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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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山田広志は山田ひろし

 僕は、誘拐犯の要求通りに、バスを止めた。誘拐犯もひなちゃんも立っているので、ゆっくり丁寧に。対象的に前を走っていたマスコミ車は、急ブレーキで止まった。意表を突かれたのだろう。それでも、急ブレーキは感心できないが。

 当たり前だけど、バスとマスコミ車の間には他に車がいなかったので、事故にはならなくて良かった。例え自分が関係なくても事故は見たくない。それはさておき、マスコミ車は、わざわざバスのすぐ前までバックしてきた。かと思うと、カメラマンと車を運転していたであろう人が降りてくる。明らかに僕の手助けをするためではない。車を運転していたであろう人がリポーターとなって、撮影じゃなくて中継が始まった。

 ただ、それを警察がおとなしく見ているはずもなく、マスコミ車にほんの束の間遅れてバスを包囲した。警察車両の1台は強引にマスコミ車とバスの間にねじ込む。バスの右サイドと後方にはバスを取り囲むように数台止めて、10数人の警察官が続々と降りてくる。警察官はバスの左サイドを重点的に配置された。

 警察官がいきなり強引な方法で突入してこないとは思ったが、僕は黙っているわけにはいかなかった。ここまで来て無益な争いは、ある意味責任者の僕が防がないといけないのだ。

「誘拐犯は投降するつもりなので、早まったことや乱暴なことはしないでください。繰り返します。誘拐犯は自ら投降します。なので、冷静な判断をお願いします」

 僕はバスの外マイクを使って呼びかけた。すると、バスの前にいた一人の警察官が右手を上げたので、了解したということなのだろう。外見で判断するのは失礼かもしれないが、すごく信頼できそうな人だ。僕は再度、外マイクで話しかける。

「それでは、前の扉から犯人が降りていくので、待っていてください」と言ってから、僕は着ていた上着を誘拐犯に渡す。必要以上に見世物にはさせられない。映されるのは僕だけで十分だ。誘拐犯がその上着を頭から被って顔を隠してから、僕は扉を開けた。

「足元に注意して降りてください」と僕が言うと、誘拐犯は何も応えなかったが、泣いていたのかもしれない。きっと更生してくれるはずだ。「出所したら、絶対に相談に来てくれよ」と、健二さんなら本心で言うところだろうけど、まだまだ人として未熟な僕は黙って見送るしかなかった。

 先ほど手を上げて意思表示をしてくれた警察官が、約束通り、誘拐犯がバスから降りるまでじっと待ってくれていた。安全に誘拐犯が降りると、その手を掴み何か話しかけ、ゆっくりとパトカーに連れていく。あえてそこでは手錠をかけなかったのだろう。不運にもマスコミに晒されていたというのと、子どものひなちゃんに見せないように。

 安心したのも束の間、間髪を入れず、誘拐犯と入れ違いに別の警察官がバスに乗り込んできた。僕とひなちゃんを威圧させないようにと考えてくれたのか、乗ってきたのは一人だけだ。正直言って、気配りに感謝だ。無事だったとはいえ、まだ子供のひなちゃんにはトラウマになりかねない出来事だったのだから。ここからだけでも、あまり仰々しくしてほしくない。幸い乗ってきた警察官はすごく優しそうに見える。

「小林ひなちゃんだね? よく頑張ったね。ケガはしていない?」

「うん、大丈夫」

「それでも、一応、病院に行って検査をしてもらおうね」

「やだ。ひろしさんと一緒にいるもん」

「まいったなあ。というか、俳優の山田ひろしさんですよね? どういうことですか? まさかバスを盗んだんじゃないでしょうね?」

「僕のことを知ってるんですか?」

「それはもう。あのドラマのおかげで、家族の会話も増えましたよ。じゃなくて、どうしてバスを運転してるんですか?」

「このバス会社で働いてるんです。会社には、僕が俳優の『山田ひろし』というのは内緒にしてありますけど」

「そうなんですか? 何かいまいち信じられないですけど、詳しい話は後でまた聞かせてください。なのでまずは、このバスを警察署まで持っていってもらえますか? できますよね? いつまでもここに停めていては通行の邪魔になるので、現場検証は署に持っていってからにします。先導するのでパトカーについてきてください」

「分かりました。それと、ひなちゃんも乗せていっても構いませんよね?」

「致し方ないですね。無理やり降ろすと、今度は本官が誘拐犯だと思われかねないですし」

 そういう会話をしている間も、マスコミ関係者からずっとカメラで撮られていた。山田ひろしは、もう1時間以上も映されていることになる。先導車のパトカーについていってる間も、誘拐犯ではなく僕を撮ろうとしていたが、僕はすでに開き直っていたので全く気にならなかった。そのマスコミ関係者は独占スクープなので興奮が止まらなかっただろうけど。

 まあ後で知ったこととはいえ、この事件を最初に警察に通報してくれたのは彼らだったので、ちょうどいいお礼にはなったに違いない。ただ、独占スクープも警察署に着くまでだったけれども。警察署には数え切れないくらいのマスコミがすでに到着していたのだ。ヘリコプターまでもが上空を飛び回っていた。

 バスを指定された場所に停め、大勢の警察官に守られて、僕とひなちゃんは警察署の中に入っていった。すると、涙目の健二さんと大泣きしている塚谷が待っていた。東京にいるはずの二人が何故こんな所にいるのかというと、テレビ局のヘリコプターに便乗してきたのだ。

 まずは、テレビ局で仕事をしていた健二さんが、あのお手柄マスコミ関係者によって生放送されていたニュースを見た。それからすぐに、事務所で泣きべそをかきながら事務仕事を必死でこなしていた塚谷に、すぐにテレビ局に来るように指示をする。塚谷が来るまでの間に、取材に行く準備をしていたテレビ局の人に、なんとかもう二人連れていってくれるよう、健二さんが必死に頼み込んだ。ということらしい。

 一応補足として、塚谷が大泣きしているのは、事務仕事の辛さが尾を引いているのではない。僕とひなちゃんが無事に生還したからだ。

 子供ながらに、それまで気丈に振る舞っていたひなちゃんは、健二さんを見ると急に泣き出した。一目散に健二さんのもとへ走っていき抱きつく。さすがに僕は子供ではないので、ゆっくり進み出ると、塚谷も同じように進み労いのハグをしてくれた。

「私は観れなかったんですけど、大々的にテレビに出てたそうじゃないですか。路線バス運転士山田広志が」

「そうなんだ? 映してるのは分かってたけど、生放送だったんだね。ということは、遅かれ早かれではなくて、世間の人はもうすでに僕の正体を知ってるのかな」

「そうですね。ドラマの放送と勘違いしてくれた人を除けば、本物のバス運転士かテロリストだと思ってるでしょうね」

「て、てろりすと?」

「はい。テロリストがバスを強奪して共犯者と共にひなちゃんを誘拐した、と思う人もたくさんいるはずですよ。動機はひろしさんの秘密を知ったことへの復讐とかですかね」

「そんな風に言われたら信憑性があるような。じゃあ、一応記者会見を開いて、すべてを正直に話した方がいいかなあ?」

「そうですね。テロリストは冗談だとしても、今後のために記者会見は開くべきですね」

「なんだ、冗談か」

「当たり前じゃないですか。冗談でひろしさんの気分をほぐしてあげようとした、私の優しい心遣いですよ。まさか真に受けたんですか?」

「ま、ま、まさか。面白くない冗談に少しだけ乗っかってあげたんだよ。あっ、そうだ。事情聴取があるから、そろそろ行かないと」

「私も付いていきます。保護者として」

 ここで口答えをしたり逆らったりしても、時間の無駄になるだけだ。僕は大人しく塚谷の同席を許した。邪魔にはならないだろうと期待を込めて信じるしかない。がしかし、警察官に僕が何かを話すたびに、驚いたり相槌を打ったり笑ったり感動したりと、傍観者に徹する意思が全く見られない。途中であっさりと強制的に追い出されるのは、当然の成り行きだった。

 塚谷の訴えるような上目遣いも、真面目に仕事をしている警察官には全く通じない。肩を落としながら去って行く塚谷に、僕は思わず同情してしまったが、僕がどうこうできるものでもなかった。ただ、塚谷は心に秘めていた心配事だけは、どうしても聞きたかったようだ。

「ひろしさんをテロリストだと疑ってないですよね?」

 冗談だと言っておきながら、塚谷は気にしていたのだ。警察官は、そんな可能性を一切考慮に入れてなかったどころか、まさかそんな事を聞いてくるなんてと思ったのかもしれない。真顔で答えたかったのだろうけど、塚谷の豊かな感情表現が楽しくなってきたのもあって、とうとう相好を崩してしまう。気持ちは分かる。

 警察官は、すぐさま威厳を取り戻し「疑ってないので、安心して待っていてください」と、なんとか即答してくれた。警察官といえども人の子なので、やはり塚谷のことは好きになったのだろう。だけど、そこは職務を遂行しないといけない。優しく塚谷を部屋の外へ促す。

 塚谷がいなくなったことで、事情聴取は円滑に進んだ。物足りなさが多分にあったが。そして、また後日何かあれば聞きたいの言葉で、今日のところは解放された。ひとまず警察官からは。

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