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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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暗転

 昨日はずっと二階ばかりに乗ったのもあり、今日はとりあえず一階からの車窓を楽しもうと決めていた。なので、ディレクターが一階の後ろの席に出演者みんなを誘導する。一階では、幸か不幸か僕たちが一番乗りだったようで、思い通りの撮影ができそうだ。

 ディレクターの考えに寄り添ったところで、ぎりぎり間に合った3人が何やら大声で叫ぶのが聞こえた。かと思ったら、低く鈍い音と何か大きなものが落ちたような音が聞こえてきた。反射的にそちらに目を向ける。本物であろう銃を持った3人組がいる。その足元には、二人の僕たちの大事なカメラマンが倒れていた。まるで映画の中の世界だ。

 あまりの衝撃に、すぐには理解できない。それでも、茶番ではないのは、はっきりと分かった。二人のカメラマンが心配だ。だけど、凶悪な3人組が銃を手に威嚇しているので、駆け寄ることもできない。誰一人として何一つ言葉を発することもできないほどだ。

 そんな恐怖が渦巻いているというのに、動けない僕と違って、イギリスの勇敢なバス運転士が3人組の一人に飛び掛かった。さあ一人撃退だと誰もが思った正にその時、一発の銃声が轟く。彼は力なくお腹を押さえゆっくりと崩れていくだけだ。最後の最後に、自分が一番苦しいはずなのに、僕たち乗客に向かって「ソーリー」と言って床にひれ伏し動かなくなってしまった。

 バス運転士の血で血まみれになっている一人が、他の二人から何か非難されている。血まみれの一人は謝るでもなく何か言い訳をしているだけだ。おそらく、彼らの計画が大幅に狂ってしまった事に対してだろう。倒れたイギリスバス運転士には目もくれないので、銃の発泡に関してはさほど気にしていないようだった。

 これで、少なくとも二つの悪い事が確定してしまった。一つは、銃が本物だあること。もう一つは、彼らは銃の使用に何ら躊躇いがないことだ。知らないよりは知って良かったのかもしれない。だからといって、この場が好転する策が思い浮かびはしないが。なので、彼らの注意力が散漫になっているとはいえ、今現在の僕たちができる事は、じっと動かないで大人しくするのをさらに徹底するだけだった。

 しかし、彼らにしても、銃を発泡したこととは別に何らかの手違いがあったようだ。なんとなく僕たちを威嚇ながら、発泡した一人を責めるでもなく話し続けている。英語が堪能なカメラマンの一人が、気を失わされていなければ、彼らが困っている理由が分かったのだろう。もしかすると、この危機を脱するきっかけを見つけられたのかもしれない。

 そういえば、塚谷だってエリザベスと普通に会話していた。エリザベスがあえて聞きやすく話していたのもあるだろう。彼らのネイティブイングリッシュをどこまで理解しているかは不明瞭だけど、聞いてみて、可はあっても不可はない。

「美樹、彼らは何で揉めてるか分かる?」

「断定はできないですけど、あの人たちは、このバスを運転できる人がいなくなって困ってるようですよ」

「そうなんだ……。美樹、危険な目に合わせるけど、僕に協力して通訳してくれないかな?」

「そんなのやるに決まってるじゃないですか。それに、ひろしさんがいれば、危険なんてありません」

 本来なら、あんなテロリストのようなバスジャックのような凶悪犯と交渉なんてしたくない。だけど、大事な仲間の命に比べれば、信念なんてちっぽけな存在なのだ。まして僕には術がある。

 僕は塚谷をすぐ後ろに従えて、テロリストと呼んで差し支えないだろう相手に近づいていった。塚谷がそばにいるからなのか、不思議と全く怖くない。とはいえ、テロリストたちの凶弾の的に塚谷にだけはなってほしくないので、僕の後ろから絶対に出ないように念を押す。

 そして、とうとう僕はテロリストたちと対峙した。テロリストは明らかに警戒を高め銃口を僕に向けたが、話は聞くようだ。僕がどう見ても強そうな人に見えないのが功を奏したのかもしれない。

「ケガしている人を全員、すぐに降ろしてくれるなら、僕がバスを運転するよ」

 塚谷なら、きっと僕の意図を上手く通訳してくれたに違いない。とは思ったが、テロリストは即答しなかった。テロリストの立場からしたら、当たり前の言葉が返ってきただけだ。

「何を言ってるんだ?」

 これだけだと、塚谷の英語が伝わってないのか、僕の発言が信用できないのかが分からない。ここは突き進むのみだろう。僕に対して発砲する気はないようで、銃口を下に向けたのもあるし。

「僕は日本のバス運転士だから、バスを運転できる」

「何がスーパーバス運転士だ。そんなこと、わざわざ自分で言うか」

 塚谷は僕を必要以上に優秀に言ったようだ。こんな時にこんな余裕のある塚谷は素敵だけど、もしかしたらテロリストたちには逆効果だったのだろうか。少なくとも僕の伝えたかった事は通じているようなので続けよう。一刻の猶予もないのだ。

「その3人のケガ人をすぐにバスから降ろしてくれるなら、僕はお前たちの思い通りにバスを運転してあげるよ」

 はっきり言って、賭けのようなものだ。テロリストたちにしたら、人質を盾に無理やりバスを運転させる選択もあるのだ。そしてそれを選ばれると、僕はお手上げだ。このバスに乗っている誰が人質になろうとも、僕はテロリストたちの言いなりになるしかない。

 ただ、人質は大勢いる。この3人のケガ人を降ろしても降ろさなくても、警察が事件を知るのは時間の問題だし。それくらいはテロリストだって理解しているはずだ。それに、この瀕死のイギリスのバス運転士を今すぐにでも病院に連れていかないと、命に関わるのは明白なのだ。テロリストたちに自爆する気がないのなら、捕まった時のために少しでも罪が軽くなる方がいいに決まっている。

 そもそも、こんな大胆な犯行に及んでおいて、逃げ切れる算段なんて持っているのだろうか。僕の意見に耳を貸さなかったなら、テロリストたちは逃げ切る気がない、ひいては自爆も選択にあるということになるのかもしれない。もちろん、僕たちも道連れだ。

 ただ、小さいながらも希望がある。テロリストたちがどう見ても考えてくれているのだ。もしかしたら僕に深い考えがあるのか勘ぐっているのかもしれないが。だけど、そういう意味では残念なことに、僕は先のことまでは考えていない。考える余裕がないとも言える。

 ギブアンドテイクがテロリスト相手に成立するのか疑わしいというのが本音だ。人によっては、僕のやり方を非難するのかもしれない。だけど、今の僕の中の優先順位は、信念でも誇りでも何でもない。目の前のケガ人や風前の灯になっている命を救うためなら、悪魔とだって契約するのだ。

「本当なのか? 本当に自分の手足のようにバスを操れる、日本が誇る日本一のスーパーバス運転士なのか?」

 なんだかどんどん出世させられているが、ここで否定はおろか謙遜すらできるわけがない。そして、質問してきたということは、希望が叶えられる可能性が高まってきたということだ。

「ああ。お前たちの言う通りにバスを走らせることができる」本当は「それとも、僕以外にこのバスを動かせる奴がいるのか?」と、ここまで言いたかったが、下手に相手を挑発して怒らせるべきではないのだろう。

「よし、お前の望み通りに、この3人をすぐに降ろしてやる。だけど、お前たちの誰も動くなよ」

「分かった。降ろすだけじゃなく、救急車も呼んでくれよ」

「ああ、もちろんだ。今のところは、まだ人殺しにはなりたくないからな」

 これでひとまず当初の目的は達せられたが、おそらくこれからがすごく大変になる。テロリストたちが救急車を呼ぶということは、警察に知られることをやはり全く気にしていないのだ。はっきりと分かった。

 ということは、僕たち人質を簡単に解放する気もないのだろう。人質がいれば、警察は手を出しづらいのだから。だけど、分からない。はたしてテロリストたちは何のために、このような無謀で大胆な犯行に及んでいるのだろうか。

 一つ分かったこともある。希望と言ってもいいくらいだ。ケガ人を降ろすということは、このバスでどこかに突っ込むような自爆テロを考えてはいない。だからって、困難な状況にはかわりないのだけれど。

 ここからは慎重に行動しよう。すぐに駆けつけてくれるであろう警察を信用して、テロリストたちには歯向かわないに越したことはない。これ以上のケガ人は出させないためにも。

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