どんどん楽しくなるイギリス旅行
「エリザベス、疲れてない?」
「全然。ミキが一緒に歩いてくれたのもあるけど、こう見えて私は丈夫なのよ。だから、年寄り扱いしないでね。でも、気にかけてくれてありがとう。ヒロシは優しいのね」
「別にそんな……そうかなあ。僕の周りにいる人が、みんな素敵だからかな」
僕が優しいのかどうかは、謙遜ではなくて、自信がなかった。だけど、僕の周りにいる人が素敵なのは普通に事実だ。
「あら、もうバスが来たわよ。あのバスはどこに行くのかしらね。バスに乗ったら、お昼ごはんの相談をしましょうよ。いいでしょ?」
「そうだね。エリザベスは、美味しいレストランにも詳しいの?」
「ごめんなさい。私が詳しいのは、ドーナツ屋さんだけなの。でも、食べたいものが決まれば、バスに乗っている他のお客さんにおすすめのお店を聞いてあげられるわよ」
他のお客さんに聞くだけなら、僕たちだけでもできる。だけど、エリザベスがせっかく言ってくれているので、お言葉に甘えた方がいいのだろう。それはそうと、美味しいレストランは全く知らないのに、イギリス中の美味しいドーナツ屋さんを知っているなんて、なんて面白いおばあさんなのだろうか。
エリザベスとの出会いは、僕たちにとってかけがえのないもになるような気がする。今のところは、根拠と言えるものはないが。わざわざ理由を上げていく必要もないだろう。
そこからは、お昼ごはんを食べるためだけにバスを降りただけで、思い描いていた通りにほぼ一日中バスに乗っていた。そんなだから、僕は、非常に気分が良かった。良くも悪くも、頭の片隅に番組だとは残っていたが。
おそらく、撮れ高はなくもない。そのうえ、まだ大きなイベントが残っている。そう、泊まる所を見つけるという重要な任務だ。駅の周辺で探すのが妥当だろうか。それは面白みがないような気がする。独断で決めるのは好きではないし、番組的に面白くしたい気持ちがないわけではない僕は、みんなに相談することにした。
一日を振り返ってみると、バスに乗ってばっかりで、街の散策は蔑ろにしたかもしれない。反省してもないし、まあその、一応仕事なのだから、結果も残さないといけないのだろう。本日の終盤になって、やっと気づいたというか思い出したようだ。
相談した結果、美味しそうなレストランで晩ごはんを食べて、その周辺で泊まる所を探そうとなった。美味しそうなレストランは、バスの車窓から見て判断するので、必ずしも当たるわけではないが、それも旅の醍醐味と捉えよう。
すると、街の中心部とはかけ離れた場所で、言葉では説明できないインスピレーションのみで美味しいと思えるレストランが目に入った。奇跡的なのは、みんなの意見が一致したとこだろう。迷うことなく次のバス停で降り、期待と不安を膨らませながらレストランへ向かう。不安はレストランに対してではない。美味しいに決まっているのだ。根拠はないが、誰一人として疑わない。
不安というのは、この辺りにホテルらしきものがあるようには思えなかったことだ。晩ごはんを食べたはいいけど、泊まるところが見つからない状況に陥らないだろうか。
テレビ番組なのだから、少々のアクシデントやトラブルは許容できる。むしろ好材料だ。だけど、泊まる所を探し彷徨うように夜通し歩き続けるなんて、問題外だ。そんな心配をしながら晩ごはんを食べても、美味しくないだろう。
と、考えている間に、レストランに着いてしまった。すると、心配していたのが全くの無意味となってしまう。もちろん嬉しい方でだ。結果として、レストランの決め方が良かったのだ。調子が良い時は、すべてが上手く運ぶということなのだろう。
順を追って話すと、せっかく来たのだから、まずは食べようとなるのは、ごくごく当たり前の意見だ。そこで、期待なんて全くしないで、世間話のつもりで、この辺りにホテルがないか店員さんに聞いてみた。待ってましたかのように、「ある」と即答だ。さらに嬉しいことに、その場ですぐに、部屋が空いてるか聞いてくれ、ものの数秒で僕たちは幸運を手に入れた。
キリスト教ではないが、自然とそれらしく神に感謝した僕は、相当テンションが上がっていたのだろう。人生で初めて聞いた名前の料理を、ただの興味本位だけで追加で注文してしまう。イギリス人のエリザベスですら知らなかったようで、なんとも言えない目で僕を凝視だ。ちなみに、エリザベス以外のみんなは、僕に冷たい視線を浴びている。なのに、ただただ楽しいだけだった。
最初に注文した料理をみんなが美味しく食べていると、しばらくして、僕が追加で注文した珍しい料理が、当たり前に僕の前に運ばれてきた。高めのテンションを引きずりながらも、恐る恐る口にする。自然に「おいしー」と出てしまったのが、まずかった。
それを合図とばかりに、あんなに蔑んだ目で見ていたみんなが、この珍しい料理を略奪したのだ。僕は二口目を口にする隙がない。それほどの早業で。言うまでもなく、エリザベスもだ。そんな憂き目にあったからって、テンションが下がるわけもない。逆に、さらに楽しくなっただけだ。どうやら楽しさに上限はないようだ。
楽しい晩ごはんを終え、楽しい気分そのままに、教えてもらったホテルに僕たちは張り切って行った。ホテルというよりは宿屋という感じだ。豪華とはかけ離れているが、なんとも言えない良い味がある。着いてから知ったのだけれど、あの教えてくれたレストランの店員さんのご両親が営んでいるのだ。
素敵なレストランを見つけたことによって、素敵な店員さんに出会い、素敵な料理に出会い、素敵なホテルにたどり着けたのだ。こんな素敵なのに空きがあったのは、ただ単に立地条件が悪いのだろう。それしか理由が思い浮かばない。僕たちも嬉しかったが、ホテルの方も喜んでくれたようだ。やはり幸せは伝染するのだ。建物の雰囲気良し、部屋の雰囲気良し、ベッドは快適、そして何よりも気分が最高だったので、僕は気持ちよく速攻で眠れた。
僕史上最高と呼べるほどの良い気分で目覚め、名残惜しさを残しつつも、ホテルを後にした。2日目も、もちろんバス停探しから始まる。探すと言っても、僕の歩く先には必ずバス停が現れると信じている。理由も根拠もないが、そんなもの必要ない。ただ一つ言えるのは、今まで生きてきてバスに裏切られたためしがないのだ。それは、たぶんリカさんもそうだと思う。
僕とリカさんの二人が先導して、当たり前にバス停に向かって、お情け程度に観光を楽しんでいた。その後ろを、健二さん親子が観光を精一杯楽しみながら、僕たちに追随している。さらにその後ろから、カメラに映ろうが映らなかろうが全く気にしないドーナツ大好き二人組が、ただ会話を楽しみながらついてくる。そんな少し歪な二列縦隊で、一応出演者たちは、ロンドンの街を行進していた。
そして、予想通りというか当たり前というか、僕の目の前にバス停が現れる。それを見ると安心したが、これでやっとバスに乗れるという安心感ではなく、外国の初めて来る所の初めて観るバス停にもかかわらず、まるで我が家に帰ってきたかのような温もりを感じて安心していたのだ。
時刻表を見ると、あと5分くらいでバスが来そうだ。僕たち以外に待っている人はいない。通勤時間のピークも終わり、有名観光地というわけでもないからだろうか。それでも、他人事とは思えなくて、少し寂しかった。
そういうことだから、バスは定刻にやって来た。まずカメラマン兼ディレクターが乗る。次に、僕たち出演者と紛れてドーナツ大好き二人組が乗る。番組制作の関係か、一人のカメラマンは僕たちのすぐ後ろから乗ると、少しだけ時間をずらせて最後にもう一人のカメラマンが乗った。
これでバスが出発すると思いきや、地元風の男性3人が、手を振りながら走ってきた。もちろん再度ドアは開かれ、無事に乗車だ。関係ないのに、間に合って良かったと思うのは、バスの乗客の全員の意見だろう。




