾りだ。……昔、私の友が身につけていたものでな」
皇帝の声が、ほんの一瞬だけ柔らかくなった。
「大切な形見だ。……ありがとう」
漏れ出た短い感謝の言葉。
「……改めて礼を言おう、ヴィヴァーチェ。そして、もう一つ。帝都にある家を一軒、そなたたちに与える」
「……家、でしょうか?」
「ええ。そなたたちは、これからも帝国で活動するのであろう。ならば、帰る場所が必要だ」
帰る場所。
俺たちが宿の部屋で交わした言葉が、脳裏をよぎる。
少しの間を置いてから、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「以上が、そなたたちへの褒賞だ。……これからも、ヴィヴァーチェの活躍を期待している」
それ以上の言葉はなかった。
俺たちは一礼し、謁見室を後にした。
◇
四人の足音が遠ざかり、重い扉が閉ざされた。
広大な謁見室に残された皇帝は、深々と息を吐いた。
玉座の脇に置かれていた小さな箱へ、皇帝は手を伸ばした。
その中に収められていたのは古い鐘の首飾りだった。
手のひらの上で、滑らかな金属の質感を確かめるように指先でなぞる。
首飾りを見つめる皇帝の瞳からは、先ほどまでの威厳が消えていた。
「……おかえりなさい」
カラン。
小さな鐘の音が切なく響いた。




