第十七話 ノヴァの事情
魔導配信ギルドの応接室。
革張りのソファに深く腰掛けた役員は、手元の書類から目を離さずに言った。
「君も歌姫の件は知っているだろう」
「……アカウントが消えたとだけは」
「彼女はあれでもうちの稼ぎ頭でね。かなりの痛手だったよ」
淡々とした声だった。
感情のこもっていないその口調が、かえって無言の威圧感を醸し出している。
「それで……俺が今日呼ばれた理由は?」
「君のパーティのスケ……何だったか」
「ノヴァです」
「そうだったね。名前を変えたんだったか。前の名前は呼びづらくて敵わなかったよ」
役員は鼻で笑うと、机の上に置いた魔導端末を指先で弾いた。
空中へ投影された画面に、リアルタイムの配信視聴者数ランキングが映し出される。
「歌姫がいなくなった今、君たちのパーティにもう少し頑張ってもらいたくてね」
「今でも十分な視聴者はいるはずですが」
「今のままではダメだよ。もっと高難易度のダンジョンに挑戦してもらって、さらに顧客を増やしてもらわないと」
「ですが――」
「君が無理と言うなら、他のSランクパーティに頼むまでだよ。私は君だからこそお願いしているんだがね」
役員は視線すら合わせず、机の書類を整え始めた。
「前向きに検討させてもらいます」
「良かったよ。それでは後ほど企画書を送るから、メンバーたちと見てもらいたい」
一礼して応接室を出た。
廊下を歩きながら、俺は短く息を吐き出す。
楽に稼げると思って始めた動画配信だったが、こうも上から圧力をかけられるとは思わなかった。
『アニマート、配信に手を出すのはやめろ。本質を見失う』
生前、親父がしつこく釘を刺してきた理由が、今さらになって腹に落ちる。
Sランクという看板を売りにして配信を始めたはいいが、親父がいなくなってから、俺たちは一度もまともな高難易度ダンジョンに挑んでいない。
いくら名誉や金が手に入るからと言って、命を失っては元も子もない。
もう潮時かもしれないな。
◇
魔導配信ギルドを後にし、拠点へと戻る。
扉を開けると、リビングのソファでセレナが魔導端末を睨みつけていた。
「ねえアニマート、企画書見た?」
「もう届いたのか?」
「魂魄の迷宮の深層攻略だって。私たち、無理じゃない?」
「同意」
壁に寄りかかっていたリゼットが、短く言葉を挟む。
「私たちの実力じゃ、深層は勝ち抜けない」
「そうは言ってもよぉ、断れる雰囲気じゃないぞ、これ?」
魔導書の手入れをしていたヴィートが、厄介そうに眉をひそめた。
セレナが端末から顔を上げ、俺を睨みつけてくる。
「あんた、なんて答えてきたのよ」
「前向きに検討するとだけ」
「これ、普通にまずくない? 今まで隠し通してきた私たちのボロが出るかもしれないってことでしょ」
「これじゃあ、カノンを追い出した意味がないじゃねえか」
ヴィートの発言に、室内の空気が固まった。
「毎日毎日、レガートの敵討ちに行こうって隙あらば音の迷宮に潜ろうとするもんね、あいつ。命がいくつあっても足りないわ」
「カノン、優秀。でも面倒」
リゼットが淡々と呟く。
「追い出す理由を考えるのも面倒だったよな。自分の無能さを自分に言い聞かせるみたいで、正直、きつかったわ」
ヴィートが自嘲気味に笑う。
セレナは不満そうに髪をかき上げた。
「あいつが何でもできるのがよくないんだわ」
「一旦、カノンへの嫉妬は終わりにしよう。まずはこれからのことを考えないか」
「一番嫉妬してるあんたに言われたくないわ」
セレナの容赦ない言葉に、俺は口を閉ざした。
反論はできない。
俺が一番、あいつの才能を疎ましく思っていたのだから。
「カノンがいたら魂魄の迷宮なんて楽勝だったんだろうけどな」
「あいつは多分、一人で音の迷宮潜って野垂れ死んでるわよ」
「わかんねーぞ、あいつなら一人でも攻略しかねない」
「同意」
「おい、俺の話を聞いてたか?」
ため息をつくと、ヴィートが頭をかいた。
「ああ、すまねえ」
「お前らは本当に、カノンが大好きなんだな」
「べ、別に好きじゃない!」
リゼットが顔を背ける。
セレナが呆れたように溜息をつき、俺に向き直った。
「で、どうすんのよ、アニマート」
俺は三人を見渡した。
「断ろうと思う」
「賛成」
「私も賛成ね」
「俺も賛成だ」
全員の意見が一致した。
「よし、意見はまとまったな」




