テロリスト山田ひろし?
あれだけの大規模なパトカーによる追跡劇があったのだから、警察署はすでにたくさんの報道陣が我先にと陣取り合戦をしていた。顔を見られないようにか落ち込んでいるだけなのかどちらでも構わないが、テロリストの3人は終始俯いて連れられている。しかし、僕は何ら恥じる行為をしていない。まるで僕が主人公かのように、警察官を従えているつもりで、警察署の中に入っていった。
驚いたことに、すでに日本語の通訳が待機していた。それだけではない。誰が手配してくれたのか、弁護士もいて、さらに大使館員の人までが来てくれている。あまりの仰々しさに、僕は本当に犯罪者なのかもと錯覚しそうになるくらいだ。
だけど、大使館員の人が爽やかな笑顔を作り、かつ嬉しそうに第一声を発した。それは、ほんの一言だったけど、僕を安心させるには十分だった。さらに、なんとなく和んでしまう。お礼を言うのが精一杯だったけど。
「『名バス運転士ホームズ』観させてもらいましたよ」
「……ありがとうございます」
しかし警察は淡々としたものだ。その大使館員の人の次の言葉を待つこともなく、取調室へと強引に促す。大使館員の人を残し、通訳と弁護士と共に僕は向かった。劇中でしか見たことのない未知の世界へ。
「名前と職業は?」
「名前は、ヤマダヒロシ。日本で俳優とバス運転士をしています」
これで、刑事は僕に対して優しくなるかもと期待したけれど……。逆効果だった。
「なるほど。人を欺くのが得意な上に、バスを奪うには絶対に必要なスキルだったわけだ」
雲行きが怪しくて不安になる。だけど負けるわけにはいかない。
「そんな……。僕を悪者だと決めつけないでください。奴らの仲間であるはずがないし、何より、大好きなバスを犯罪に使うわけがないでしょ」
「確かにな……って、犯罪者の言い訳を、ああそうですねと信じるはずがないだろ。どうしてこんな事をやったんだ?」
この刑事は完全に僕がテロリストだと決めつけているようだ。僕がこれ以上何か言ったところで、効果は薄いと思う。僕の無実を塚谷たちが証明してくれるのを待つしかないのかもしれない。それでも、ささやかでも、抵抗はしたかった。黙秘権を行使しようとは思わない。
「僕は何も悪い事はしていません」を何か聞かれる度に繰り返すのが精一杯だっただけだ。
こういう一方的な取り調べだったので、警察側としては何も進展はなかった。僕からしても、言わずもがなだ。そしてそのまま時間だけが闇雲に進み、僕の有罪はもちろんだけど、無実すらも証明されぬまま取り調べは終わる。ということは、釈放なんて夢のまた夢だ。僕は、人生初の留置所に、それもイギリスの留置所に泊まる運びとなった。
何故こんなにも僕が疑われているのか理解できなかった。弁護士が言うには、僕の知り合いたちの証言を、警察は全くと言っていいほどに信用していないとのことだ。知り合いたちに僕が本当の正体を隠していると、疑っているというか決めつけているのだろう。
だから、3人のテロリストと僕が全く関係ないとする証拠が見つからない限りは、僕を釈放する気がないのだ。事件が事件なだけに、少しの妥協も許せないらしい。客観的に見れば、警察側の気持ちは分かる。それに、釈放されるのは時間の問題だ。何よりも、僕が無実なのは絶対的な真実なのだ。
僕にしては珍しく、自分で自分を奮い立たせることに成功した。そして、しっかりした足取りで鉄格子へと向かった。どうせ嫌だと言っても逆らえないのだから、せめてもの反抗のつもりだった。
それに、取り調べが終わるまで、大使館員の人がずっと待ってくれていたのだ。せっかくの『名バス運転士ホームズ』のファンを悲しませたくなかった。大使館員の人も僕を必要以上に落ち込ませたくなかったのか、留置所までついてきてくれ、ずっと励ましてくれる。そして別れ際に、一番の言葉を言ってくれた。
「塚谷さんという方からの伝言を預かってますよ。ひろしさんが無事に解放されるまでは、ドーナツを食べません、と。これは、何か深い意味があるのですか?」
「いえいえ、全く深くなくて、言葉そのものです。その子にとっては、それが最も辛いことなので、共にこの困難を乗り切ろうということでしょう。だから、僕は大丈夫ですよ」
健気な塚谷の今の率直な気持ちに触れて、僕は勇気を奮い起こせたようだ。留置所での一泊や二泊なんて恐くない。それどころか、この体験を俳優の仕事にいつか活かしてやると、前向きにさえなれた。僕の今日の安眠が約束された瞬間だ。
あくる朝、目覚まし時計や誰かに起こされるでもなく、僕は自ら起きた。起きるのがこれでもかというくらいに苦手な、僕がだ。これは、緊張や不安が再び芽生えてきたからではない。どのような困難にも負けない意思が働いたからだ。
なので、係の者が呼びにきた時に、わざわざ僕から爽やかに挨拶をした。こんな容疑者は珍しいのか、係の者は戸惑っている。主導権を握れた……というのは僕の勘違いで、係の者は淡々と僕を取調室まで誘導する。僕が、すぐに釈放してくれと言ったところで、受理されないということだ。
それでも僕は力強く歩く。すると、途中で、昨日の大使館員の人が待っていてくれた。嬉しい驚きだ。さらに驚いたことに、昨日と同じ服装で、目が充血していて、やや無精ひげが伸びている。おそらく一睡もしていない。僕のために。だけど、そんなことはどうでもいいかのように、爽やかに元気に話しかけてきた。
「山田広志さん、もう少し辛抱してください。私は山田広志さんが無実だと知っているので、今は警察に全面協力して、山田広志さんが無実だと分かる情報や資料をかき集めています。ファンの人たちも山田広志さんの事を信用しているので、安心してくださいね」
「ありがとうございます。ということは、やっぱりこの事件は日本でも報じられているのですか?」
「まあ、あれだけの事件ですから。日本に限らず、世界中で話題になってますよ。そして残念ながら、山田広志さんが何者か知らない国の人たちは、犯人だと決めつけて猛批判……。すいません、こんな時に言うべきではないですね」
「大丈夫です。僕が無実なのは、すぐに分かることですから。それに、悪い事ばかりではないかもしれないですよ。物は考えようで、こんな形でも有名になったんだから、『名バス運転士ホームズ』を世界中に売り込むチャンスになるじゃないですか」
「本当だ。日本の山田ひろしが、世界のYAMADA HIROSHIになる日は、そう遠くないですね」
大使館員の人なりの社交辞令なのだろうけど、内容よりもそう言ってくれる気持ちが、僕に元気を与えてくれた。話していて、心地いいし。大使館員の人は、もともとそういう人なのだろう。時と場所を忘れそうになっていたところで、係の者が促す。まだまだ話していたいけど、そういうわけにはいかないので、僕は取調室に向かった。
中に入ると、既に昨日と同じ刑事と通訳と弁護士がいた。そして、昨日と同じ堂々巡りが繰り広げられる。ただ、昨日と違ったのは、刑事は僕が無実だと感じ始めているのではと見受けられたことだ。具体的に態度で示したわけではないが。僕を見る目が極わずか優しくなっていたのは、役者の名にかけて、絶対に間違いない。とはいえ、留置所に泊まる夜は再びやってきた。




