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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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名バス運転士ホームズに引退はない

 僕と塚谷が見つめ合ったちょうどその時、警察の会見が終わって、僕は記者会見の場に呼ばれた。もちろん塚谷には付いてきてもらう。そして速やかに会見は始まった。

 人生初めての記者会見というのもあり、僕からわざわざ言うような事が全く思い浮かばない。なので、簡単な挨拶を済ませると、すぐに質疑応答に入ることにした。塚谷も賛同とまではいかないが、納得はしてくれているようだ。僕の心情を知ってか知らずか、マスコミの人たちは待ってましたとばかりに聞いてくる。

「えー、それでは、山田ひろしさんに質問させてもらいます。私たち記者も含め世間の人たちが気になっている事はいっぱいありますけど、一番最初にどうしても確認しておかないといけない事があります。山田ひろしさんがバスを運転しているのを見て、もしかしたら誘拐犯の共犯者でテロリストなのではという疑惑がありますけど、本当のところはどうなんですか?」

「本当の事を話したら、僕は警察に捕まるじゃないですか」

 まるで僕以外には誰もいないかのように静まり返った。さらに、寒気も感じる。取り繕ってくれるはずの塚谷までもが、マスコミ側と同じような冷たい視線を僕に浴びせている。僕は速攻で言い訳をした。

「あれ? 冗談です、冗談ですよ。そんな目で見ないでください。あなたも冗談で僕に聞いてるのかと思って。だって、もしちょっとでも怪しかったなら、少なくとも容疑者にはなってるでしょ。……分かりました。私、山田ひろしはテロリストではございません。これでいいですか?」

 塚谷が笑いを堪えているのが手に取るように分かる。マスコミの人たちは若干腹立たしく思っているように、僕には感じた。気のせいかもしれないが、ここからは冗談は抜きにして真面目に話そう。

「それでは、どうしてバスを運転していたのですか? まさか『名バス運転士ホームズ』の撮影ではないと思いますけど」

「そうですね。撮影ではなく、バス運転士の仕事として運転してました」

「あの、もう少し詳しくお願いします」

「あのバス会社で週に2、3回バス運転士として働いてるんです。といっても、今日で辞めることになりましたけど」

「すみません、ちょっと理解できないです。役者の仕事だけで十分生活できるだけの収入がありますよね? なぜそんなことをしてるのですか?」

「それは、バスが好きだから……それだけかな」


 ひなちゃんの誘拐事件から一日二日と過ぎていき落ち着いてくると、自分がバス運転士ではなくなった実感が僕の心に穴を開け、それが一日二日と過ぎていくごとに小さくなるどころか大きくなるだけだった。路線バスを運転していたのは夢だったんだと自分で自分を慰めようとするが、例え夢だったとしてもあまりに楽しかったので効果はない。塚谷が1年もすれば新しく別のバス会社を探してあげると言っていたことすら、そんな簡単に事が運ぶのか疑心暗鬼に陥るほど精神的に参っていき、一週間が過ぎようとしている。

 まさかわずか一週間で、バス運転士『山田広志』があってこそ『山田ひろし』が生きていたことに気づかされるとは思いもよらなかった。あの事件直後は、興奮していたのか勢いだったのか、いくらでもどんな仕事でもすると言っていたのに。

 こんな状態で、芝居をはじめそれに付随する仕事及び今が旬の『山田ひろし』の名を活かしたテレビ番組に臨んで、みんなの期待に応えられる仕事ができるのか不安しかない。

 かといって、何もしないでいると俳優としてだけではなく人間としてだめになるかもと恐怖すら感じ始めていた時に、久しぶりに塚谷から電話がかかってきた。

「もしもーし、ひろしさん、まだ生きてますかー?」

 冗談交じりなのは分かっているけど、核心を突くような事を言われて一瞬ドキッとした。だけど、逆に元気になれたのが不思議だ。もしかしたら、バス運転士以上に塚谷の存在が大きいのだろうか。

「生きてるに決まってるでしょ」

「冗談じゃないですか。でも、一週間も私に連絡をよこさないなんて、何をしてたんですか?」

 そう言えば、塚谷と話すのはあの事件以来だと思って、気がついた。塚谷がいれば、何も怖くないと。

「一週間は、あっという間だね。あっちの家を引き払うために荷物をまとめたり掃除をしたりしてたら、いつの間にか時間が経ってたみたい。美樹だって、連絡してきてくれたらよかったのに、何をしてたの?」

「私は、自由なひろしさんと違って会社員なんですよ。毎日忙しく働いていたに決まってるじゃないですか。なぜだか私にだけ、まるで親の仇かというくらいに事務仕事が溜まってたんだから。それに、用もないのに、ひろしさんに電話するのは気が引けるというか……」

 自由な僕に合わせて行動しているうちに事務仕事がどんどん溜まっていたのかと思うと、少し申し訳なく感じた。それでも、電話の一つくらいはできると……。それすら躊躇するなんて、僕は周囲から見ても落ち込んでいるのが丸わかりだったのだろう。塚谷が僕に対して遠慮するなんてよっぽどだ。

「心配かけてごめんね。正直言って、さっきまでは落ち込んでいたんだよ。だけど、美樹の声を聞いたら元気がみなぎってきたみたい。今は完全にあっちの家を引き払って東京にいるから、いつでもどんな仕事でも喜んでするよ」

「何気にひろしさんは私を喜ばせてくれますね。なので、私もひろしさんを喜ばせてあげますね。なんと、『名バス運転士ホームズ』の映画版が決まりましたよ。もちろん出ますよね?」

 塚谷は事務仕事が忙しかったとかなんとか言ってたけど、もしかしたらこの映画のために計り知れない努力をしていたのだろうか。きっと、そうだ。だからこそ、一週間も僕に連絡してこなかった。確定するまでは途中経過はおろか、進行中だとも言いたくなかったのだ。僕を無駄に期待をさせたくないから。

 監督にしたって、確か、珍しくスランプに陥っていたはず。だけど、映画版が決まったということは、それなりの自信があるのだろう。監督がいい加減な作品を作るはずがないのだ。いや、監督は名作しか作らない。スランプを完全に脱したということだ。

 バスを運転できなくて落ち込んでいた自分が恥ずかしくなったが、今はネガティブを満喫する時ではない。努力してでもポジティブにならないと。と思った時点で、僕はもう前しか見ていなかった。

「美樹……僕って、世界一の幸せ者だよ」

「そ、そうなんですか。では、OKということでいいんですね?」

「もちろんだよ。撮影はいつからなの?」

「そ、それが……。ひろしさんはパスポートを持ってますよね?」

「え? パスポート? 車の大型自動車免許じゃなくて?」

「はい、パスポートです。イギリスに行くんだから必要でしょ?」

「い、い、い、いぎりす? あのイギリスだよね? どういうこと? なんでそうなったの?」

「私、一度イギリスに行ってみたかったんですよね。ひろしさんも、イギリスのあの有名な赤い二階建てバスを運転してみたいだろうと思って。なので、それとなく監督に言ったら、二つ返事で決まりましたよ」

 監督がすごいのか、塚谷がすごいのか。いや、そもそも、そんな簡単に決まるのだろうか。それに、どのような展開になるのか全く想像できない。だからって、ポジティブな僕には、反対はもちろん疑問を抱く必要すらないのだ。

 まずは、イギリスへの第一歩だ。

「じゃあ、足りないのは僕のパスポートだけみたいだから、明日の朝一番で申請に行ってくるよ」

「良かったです」

「いやいや、僕にできることは、それくらいなんだから」

「いえ、そうじゃなくて……。実は私もパスポートを持ってなくて。私だけが置いてけぼりを喰らうのかと気が気でなかったんです。だけど、主役のひろしさんがいないことには始まらないので。明日、一緒に申請に行きましょうね」

「そ、そうだね。それと……まさかとは思うけど、脚本ができてるってことはないよね? この話が決まったのは最近だもんね」

「さあ、どうなんでしょう。監督は3日もあれば十分とか、時間をかければいいってもんじゃないとか言ってましたけど。それに、キャストも、ほぼドラマの時のメンバーでいくらしいです」

 ということは、脚本とまではいかなくとも、監督の頭の中では作品が完成したのだろう。つい最近までスランプだったはずなのに。おそらくで根拠もないし具体的にどう貢献したかは分からないが、塚谷のおかげだ。

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