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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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塚谷、不発に終わる

 いくら緊急事態だったとはいえ、せっかくの休みに申し訳ないお願いをしてしまった。この埋め合わせはいつかするからねと、心に誓ったのは言うまでもない。そして、今の僕にできる事はなくなったようだ。

 はずなのに、不安になってきた。よく考えたら、塚谷は、顔見知りどころか全く知らなかったと思われる健二さんに、会えるのだろうか。強引に突撃して問題になるかもしれない。塚谷のあの性格を知っていながら、僕は大変な事を頼んだと今さらながら気づいた。やはり完全には平常心を取り戻していなかったのだ。

 いや、塚谷なら……塚谷を信じよう。今の僕があるのは、塚谷のおかげなのだから。そして、もう済んだ事をいつまでくよくよ考えるのは、やめにしよう。塚谷と話したからなのか、いくらかすっきりしてきた。それだけで、電話をした甲斐があったというものだろう。

 さあ、僕の大好きなバスが待っている。いつものように安全運転で走らせるとしよう。

 気を取り直せた僕が駅のバス乗り場にバスをつけると、よく乗ってくれる愛想のいいおばあちゃんが乗ってきた。神様は僕を見捨ててなどいなかったのだ。健二さんに秘密を知られた時は、もしかしたら……もしかしたらだけど、神様に八つ当たりをしたかもしれない事を謝らせてください。そして、おばあちゃん、ありがとう。おばあちゃんの笑顔が僕をリラックスさせてくれて、これでいつも通りの安全運転をできると確信しました。おばあちゃん、快適に目的地に送り届けてあげるからね。

 心の中で、おばあちゃんとついでに神様にも、僕はお礼を言った。さあ、出発進行。

 やはり幸運の女神だったのか、おばあちゃんが降りるまでは、気持ちいいほど順調にバスを運転できた。降りるまでは……。いなくなるとすぐに、不運が重なったのだ。そのバス停からバスを発車させようと合図しているのにもかかわらず、乗用車に邪魔をされてなかなか動けないことから始まる。やっと出たはいいけど、しばらく走っていると、強引に前に割り込んできた乗用車のせいで急ブレーキに近い強めのブレーキでお客さんを驚かせてしまう。挙句の果てには、バス停近くの駐車違反車両のせいで、乗る予定で待っていたお客さんを危うく見落としそうになってしまった。そういう事は、はっきり言って日常茶飯事だ。なのに、今日の僕には拷問のように感じられた。

 僕は無事に終点にたどり着けるのだろうか。他力本願でも何でもいいから、僕は藁にもすがる思いに傾いた。そう、図々しくも、先ほどのおばあちゃんの再登場を、神様にお願いしたのだ。だけど、全く受け入れてもらえなかったようだ。あのおばあちゃんもこの神様も、そこまでは暇ではないということなのだろう。

 だからといって、ここで投げ出して帰るなんてとんでもない。どのような仕事でも、良い事悪い事がある。そう自分に言い聞かせながら、バスを走らせ続けた。結果、僕は一段ステージが上がったようだ。バス運転士としても人としても。

 そして、言うまでもなく今日も無事に気持ちよく、バス運転士としての仕事は終わった。終わってみれば、事故やトラブルのない、いい意味でいつも通りだ。達成感だけは、いつもとは比にならないくらいに大きいが。さらに、ランナーズハイのようなドライバーズハイという言葉があるのかないのかどちらでも構わないが、爽快感までがおまけとして付いてきていた。

 ただ、バスの仕事は終わったが、今日の僕にはやらなければならない事が残されていた。全然気にしていなかったと言えば、大噓つきと呼ばれるのだろうか。まずは、携帯電話を確認してみる。塚谷の名前が飛び出してきそうなほどに主張していた。といっても、敏腕マネージャーの片鱗なのか、2回も3回もかけてきているわけではない。結果を出して来たから、仕事が終わり次第電話をしてほしいということだ。

 僕には珍しく良いように考えたのは、ドライバーズハイがあったのだろうか。朝同様に本来なら仕事の電話をするべきではないのだろうけど、結果を聞きたくて電話をした。もちろんと言っていいだろう、ワンコール以内に、塚谷は出る。僕が話す前に塚谷が話すのは目に見えているので、何も言わず携帯電話を耳に当てた。

「ひろしさーん、聞いてくださいよ。撮影所のスタジオには、簡単に顔パスで入れたんです。私、かわいいし人気者だから、当たり前ですよね。だけど、私は芸能人ではないのに、警備員さんは私のサインが欲しいとか言うんですよ。あんまり邪険に扱うのもかわいそうだから、サインしてあげましたけどね。ひろしさんと一緒の時はサインしてなんて言ってこないのに、私が一人になるところを狙ってたんですよ。まあ、それはいいとして、入ってからが大変だったんです。健二さんとやらの楽屋を見つけるまでは、簡単で何の障害もなく順調でした。その楽屋の前に2、3人の関係者らしき人がいたから、おはようございまーすってきちんと丁寧に挨拶して入ろうとしたところから、躓いたんです。私がドアノブを持つか持たないかで、なんと、その関係者らしき人が恐い顔をして私の腕を掴んだんですよ。セクハラとかパワハラだとか騒いでもよかったんですけど、ひろしさんに迷惑がかかるじゃないですか。だから、優しく振りほどこうとしたら、私の裏拳が軽くヒットしちゃって……。わざとじゃないのに、その人が怒るんですよね。私は相手している暇がないので、健二さんに用があるんですとまたまた優しく説明してあげたのに、何が気に入らないのか、部外者は通さないとか言って意地悪するんです。それで、ちょっと……ちょっとだけですよ、私は頭にきてしまったのかな。さり気なく、その人の足を踏んで泣く泣く退散した……フリをしました。隠れて楽屋を見張ってると、健二さんらしき人が出てきたから、見つからないように尾行を始めたのに、ものの1秒で見つけられたんですよ。あの関係者は只者ではないですね。まるで殺し屋のような目で、私を睨んたし。そんな訳で、健二さんには口止めできませんでした」

 明日、その関係者の人には僕から謝ろう。

「そっか。わざわざありがとうね」

「そんな。私とひろしさんの仲じゃないですか。私なんて、何も気にしてないですよ」

 少しは気にしてほしかった所もあったけど、塚谷は僕のためにしてくれたのだから、大目に見よう。うん、塚谷は悪くない。そもそもの原因は僕なのだから。

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