親バカ小林健二
本番が始まると、小林ひな以外の役者たちは、いつも通りのさすがという演技を見せつける。そして肝心のひなちゃんは、健二さんとたっぷり練習したのか、違和感もなく一人浮くこともなく誘拐される子どもになりきっていた。プロの僕からしたら、演技というよりは、良くも悪くも素のままで表したいたと言うべきか。
ひなちゃんのセリフはほとんどなく、あっても短文か単語くらいで、あとは頷いたり首を振ったり怯えたり喜んだりだったので、そう見えただけかもしれないが。そうは言っても、結果リアリティが格段に上がったので、健二さんや監督の思惑はそれだったのかもしれない。
主演とはいえ一出演者の僕と違って、監督はもちろん健二さんも大局を見ていたのだろう。健二さんが親バカぶりを発揮してひなちゃんを出演させただなんて、少しでも考えてしまった事を反省しないと。
撮影は順調に進んだし、俳優として一つ勉強にもなったので、今日は有意義な一日だった。そして今日の発見を誰かに披露したくて自慢げに塚谷に話すと、塚谷は浮かない顔をしている。何か気がかりな事があるのか、お腹が空いているのかどちらかだろう。すると、スタッフに褒められているひなちゃんを残して、健二さんが僕たちの方へやって来た。
「よおーし、無事に終わったことだし、ごはんを食べにいくぞ、ひろし。美樹ちゃんも、もちろん行くよな?」
「もちろんです。それで、何を食べにいくんですか?」
「みんなそろそろあのすき焼きを食べたいんじゃないか? うちのひなにも、あれを味あわせてあげたいし」
「それはだめです」
「えっ! なんで? もう、ひなと約束したのに」
「だめなものは、だめです。あのすき焼きは、大人になってから仕事の大変さや大切さを分かってから食べてこそ、味が分かるんです。健二さん、ひなちゃんがかわいいのは分かりますよ。他人から見てもかわいいし。だけど、甘やかしては、ひなちゃんのためになりません。どうしてもひなちゃんをあのすき焼き屋さんへ連れていくというのなら、私は二度と健二さんとはごはんに行きません」
「そ、そんなあ。俺は11年もの間、ひなのために何もしてやれなかったんだよ」
こんな泣き言を言う健二さんを初めて見た。だけど、僕も塚谷の意見に賛成だ。だけれども静観する。
「そんなこと分かってます。だからこそ冷静になってください」
「うーん……。どうしてもだめかなあ?」
「ひなちゃんのためです。かわいがると甘やかすは別物です。それに、ドラマ出演が決まった以上、健二さんがわざわざ発表しなくても、世間の人はひなちゃんが健二さんの子どもだと、いずれ知ることになるんですよ。今さら出演シーンをカットなんてできるはずもないですし。今までひなちゃんのためにと思って隠していたのに、そんな事をするなんて……。どうせ、ひなちゃんに『お願い、パパ』とか言われたんでしょうけど、私は少し軽率だったと思いますよ。よその家庭のことにいちいち口出しなんてしたくないですけど、私の目の前でかわいいひなちゃんが必要以上の贅沢をしているというよりはさせられている状況を見過ごすわけにはいきません。私は健二さんのことを尊敬していますし、その健二さんは、子どもの頃から今まで積み重ねられてきて現在の素敵な健二さんになったんじゃないですか? ひなちゃんは、ただ寂しかっただけだと思いますよ。健二さんと一緒にいたいだけなんです。だから、ドラマに出たいというよりは、健二さんと一緒に出たいという方が強いだろうし。贅沢したいじゃなくて、ただ健二さんと一緒にごはんを食べたいだけなんです」
「美樹ちゃんの言う通りよ、健二さん」
いつの間にか僕の後ろで聞いていたリカさんが思わず口を開いた。それでも僕は静観する。
「若いうちから活躍していたリカまで、そういう意見なんだな。ということは、ひろしもそう思うか?」
思っていたよりも早く僕の出番が来てしまった。
「そうですね。健二さんは売れた後の事よりも仕事もなくて苦労していた時の事を、本当に嬉しそうに話しますよね? それが答えなんじゃないですか。リカさんだって見せないだけで、人知れず苦労をしてきたはずですよ。あのすき焼きは、お酒のように大人になってからの楽しみの一つとして残しておいてあげてほしいという願望もありますけど。そうすれば、ひなちゃんが大人になるまでは健二さんも仕事を頑張れるじゃないですか」
「そうだな。まだ完全に納得しているわけじゃないけど、俺の大好きな美樹ちゃん、リカ、そしてひろしがそこまで言ってくれるんだから信じるよ。今は素直にお礼を言えないけど、近い将来に感謝できると確信してるから。でも、今日これから一緒にごはんに付き合ってくれるよな?」
「当たり前じゃないですか。もうお腹ぺこぺこだから早く行きましょう」と塚谷が返す刀で代表して返してくれた。これは相当お腹が空いているに違いない。
「何か食べたいものはあるか?」
「お好み焼き」「お好み焼き」「お好み焼き」
リカさんを僕の車に乗せて僕と塚谷の3人と、健二さんとひなちゃんの2人は別々の車で出発したが、お好み焼き屋さんへは同時に着いて、5人で仲良く入っていった。すると店員さんは、僕たちが何も言わないのに比較的死角になる席に案内してくれる。健二さんとリカさんに気づくのは、当たり前の光景だ。だけど、今回は僕にも気づいてくれたうえに、僕に一番喜んでくれているような気がする。そして嬉しいことに、それを察知した塚谷が店員さん以上に喜んでくれていた。
みんなが席に着き各々が食べたいものを注文して店員さんがいなくなると、ひなちゃんがもう我慢できないとばかりにいの一番で話し出した。ひなちゃんなりに悩んでいたに違いない。
「ひろしさん、ごめんなさい。誰にも話さないって約束したのに、パパに話しちゃった」
「違うんだよ、ひろし。ひなが『すごく良い事があったけど、教えられないの』って言ったんだけど、俺はどうしても、ひなの『良い事』が知りたくなって。懇願しても全然教えてくれないから、前からお願いされていたテレビ出演を交換条件にしたんだけど。それでもやっぱり頑なに教えてくれなかったんだよ。それで、どうしたら教えてくれるのかダメ元で聞いたら、俺とドラマで共演できたら教えるかもって言われたから、今回の結果になったんだよ。だけど、もし俺が他の誰かに言ったなら一生許さないし一生口を利かないって脅されたけどな。言い訳にならないのは分かってるけど……。でも、まさかそれが、ひろしのバス運転士の事だとは全然予想してなかったよ」
「パパっ、だめでしょ! ひろしさんの事を誰にも言わないって約束したじゃない」
「ああ、大丈夫だよ。ここにいるみんなが、ひろしがバス運転士だって知ってるんだから」
「そうなの? リカさんとそのおばさんも?」
「お、お、お、お・ば・さ・ん?」
ひなちゃんと塚谷以外は大爆笑なのに、僕だけがお尻をつねられた。納得はできないが理解はできるのが悲しい。
「ひなちゃん? このかわいくて優しくて素敵なお姉さんも、ひろしさんの事を知ってるのよ。お姉さんね」
「そうなんだね。おば……お姉さんは、ひろしさんとどういう関係なの?」
「お姉さんはね、あ、私のことは美樹ちゃんでいいよ」
「美樹ちゃんって、結構図々しい……じゃなくて、人懐っこいんだね。あっ、かわいいし」
「おほほほほ。ひなちゃんは正直だね。美樹ちゃんは、ひろしさんのマネージャーなの……あっ、違う、敏腕美人マネージャーなの」
「やっぱり美樹ちゃんは……」
ひなちゃんは子どもながらに気を使って最後まで言わなかったのか、それともお好み焼きが運ばれてきたから黙ったのかは定かではない。それにしても相変わらず塚谷は誰とでもすぐに仲良くなって、すっかりひなちゃんとは友達のようだった。
「美樹ちゃん、これどうすればいいの?」
「私が今から見本を見せるから、しっかり見ててね」と塚谷の言葉が合図かのように、みんなが鉄板にお好み焼きを流し入れる。ひなちゃんもそれに倣ったが、ここまでは誰でも簡単にできる。そしてしばらく焼くと、ひっくり返すタイミングがやって来た。
「ひな、パパがひっくり返してあげるよ」
「だめ」「だめです」と、二人が同時に発した。
「私は自分でやるもん」
「ひなちゃん、えらい。それでこそ、私の弟子だね。じゃあ、最高のひっくり返し方の見本を見ててね」
百戦錬磨の塚谷は鮮やかにひっくり返したが、見よう見まねでひっくり返したひなちゃんのお好み焼きは、とんでもないことになってしまった。
「ほら、だからパパがやってあげるって言ったのに」
「いいの。失敗を知った私は、成功した時にものすごく嬉しいはずだもん」と言って、必死にお好み焼きを丸く整えているひなちゃんを、あえて誰も手伝わなかった。そして、健二さんの目が潤んでいることにも、誰も気づいていないように振る舞っていた。




