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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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エリザベスおばあさん

「もし、もしもだけど、おばあさんが一緒に来ることになったら、費用は誰が負担するんですか?」

「もちろん『名バス運転士ホームズ』の監督チームですよ」

「即答じゃないですか」

 あまりの潔さに、非難するどころではなく、見事だと思ってしまった。良い意味で、この神経の図太さが羨ましくもある。こうでないと人気番組のディレクターなんてやってられないのだろう。とはいえ、ディレクターにも言い分があるらしい。

「そうだけど、これには理由があるんですよ」

「理由? 聞いてもいいですか?」

「そうですね……。別に口止めされてるわけじゃないから、いいかな。この『路線バスに乗って一人旅』の特別版の話が塚谷さんから提案された時は、すごく嬉しくて即採用を決めたんです。みなさんがノーギャラで出てくれるからではなくて、こんな人気者たちが一堂に会して何気ないバス旅をイギリスを舞台に繰り広げるなんて、はっきり言ってお金がいくらかかってもいいと思いましたよ。それで、監督に話したんです。『路線バスに乗って一人旅』の制作費は、私どもが全額負担します、と。それが当たり前なんだし、スポンサーも喜んでお金を出してくれるだけのものができる自信もありましたしね。だけど、監督が、このイギリスでひろしさんが関わる仕事で必要になるお金はすべて負担すると、強制的というか脅しと言ってもいいくらいの感じで言われたんです。だから、僕たちの必要経費までも負担してもらってるんですよ」

 思っていたのと違う答えが返ってきたが、ディレクターにも一般常識があるということだ。それはそれで安心した。ただ、神経が図太いを訂正する気はない。ここまで見てきた限りでは実際にそうだし、そう思っていた方が、神経質な僕にとっては、すごく仕事がやりやすい。お世辞でもなんでもなくて、いわゆる昔から知っていたかのような感覚で付き合えるのだ。遠慮なくなんでも言える間柄だと思う。

「そうだったんですか。ということは、今回の『路線バスに乗って一人旅』では、一銭もお金を使ってないんですか?」

「はい。強いて言えば、自分たちの個人的なお土産代は自己負担ですけど、それくらいですね」

「どうして監督は、そこまでしてくれるんですか? 前回、番組内でドラマの告知をさせてもらったのを、恩義に感じてるとかではないですよね?」

「はい。番組内告知なんて、出演してくれるみなさんがやっていることだし。例えそうだとしても、今回負担してもらっている額とは釣り合わないですよ」

「そうですよね。実は、監督は番組の個人スポンサー……なわけないですよね?」

「ま、まさか、そんなわけないじゃないですか。さっきも言ったように、ひろしさんが関わってるからですよ。監督との話で最後に言われたことがあるんです。ひろしさんの好きなようにやりたいようにしてもらえれば、あの事件の後に失くした元気が戻ってきて、きっと面白いものができるからと。そして、そうなると、今度は映画の時にも最高のひろしさんを見せてくれるんだと。俳優としてももちろん最高だけど、バスを運転している俳優のひろしさんは、オーラが出ていたのがはっきり見えたと言ってましたよ」

「監督がそんなことを……」

「はい。だから、僕に確認しなくても、ひろしさんは自分がしたいと思った事を、どんどんやってくださいね」

 監督が僕のことをそこまでかってくれてるなんて、想像していなかった。せいぜいバスを運転できる俳優という稀有な存在ということで、監督が長年温め続けてきた『名バス運転士ホームズ』に使ってもらえたとばかり思っていたところもある。

 たった今、元気が少し回復したのが分かった。と同時に、僕はまだまだ元気ではなかったことを知った。それを監督は見抜いていた。そして、リカさんも見抜いていた。ひなちゃんも見抜いていた。健二さんは口にこそ出していないが、おそらく見抜いていたと思う。

 全く元気がない状態から少し元気がない状態になるまで、たくさんの元気をくれた張本人が、僕の前でおばあさんの携帯電話でとても楽しそうに話しているのを見て、旅の同行者が一人増えたことを理解した。まだ序の口でこれといって何もしていないのに、監督の予想を裏切り、僕の元気は早くも満タンになってしまった。自分でも実感できたが、健二さんひなちゃんリカさんの目も、僕が元気になったと言ってくれているのが手に取るように分かる。

「はい、みなさん、紹介しますね。私たちのドーナツ先生でもある、エリザベスです。エリザベス、あの人がリカで、その人がケンジ、その子がヒナ、この人がヒロシです」

「ミキの恋人はヒロシって言うのね」

「エ・リ・ザ・ベ・スゥ」

 今度は、さっきよりもさらに強く、さらに顔を真っ赤にして塚谷がエリザベスを叩いているが、エリザベスは大笑いだ。いったい何があったのだろうか。触れないのが無難だろう。

「美樹、一応確認だけど、エリザベスと家族の人の承諾を得たんだよね?」

「はい。エリザベス本人はもちろん、エリザベスの旦那さんも喜んで賛成してくれましたよ。泊まるホテルが分かったら、必要なものを持ってきてくれるそうです。素敵な旦那さんですよね」

 素敵と言えば素敵なのだろうけど、この夫婦共々変わり者かもしくは相当な大物なのかもしれない。それとも、すべてのイギリス人が、エリザベス夫妻のような能天気というかおおらかなのだろうか。もしそうなら、この旅が終わりに近づく頃にはものすごい大所帯になっている可能性もあるが、それはそれで楽しそうな気がする

 そしてふと思ったのは、自分で言うのもなんだけど、僕たちのような有名人がいるのに、会う人会う人が余計な干渉をしてこないのだ。まして、エリザベスのようにフレンドリーに接してくれるのは、日本では考えられないので新鮮だった。エリザベスがフレンドリーだからか、僕も自然にフレンドリーになっていたようだ。

「エリザベスは、どこか行く所があったんじゃないの?」

「特にないわよお。どうして?」

「どうしてって……。それなら、どうしてバスに乗ってきたの?」

「今日は良い天気だったから、お散歩していたの。すると、バス停があるじゃない。そうなると、バスに乗りたくなるものでしょ? すると、すぐにバスが来たのよ。それで、ふと二階を眺めると、かわいらしいお嬢さんと目が合ったの。仲良くなれたらいいなあと無性に思ったら、なんと、わざわざお迎えに来てくれたのよね。美樹が」

「なるほどね」

 非常に理路整然とした説明にしっくりとしたのは、僕だけだろうか。気になり周りを見ると、健二さん親子は夢中で話しているし、リカさんは相変わらず楽しそうにしているだけだった。めいめいが自由にしているのは全然かまわないが、エリザベスの合流に気づいているのだろうか。気づいていようがいまいが、良い意味で気にしない面々だから、間違ってもトラブルは起きないだろうけど。

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