第十五話 迎えに行こう
「コルネ、アダージョだ」
中級ダンジョンの入り口付近、魔物との交戦を終えた直後の通路で、俺は告げた。
コルネは楽器を胸に抱いたまま、不満げに眉をひそめて振り返る。
「アダージョ? どういう意味よ」
「心にゆとりを持て、だ。焦って音が飛んでいるぞ」
「っ……! 別に焦ってなんか——」
言いかけて、コルネはバツの悪そうに視線を泳がせた。
その指先がわずかに震えている。
「ミューズが心配か?」
「……わかんないわよ。あんたたちはよくそんな落ち着いていられるわね」
「私も心配ですよ。でも、ミューズさんはきっと戻ってきてくれますから」
アルコが優しく微笑みかける。
コルネは唇を噛み締め、俺を睨むように見上げてきた。
「あんたはどうなのよ。ミューズのこと、なんとも思ってないわけ?」
「心配したら何か変わるのか」
「変わらないけど……!」
「なら、今は目の前の依頼を終わらせるだけだ」
心配していないわけがない。
だが、ここで立ち止まっていても事態は一歩も進まない。
依頼素材の魔導鉱石回収を終え、俺たちは冒険者ギルドへと戻ってきた。
素材をカウンターへ預け、報酬の清算を待っていると、酒場の方からひそひそとした話し声が耳に届いた。
「なあ、聞いたか? ミューズの復活配信、急に中止になったらしいぞ」
「ああ、なんか途中から苦しそうになって、スタッフが配信を切ったんだってな」
俺は振り返り、会話をしていた冒険者たちの前へ歩み寄る。
「詳しく、その話を聞かせてくれないか」
「うを!? びっくりした……お、お前、昨日歌姫と一緒にいた演奏家じゃ……」
「さっきの話は本当か?」
「お前、魔導端末持ってないのか? 今、帝都中で大ニュースになってるぞ。ほら、これ見ろよ」
冒険者が差し出してきた魔導端末の画面には、真っ暗になった配信画面と、混乱する視聴者たちのコメント、そして『歌姫ミューズ、原因不明のトラブルで配信中断』という大見出しが踊っていた。
画面を見つめる。
「なるほどな……ありがとう」
冒険者に端末を返し、アルコとコルネの元へ戻る。
アルコが不安そうに身を乗り出してきた。
「ど、どうでしたか……?」
「今すぐミューズを迎えに行こう」
「迎えに!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ、依頼の精算は!?」
「そんなものは後からでいい」
俺は二人の返事を待たずに、ギルドの外へ飛び出した。
「ちょっ……待ちなさいってば! 場所は分かるの!?」
「さっき見た」
端末に映っていた映像の背景。
場所の目星はついている。
走ること数十分。
屋敷の門前に辿り着くと、そこには帝都警備隊の姿があった。
「あの、関係者以外は――」
「ミューズ!!!」
警備隊の制止を遮り、俺は屋敷に向かって声を張り上げた。
「ちょっとバカ!? 大声出して何やってんのよ、迷惑でしょ!?」
「ミューズさーん!!」
「アルコまで!? あーもう、仕方ないわね! ミューズ!!」
呆れ果てながらも、コルネも張り上げる。
警備隊に止められながら、俺たちは何度もその名を呼び続けた。
◇
舞台衣装のまま、ミューズは膝を抱えて座り込んでいた。
歌えなかった。
声を出しているのに、自分の歌が自分に届かない。
約束も守れず、
皆に迷惑ばかりかけて、
私は一体何をやっているんだろう。
「ミューズ!!!」
窓の外から声が聞こえた。
幻聴かと思い、ミューズは顔を上げた。
窓に駆け寄り、木枠を押し開けて外を見る。
門の前で警備隊に揉まれながら、必死に叫んでいる三人の姿があった。
「カノンさん……コルネさん……アルコさん……」
胸が強く締め付けられる。
約束を破った私をこんなところまで迎えに来てくれた。
なのに、今の私は満足に歌うことすらできない。
「ミューズ! 君は今、何がしたい!」
カノンの声が届いた。
何がしたい。
その言葉だけが胸に残った。
役員たちの指示も、世間の期待も、歌姫という名前も。
今はどうでもいい。
背後で部屋の扉が開き、役員が慌てた様子で入ってくるのが見えた。
「ちょっと、ミューズさん! 外の騒音はすぐ排除させますから、あなたは奥へ――」
ミューズにはその声が聞こえていなかった。
気づけば、窓枠に足をかけていた。
恐れはなかった。
ただ、胸の奥で燻っていた想いが一気に溢れ出していく。
そのまま、生垣に向かって迷わず飛び降りた。
「ミューズさん!?」
役員の悲鳴を背に、ドレスの裾を翻して走り出す。
カノンたちに向かってまっすぐに手を伸ばした。
「私……! あなたと一緒に歌いたい!!」
歌姫としてでもない。
誰かの道具としてでもない。
カノンたちの隣で、自分の音を奏でたい。
「ミューズ、こっちだ!」
カノンの指先が鍵盤を叩く。
光の帯がミューズの足元へと伸びてくる。
踏みしめるたびに、優しいメロディーが夜空に響き渡る。
光の橋を夢中で駆け抜けるミューズの背後から、声がした。
「ミューズさん! 忘れ物ですよ!」
振り返る。
屋敷の勝手口から一人の女性が走ってきていた。
ミューズが歌姫になる前から、ずっと一番近くで支えてくれていたマネージャーだ。
その手には、魔導撮影機が抱えられていた。
「あなたの歌に、私は何度も救われました! どこへ行っても……ずっと応援していますから!」
投げ渡された撮影機をミューズは胸にしっかりと抱きとめた。
「ありがとう!私、私の歌を奏でるから!」
光の橋を渡りきり、飛び込んだ先でカノンがミューズの腕を受け止めた。
「全員揃ったな」
「ちょっと、派手にやりすぎじゃない!? 明日から指名手配されたらどうすんのよ!」
「ふふ、でも無事にお迎えできましたね!」
呆れるコルネと、嬉しそうに笑うアルコ。
ミューズは撮影機を抱きしめ、溢れ出る涙を拭った。
「行きましょう、ヴィヴァーチェ!」
四人は夜へ駆け出した。




