第十三話 ヴィヴァーチェ
「……ねえ。なんであの女、ついてきてるのよ」
冒険者ギルドへ向かう道中、コルネが俺の隣に並び、蚊の鳴くような声で囁いてきた。
視線を少し後ろに向けると、ミューズが俺たちの数歩後ろをついてきている。
「さあな。また一緒に演奏したいんじゃないか?」
「仕事とか大丈夫なのかしら。歌姫の録音って、世界中で引っ張りだこなんじゃないの?」
コルネの現実的な疑問に、俺は肩をすくめた。
ミューズの歌声はすでに魔導録音として大量に流通している。今すぐ本人が現場に縛り付けられるわけではないだろう。
「……あ、あの!」
俺たちの視線に気づいたのか、ミューズが慌てて小走りで追いついてきた。
「私、邪魔でしたでしょうか……!?」
「邪魔というか……あんた、自分の宿とかないの?」
「宿というか……あ、あります! ありますけど、その、皆さんと離れるのが、なんだか惜しくて……」
消え入りそうな声で縮こまるミューズに、コルネは呆れたように大きな息を吐きだした。
「はあ……まあいいわ。まずはギルドに報告よ」
ギルドの扉を開けた瞬間、喧騒に包まれていた酒場が一瞬で静まり返った。
受付に向かって歩き出す俺たちに、周囲の冒険者たちの視線が痛いほど突き刺さる。
「おいおい……あいつらって、さっきギルマスが配信で流してた奴らだよな?」
「てことは、あの後ろにいるの……本物の歌姫ミューズか……!?」
「ちょマジかよ、俺サイン貰いに行くわ」
「バカやめろ! あいつらにちょっかい出すとギルマスにどやされるぞ。今朝もバカが一人締め上げられてたろ」
「お、おうそいつぁ避けたいな」
ひそひそと交わされる会話が耳に届く。
「坊主ぅぅぅ!! 無事だったか!!」
突如、奥からグスタフが飛び出してきた。
丸太のような腕でがっしりと抱きかかえられ、肋骨が悲鳴を上げる。
「グ、グスタフさん……苦しいです……」
「無茶しやがって! まさか黒鐘の坑道の封印があそこまで弱っていたとはな……完全に俺の確認不足だった。本当にすまなかった!」
頭を下げるグスタフに、俺は苦笑いを浮かべた。
「いえ、もう終わったことです。それより、依頼の達成報告をしたいんですが」
「あっ、はい! 達成報告ですね!」
引きつった笑顔の受付嬢が、大慌てでカウンターの奥から革袋を取り出してきた。
「こちらが基本報酬、そして……コン・ブリオ討伐に対するギルドからの追加報奨金になります!」
ジャラリ、と重厚な金属音が響く。袋の口から覗くのは、眩い光を放つ見たこともない枚数の金貨だった。
「すっごい……! こんな金貨の山、見たことないわ!」
コルネが目を丸くし、吸い寄せられるように袋を覗き込む。
「これなら……これならしばらく、食べ放題じゃない……!」
「食費の心配しかしてないのか君は……」
俺の呟きを無視して、グスタフが神妙な顔つきで顎をさすった。
「しかし、あのコン・ブリオを倒してしまうとはな……討伐対象にすらならん伝承魔獣だ。毎年毎年、腕利きのパーティを集めて封印を掛け直すだけでも一苦労だったんだぞ」
「ふん、あんなの演奏のついでよね、カノン?」
「まあ、無事に終わってよかったよ」
「お前ら、命は大事にしてくれよな」
グスタフは苦笑し、一転して真面目な声調で言葉を継いだ。
「それとな、さっき皇室から連絡があった。奴が落とした神器……皇帝陛下が直々にお探しだった品らしくてな。後日、正式に褒賞の拝謁があるそうだ」
「皇帝陛下……? 大層な話になってきたわね」
首を傾げるコルネをよそに、俺は思索にふける。
黒鐘の坑道に眠っていた小さな鐘。
なぜ皇帝があれを探していたのか。
「わ、私達パーティの初依頼達成ですね! この後は酒場で打ち上げでもしますか!?」
突然、パンッと手を叩いてミューズが弾んだ声を上げた。
コルネがすかさず眉をひそめる。
「私達って……あんた、いつの間に——」
「ま、まあコルネちゃん!」
アルコが慌てて割り込み、コルネの肩を抱き寄せた。
「せっかくたくさん報奨金も貰えたんですから、今日は楽しく祝いましょうよ!」
「そうだな。せっかくの節目だ、美味いものでも食いに行こう」
「……ふん。まあそうね」
いつもの宿屋へ戻り、テーブルに料理を広げる。
湯気を立てる肉料理やパンが次々と運ばれてくると、コルネはアレグロな勢いでナイフとフォークを動かし始めた。
「わあ……! コルネさん、とっても美味しそうに召し上がるんですね!」
隣に座ったミューズが目を輝かせると、コルネは口に肉をほおばったままジロリと睨み返した。
「なによ。文句でもあるかしら?」
「い、いえ! ないです! ステキです!」
ぶんぶんと首を振るミューズ。
そのやり取りにくすりと笑いながら、アルコが果実酒のグラスを傾けた。
「と、ところでカノンさん! このパーティって、何てお名前なんですか?」
ミューズが身を乗り出してきた。
「パーティ名か。そういえば、まだ決めてなかったな」
「も、もしや私は、パーティ名が決まる歴史的瞬間に立ち会えているのですか……!?」
「大げさだな」
「あ、はい! 私から一ついいでしょうか!?」
「言ってみてくれ」
「『カノンさんファンクラブ』というのはどうでしょうか!?」
場が一瞬凍りついた。
「バッカじゃないの? ありえないわ」
コルネのバッサリとした即答に、ミューズは「そ、そんなぁ……」とガックリ肩を落とす。俺は苦笑しながら、三人を見渡した。
弦を響かせるアルコ。
管を吹き鳴らすコルネ。
そして、奇跡のような歌声を重ねるミューズ。
「このパーティは、俺だけのものじゃないからな……『ヴィヴァーチェ』というのはどうだ?」
「ヴィヴァーチェ……?」
コルネが不思議そうに首をかしげると、ミューズが顔を輝かせた。
「ヴィヴァーチェ! いい言葉ですね!」
「あんた、カノンの意味不明な言葉が分かるの?」
「はい! 古代勇者が遺した言葉で、『生き生きと』という意味なんですよ!」
「へぇ、物知りなのね」
「はい! 小さい頃から伝記を読むのが好きで!」
「ふーん……じゃああんたは今日からカノン翻訳係に任命するわ」
「せ、精一杯務めさせていただきます!」
胸を張るミューズと、どこか楽しそうなコルネ。
アルコが嬉しそうに全員のグラスへ飲み物を注いで回った。
「ふふ、それではヴィヴァーチェの成立に乾杯ですね!」
四人のグラスが中央で重なり、カチャンと心地よい音を奏でた。
「「「「かんぱーい!!」」」」
笑い声が弾ける。
俺たちは今日、初めて同じ名前を名乗った。




