第十九話 ミューズのコーディネート
翌朝、朝食を終えた俺たちはいつものように冒険者ギルドへ足を運んだ。
扉をくぐると、掲示板の前で書類を検分していたグスタフが、こちらに気づいて手招きしてきた。
「おう、カノン。ちょうどいいところに来たな」
「何かありましたか、グスタフさん」
グスタフは手にしていた書類を机に置き、腕を組んでこちらをまじまじと見つめた。
「元気そうでなによりだ」
「まさかそんなこと言うためだけに呼んだんじゃあないでしょうね?」
コルネが不満そうに口を挟んだ。
「分かってる、分かってるよ。そう怒るなコルネ。本題に入るぞ」
グスタフは苦笑しながら手を振ると、表情を少し改めた。
「この前話した皇室からの件だが、正式な日程の通知が届いたぞ」
「そういえばそんな話、してたわね」
コルネが身を硬くし、アルコも息を呑んだ。
ミューズだけが「おお……!」と瞳を輝かせている。
「鐘の首飾りの件……でしたっけ」
「ああ。皇帝陛下との拝謁は明日だ。皇宮にて正式に執り行われるとのことだ」
グスタフの言葉に、アルコが信じられないといった様子で呟いた。
「あの鐘……本当に、皇帝陛下にとって大事な物だったんですね!」
「まあ、詳しい話は皇室から直接聞いてくれ。俺にもそれ以上の詳細は降りてきてねえや」
グスタフは肩をすくめると、いつもの笑みを浮かべた。
「ま、難しく考えるな。皇帝陛下に呼ばれたからって、お前らが急に偉くなったわけじゃねえ。いつもの調子でいけばいい」
「分かっています」
「……いい顔だな、坊主。普通はもう少し緊張するんだが」
あきれたように吐き捨てたグスタフだったが、ふと俺たちの足元から首元までをじろじろと見回し、眉をひそめた。
「それと、だ。皇宮へ行くなら格好には気をつけろよ。まさかそのまま殴り込む気じゃねえだろうな?」
◇
ギルドを後にし、石畳の通りを歩きながら、アルコが不安そうに自分の服を見下ろした。
「……皇宮って、どんな服で行けばいいんでしょう?」
長年使い込まれた革地の防具と、動きやすさ重視のスカート。
冒険者としては標準的だが、確かに皇宮へ出向く正装とは程遠い。
コルネも自分の袖口を引っ張りながら、うーむと唸った。
「私のこれも、ただの魔導衣だし……」
俺は自分の着慣れた黒い上着に視線を落とした。
どこにも破れはないし、汚れも落としてある。
「これでも問題ないんじゃないか?」
「ダメです!」
間髪いれずにミューズが強い調子で横槍を入れてきた。
「カノンさん、それは絶対にダメです! 冒険者ギルドならともかく、皇宮ですよ! 皇宮!」
「そう言われてもな。なら、ミューズは何か持っているのか?」
元歌姫のミューズなら、そうした正装の類を所有していてもおかしくない。
そう思って尋ねたのだが、ミューズはぶんぶんと首を横に振った。
「私のドレスは舞台で歌うための衣装なんです! 皇室の方々に謁見するための落ち着いた正装とはまったく種類が違います!」
「な、なるほど……」
「というわけで、仕立屋に行きます! 私に任せてください! れっつごー!」
ミューズは鼻息を荒くすると、俺たちの腕を引っ張って歩き出した。
◇
「いらっしゃいませ……おや」
高級感あふれる店内に足を踏み入れると、仕立屋の店主が俺たちの姿を見て一瞬首をかしげた。
冒険者の一団が冷やかしに来たと思ったのかもしれない。
だが、ミューズが前に出ると、店主の目が丸くなった。
「皇宮へ拝謁するための正装を探しています。この四人分、一番仕立ての良いものを見せてください!」
ミューズの迷いのない言葉と立ち振る舞いに、店主はすぐさま態度を改めた。
「は、かしこまりました! ただちに上質な生地のものをお持ちいたします!」
店主が奥へ走っていくのを見送り、ミューズは胸を張った。
「まずはアルコさんからです!」
「えっ、私からですか!?」
突然指名されたアルコが動揺する。
店主が並べた何着ものドレスを前に、アルコは戸惑ったように微笑んだ。
「あの、私はあまり派手なものは似合いませんし……着られれば何でもいいですよ?」
「ダメです!」
ミューズが真剣な顔でアルコの肩を掴んだ。
「アルコさんが一番素敵に見えるものを選ばないと意味がありません! 妥協は一切禁止です!」
「あ、はい……そんなに真剣にならなくても……」
気圧されたアルコを横目に、ミューズは次々と服を手に取り、アルコの体に当てて吟味していく。
そして「これです!」と一着のドレスを選び出した。
「さあ、着てみてください!」
試着室へ押し込まれたアルコ。
しばらくして、姿見の前に照れくさそうに出てきた。
深い群青色の落ち着いたドレスだった。
華美な装飾は抑えられているが、ラインが美しく、アルコのしなやかな立ち姿を際立たせている。
アルコは姿見に映る自分をまじまじと見つめ、そっと頬に手を当てた。
「……私、こんな格好してもいいんですね。なんだか、自分じゃないみたいです」
「すっごく似合ってますよ、アルコさん! 自分の魅力を謙遜しちゃダメです!」
「ふふ、ありがとうございます。ミューズさん」
アルコが少しだけ自信を得たように柔らかく微笑んだ。
ミューズは満足そうに頷くと、次はギラリとコルネへと視線を向けた。
「次はコルネさんです!」
「なによ、私は別にいつもの服でいいわよ! 動きにくいのは嫌なんだから!」
「皇宮ですよ! ほらほら、まずはこれを着てください!」
無理やり一着目を着せられたコルネが、試着室から飛び出してきた。
どこかの貴婦人が着るような、黒一色の格式高いドレスだ。
「地味すぎるかしら……ううん、それ以前にキャラじゃないわ! 却下!」
「では、次はこちらです!」
二着目は装飾の少ないシンプルなスラックススタイル。
「これは動きやすそうだけど……なんか味気ないわね! 不合格!」
「では、これならどうですか!」
三着目。
ミューズが出してきたのは、深みのあるワインレッドのジャケットと、それに合わせた細身のパンツスタイルだった。
着替えて出てきたコルネは、姿見の前で腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「……まあ、これなら悪くないわね。動きやすさもあるし、格好つくじゃない」
「コルネちゃん、すごく可愛いです!」
アルコが素直に手を叩いて褒めると、コルネは顔を真っ赤にして振り返った。
「か、可愛いじゃなくて、格好いいでしょ! 言い直しなさいアルコ!」
「あはは、ごめんなさい。格好いいですよ、コルネちゃん」
照れ隠しに怒るコルネの姿に、店内が和やかな空気に包まれる。
そしてミューズは最後に、俺の方へと向き直った。
「カノンさん。次はカノンさんの番です」
「俺はこれでいいだろう。黒い服なら失礼にはならないはずだ」
「ダメです」
食い下がる俺に対し、ミューズは譲らない。
店主から男性用のジャケットを何着か受け取ると、俺の前でじっと見比べ始めた。
「これは……違いますね」
一着目のグレーのジャケットを俺に当てがい、ミューズは首をかしげた。
「そうか? 普通に見えるが」
「カノンさんらしくないです。なんだか、他の誰かの服を着ているみたいに見えます」
そう言って二着目、三着目と弾いていき、ミューズが最後に手に取ったのは、シックな深緑色のジャケットだった。
落ち着いた色合いだが、光の加減で深い光沢を放つ上質な生地だ。
「カノンさんは、絶対にこちらのほうが似合います」
「どうして分かるんだ?」
「……ずっと、見てきましたから」
ミューズの瞳が真っ直ぐに俺を映した。
着替えて試着室を出る。
体に吸い付くようにフィットし、腕の可動域も邪魔しない見事な仕立てだった。
「どうでしょうか……?」
ミューズが少しだけ不安そうに顔を覗き込んできた。
「……動きやすいな。それに、しっくりくる。ありがとう、ミューズ」
「はい……!」
ミューズの顔に、華やかな笑顔が咲いた。
◇
四人全員が着替えを終え、店内の大きな鏡の前に並んだ。
深青のドレスを纏ったアルコは、普段より大人びて見え、どこか気品が漂っている。
ワインレッドのジャケットを着たコルネは、不満げな表情をつくりつつも実に様になっていた。
ミューズはこうした上質な服を着慣れているせいか、立ち姿そのものに華がある。
そして、深緑のジャケットを着た俺。
四人が並んだ鏡の中の姿を見て、俺は息を吐いた。
バラバラの冒険者だった俺たちがこうして並んでいると、どこに出しても恥ずかしくない一つのパーティに見える。
ミューズが誇らしげに胸を張った。
「これで準備完了です!」
「ふん、まあまあね」
コルネが強がり、アルコが嬉しそうに微笑む。
◇
そして翌日。
俺たちは皇宮の大きな外門の前に立っていた。
見上げるほどにそびえ立つ白い石造りの門壁を前に、アルコが指先をぎゅっと握りしめた。
「今日、本当に皇帝陛下にお会いするんですね……なんだか、急に緊張してきました」
「別に、いつも通りでいいでしょ。死ぬわけじゃないんだから」
ジャケットの襟を整えながら、コルネが強がってみせる。
「はい! ヴィヴァーチェはヴィヴァーチェです!」
胸を張るミューズの言葉に、俺は頷いた。
「そうだな。ヴィヴァーチェだ」
地鳴りのような音を立てて、皇宮の門がゆっくりと開き始めていく。




