第十二話 くたびれ儲け
「……君は、まさか歌姫ミューズなのか?」
俺の問いかけに、外套を羽織った少女の肩がびくりと跳ねた。
「……あ、あの……えっと」
先ほどまで洞窟全体を震わせていたあの堂々たるソプラノが、嘘のように細く縮こまる。
少女は外套の端を両手で固く握りしめ、顔を真っ赤にして視線を泳がせていた。
「ず、ずっと……あなたの演奏を、見てました……!」
勢いあまって叫ぶように言い放ち、そのまま深々と頭を下げる。
突然のテンパりぶりに、後ろで弓を構えていたアルコが目を丸くした。
「あんたが歌姫ミューズとかいうのね」
間に入ってきたのはコルネだった。
腕を組み、不機嫌そうにミューズをまじまじと見下ろす。
「あ……えと、はい! う、歌姫ミューズやらせてもらってます……!」
「ふーん……」
へこへこと頭を下げる彼女を見て、コルネは拍子抜けしたように息を吐きだした。
「ど、どうしてミューズさんがこんなところに!?」
アルコが目を輝かせながら尋ねると、ミューズは小さく肩をすぼめた。
「えっと……あの、私、謝りたくて……」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「ひょ! ひょあ!」
素っ頓狂な声を上げるミューズ。
「歌っているときの君は、もっとマエストーソだった」
「マ、マエストーソ……!?」
ミューズが食いつくように顔を上げた。
「そ、そんな尊いお誉めの言葉、私なんかが頂いてもいいんですか……!?」
「ああ。君は自分の歌をもっと信じていい」
ミューズは胸の前で両手をギュッと握りしめた。
「そうですよ! さっきの歌、すっごく心に響きました! ミューズさんの新曲ですか?」
アルコが身を乗り出すと、ミューズは少し照れくさそうに頬を緩めた。
「はい! 皆さんの演奏を聴いていたら、すらすらと歌が湧き出てきて……」
「まあ悪くない音だったわね」
素直じゃない言葉を口にしながら、コルネはコン・ブリオが灰となった跡地を足で突ついていた。
「……ん? 何かしらこれ」
コルネが屈み込み、何かを拾い上げて戻ってきた。
「ねえカノーン」
手のひらに載っていたのはくすんだ金属製の小さな鐘の首飾りだった。
カラン、コロン。
指先で揺らすと、澄んだ鐘の音が可憐に響く。
「……いい音色だ」
「売ったら結構な額になりそうね」
「も、勿体ないですよコルネちゃん!」
そんな軽口を叩き合っていると、坑道の方からけたたましい足音が響いてきた。
「コン・ブリオはどこだ!? 無事か!?」
武装したギルドの救援隊が息を切らせて雪崩れ込んできた。
だが、そこにいたのは演奏家四人と、散らばる灰だけだ。
「遅かったわね。もう私たちが倒したわよ」
「……は? 君たちが……?」
隊長が絶句する。
『隊長、本部だ!』
隊長の胸元の魔導通信機から焦った声が漏れた。
『監視中継の映像を確認した! コン・ブリオの討伐反応を検知……彼らが撃破した! 間違いない!』
「なっ……!?」
隊長は呆然と俺たちを見直し、咳払いを一つして表情を引き締めた。
「あ、いや……失礼した。ところで、奴の残骸から何か拾わなかったか? 実は皇帝陛下から捜索を命じられていた神器があるはずなんだが……」
コルネがさっと手を背中に隠そうとしたが、隊長の鋭い視線がその手元に注がれた。
「それだ!」
「嫌よ! 私たちが命がけで拾ったんだから!」
「コルネ、渡した方がいいんじゃないか?」
俺は苦笑しながらコルネの肩を叩いた。
「落とし物は返してあげないとかわいそうだろう」
「……うぐっ。わ、わかったわよ……」
コルネは心底惜しそうに、小さな鐘の首飾りを隊長に手渡した。
「感謝する……救援が遅れた非はこちらにある。報奨金はギルドを通じて上乗せして支払わせてもらう」
「ふん、当然よ! 私、三人前じゃ済まないんだからね!」
ぷいっと横を向くコルネに、アルコとミューズがクスクスと笑い声を漏らす。
「まあ、依頼も終わったし、俺たちは帰るか」
俺が踵を返すと、ミューズが少し緊張した面持ちでおそるおそる俺の袖口を引いた。
「あの……カノンさん」
「ん?」
「私……また、皆さんと一緒に演奏してもいいですか……?」
不安そうに見上げてくる瞳に俺は口元を緩めた。
「もちろん。いつでも歓迎する」
その言葉にミューズの顔が一瞬でパッと華やぐ。
「……ありがとうございます!」
小さく頭を下げたミューズの顔にはもう迷いの色はなかった。
「ほんっと、とんだ邪魔が入ったうえに、くたびれ儲けだわ!」
コルネの呆れ声が坑道に響き渡り、俺たちは光の差す地上へと歩き出した。




