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路線バス運転士俳優山田ひろしの常識  作者: バスバスキヨキヨ


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口止めを忘れる

「ひろし、お前……お前、ひろしだよな?」

「はい。いえ、それよりも、まさかこんな所で健二さんがバスに乗ってくるなんて、びっくりしましたよ」

「いやいやいや。驚いたのは、こっちだよ。最初は、なんとなく、ひろしに似たやつが運転しているなって感じだったけど……。声もそっくりというか、ひろしだったし。どうしても確かめたい衝動が先に出て、仕事の邪魔をして悪かったな。それでも、半信半疑というのが本音だったんだぞ。こんな所にひろしがいるだけでも変なのに、まさかバス運転士だなんて、嘘にしても下手すぎるだろ。でも、現実なんだよな?」

「そうですね。もう1年ほどになるんですけど、ここでも仕事をしてるんです。だけど、今の今まで気づかれるどころか疑われることもなかったのに。さすが健二さんですよ」

「何がさすがか分からないけど、少なくとも同業者なら誰でも気づくんじゃないかな。まあ、伊達メガネ一つで気づかれないなんて、俺もお前もまだまだということなんだろうな」

「いえいえ。健二さんが気づかれなかったのは、たまたまですよ。朝一番のこのバスに乗られる人は眠かったり仕事の事を考えたりで、周りを見る余裕がないんですよ。それに、この辺りと健二さんを結び付けられないのもあるでしょうね。もし気づいたとしても、似ている人がいるなあと思う程度ですよ」

「まあ、そういうことにしておくか。そんな事よりも、これはどういうことなんだ? ひろしなら、本業の方で十分にやっていけるだろ? なのに、副業を。それも、よりによって東京からこんな離れたところで。分からない事だらけだよ」

「そうですよね。詳しくは、また今度話しますよ。でも一つだけ……これは好きでやってるんです」

「そうなのか? うーん、いまいち概要がつかめないけど。あんまり邪魔したら悪いから、また今度聞かせてくれ。あれ? 今度というのは、明日だよな?」

 健二さんの言っている『明日』は僕の詳しい話を聞く日ではなくて、お互いに撮影がある日という意味で言っているのだろう。明日の僕の撮影はそんなにかからないが、主役の健二さんは忙しくてプライベートの話をしている暇なんてないのだから。だからって、僕も健二さんも決して社交辞令のつもりで言ったわけではない。が、現実的に健二さんには、僕の詳しい話を聞く時間は半永久的にないような気がした。何よりも、無理に話すような事ではないだろう。

「健二さんは、今日も撮影があるんじゃないですか?」

「ああ、そうだ。急いで東京に戻らないといけなかったんだ。じゃあ、頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

 足早に駅構内へ向かう健二さんの背中をしばらく眺めてから、僕はバスを降車場から待機所へ持っていった。そこで初めて大事な事に気づく。走って追いかければ追いつけるかもしれない。だけど目立つに決まっている。周囲の人に健二さんや僕が気づかれては、すべての苦労が水の泡になってしまうかもしれない。

 こうなったら、今の僕に、いや、山田ひろしが頼れるのは一人しかいない。次の運行の出発時刻までは10分ほどの余裕がある。まずはマネージャーの塚谷に電話をしようと、カバンに入れてある携帯電話を手に取った。しかし、画面に表示された時計を見て躊躇せざるを得なかった。塚谷が起きている可能性は高いけど、万が一まだ寝ていたならかわいそうだ。仕事の電話を取らせるのに、さすがにまだまだ早い時間だし。それに、今すぐ塚谷に相談したところでだ。健二さんへの口止めや説明をできるはずがない。健二さんは、たった今、東京に向かってここを出発したばかりなのだから。

 僕が俳優とバス運転士の二足の草鞋を履いているのを知っているのは、日本ひろしといえ塚谷だけなのだ。なので、このバス会社の同僚や所属事務所に社長に相談できるはずもなく、ただただ焦るばかりだった。こんなことでは安全運転なんてもっての外なので、藁にもすがる思いで落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。すると、催眠術にでもかかったかのように、少しだけど冷静に考える余裕が生まれてきた。

 健二さんは、僕の表情を見て察してくれたはずだ。そして、人が内緒にしてほしいと思っている事を、他人に話すような人ではない。心から信頼できる人だ。そういうのもあって人望があり人気もあるのだ。ただの男前ではない。だから、あんな大スターになった。きっとなんとかなる。

 今日は、取り乱しそうになったり落ち着いたりと忙しい。それでも、僕はなんとか安全運転をできるまでには再び落ち着いた。一本また一本といつも通りに丁寧にバスを走らせる。バスの運転に集中していたようで、気づけば仕事の電話をしても差し支えない時間になっていた。

 明日の撮影の確認を兼ねて塚谷に電話を掛けると、ほんのワンコールするかしないかで、塚谷は出てくれた。さすが敏腕マネージャーだと驚き笑い感動してしまう。塚谷には悟られないようにしよう。さほど意味はないが。それよりも大事な相談がある。

「あっ、もしも……」

 僕からは滅多にかけないけど、僕が最後まで話すのをあっさり遮り塚谷が話し始めるのは恒例行事だ。なので、ここからはしばらく大人しく塚谷の独り言を聞く時間となる。次の出発時刻までは十分に時間があるので、全く問題ない……だろう。

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